四章 背負う者

 瓦礫の山を越え、ようやく壁を越えることができた。

 そこは、先ほどまでいた場所とあまり変わりのない草の伸び茂った草原。

 そして、メトラージの残骸が大量に残されていた。

 違う所といえば、壁が作る大きな影に包まれているということくらいか。

「確かに、ヨージさんはこっちに来ているみたいですね」

「ほんと、信じられない人ですわ」

 辺りを見回しながらリンツは呟いた。

「さあ、警戒しながら進みましょう」

 私たちは、奥へと続いていく残骸を頼りに歩いて行く。

「あの、ありがとうございます」

 私は、隣を歩くリンツにお礼を言った。

「なにがですの」

 リンツは、急なお礼にピンときてない様子だ。

「私ひとりじゃ、やっぱり心細かったですし、ここまでも、ずっと付き添ってもらってるし」

「お礼を言うのは私の方ですわ」

 リンツは歩きながら言う。

「あなたたちが現れなければ、きっとこうして行動を起こすことはありませんでしたわ」

「でも、最初に私たちが来た時、メトラージと戦っていたじゃないですか」

 私は、本当になにもわからなくて困惑していた時を思い出す。

「どうにかしたい、って想いはあったのでしょうね、六軍には。それでも目の前の敵と戦うことしかできませんでした」

 懐かしむように目を細める。

「そんな時、全て終わらせる、なんて言う人が現れて、どこまでもまっすぐ進んで行くんですもの」

 地面に伏せる残骸はまだまだ前へと続いていく。

「わかります。私もきっと、ヨージさんの強い姿がなかったら立ち上がれてなかったから」

「私からすれば、あなたもそんな人ですわ」

「えっ!? 全然遠く及ばないですよ」

 驚き戸惑う。

 私とヨージさん、比べるべくもない。

 それなのに、リンツは、

「そんなことありませんわ」

 と微笑む。

 ヨージさんみたいな凄い人だったら、それはそれは良いけれど。

 自分のことをまだ知らない、のだろうか。

 いやいや、どう考えても雲泥の差がある。

「それに、私もひとりだとやっぱり心細いでしょうし」

 再び、こちらに笑顔を向けてくれた。


 草原から森へと入っていくにつれて、倒れているメトラージの数が減ってくる。

 また、死角も多くなっていくので、私たちは更に用心しつつ、光射す森を進む。

「さすがにそのままハスコカゲまで行っていませんわよね」

 そう思ってしまうくらい長く進んだ時。

 スッとリンツが腕で止まれの合図を送る。

 前方遠くを見ると、そこには動いているメトラージが一体いた。

 そのメトラージは、動かなくなったメトラージを背負って奥の方へと歩みを進めていた。

 リンツは、音を立てないよう近づいていくと、手際よく頭部を突き刺し倒す。

「なにをしてたんでしょう」

 私は、重なり合うメトラージを眺める。

「死体を運んでいましたわね」

「お墓でもあるのでしょうか」

「それは、どうなんでしょう」

 私たちは、首をかしげる。

 メトラージにも死者を埋葬するということがあるのだろうか。

 それとも、他の目的があったのか、なにもないのか。

「そのまま後をついていったほうが良かったですかね?」

「次見かけたらそうしてみましょうか。ちょうど、ここで途切れたみたいですし」

 辺りを見回すと、メトラージの残骸はここまでのようだ。

 もしかすると、先ほどのように回収されている、かもしれないが。

「ここから、ヨージさんはどう動いたんだろう」

 辺りを見回すも、人影は見えない。

 木の上も見てみるが、やはりいそうにない。

 もちろん倒れていたりもしなかった。

「これは……」

 少し先の方まで行っていたリンツが、なにやら見つけたようだ。

 リンツはしゃがみこみ、地面からなにかを指につけペロッと舐める。

「ものすごくおいしいアレ」

「あ、あれ?」

「ほら、一緒にお肉食べた時のアレですわ!」

 道中川辺で食べた肉のことを思い出す。

 リンツに近づいて見てみると、確かにその時の調味料のようだ。

 調味料は、どこかへと繋がっていくように地面へと振りかけられていた。

「なんてもったいないことを……」

 リンツはショックを受けているようだが、私たちは繋がる先へとたどって行く。

 終点には、あっさりとたどり着いた。

 調味料の入っていた入れ物が一本の木の根本に立てかけられ、その木にはナイフで張り紙がしてあった。

「これ、なんて書いてありますの」

 眉をひそめるリンツだったが、私にはなんとなく読めた。

 その文書はとても簡素なモノであったが。

『先にハスコカゲの様子を見に行ってくる。ヨージ』

「な、なんて人なんでしょう」

 私が文書を読むと、リンツは驚き呆れる。

「でも、とにかく無事な様で良かったです」

「心配する必要もございませんでしたわね」

 それでも私たちは、安心して少し気持ちが軽くなった。

 ここまで来ることを想定してくれていたのも、なんだか嬉しかった。

 私はナイフを力いっぱい引き抜きメモをしまう。

「さて、では私たちもハスコカゲへ向かいましょうか」

 私たちは再び、森の中を進み始めた。


 森を抜ける頃には、メトラージと頻繁に遭遇するようになってきた。

 少数であれば迅速に打ち倒し、多数であれば見つからぬよう進路を変えつつ進んでいく。

 背負うメトラージも見かけることも増えてきたが、周辺にいるメトラージの多さに、追うのはリスクが高いと判断する。

 ハスコカゲにそびえる山まではまだ遠い。

「ふう、そろそろ休憩したいところですわね」

 メトラージを静かに倒したリンツは額の汗を拭う。

「ルートも、もう一度考え直したほうがいいかもしれないですね」

 進むにつれて増えていくメトラージに、なかなか思うように歩を進められていない。

「あそこはどうでしょう?」

 私は、そこまで歩いて行けそうな、大きい建物を指す。

「ノジュ教会堂ですわね」

 教会堂というより防衛施設に見えるぐらい、無骨で近づき難い印象だ。

 故に、安全に休むことはできそうである。

「向かってみましょうか。メトラージがはびこっていなければですが」

 私たちは、目的地をノジュ教会堂へと変更して歩みを進めていく。


 倒壊している民家の間を通り、ノジュ教会堂へとやって来る。

 そこには侵入者を寄せ付けまいとするバリケードが、数多く配置されていた。

 メトラージが串刺しになっているのを横目に、十分気をつけながら進む。

「おかしいですわね」

 リンツが呟く。

「なにがですか」

「このような設備が置かれていることもですし、整備もされていますわ」

「なるほど、誰か居るんじゃないですか?」

「かもしれませんわね。用心しましょう」

 と、話すうちから答えは現れた。

「ん? なんだおまえら」

 教会堂の重そうな扉から現れた男は、不躾に声をかけてくる。

 まげを結っている、そこそこの年頃の男性。

「私たちは壁の向こうから参りました」

 リンツが一歩前に出て答える。

「お子様が来る所じゃねえだろ」

「あなたはどちら様なのでしょうか」

 語気を強めたリンツは聞く。

「用がないなら大人しく帰れ」

「ふふふっ、用事ならできそうですわ」

 なぜかお互いに喧嘩腰になってきた。

 なんだかまずいことになりそうで、一旦落ち着かせないと。

 ドンッ

「いてっ」

 再度、扉が開かれ、まげ男の背中へぶつかった。

「なに突っ立ってんの、こんなとこで」

 扉から顔をのぞかせた、女が聞く。

「うっせ、あれ見ろ」

 まげが指差す私たちを、三白眼の瞳が眺める。

「だれあの子たち」

「知らねえよ」

「隠し子?」

「いねえよ、たぶん」

 私たちを放置して話込みだした二人に、私は声をかけてみる。

「あの、私たち休憩出来そうな場所探してて、こちらに寄ってみたんですけど」

「はあ、いいけど」

 三白眼の女はあっさり応じた。

「いいのかよ」

「なにか問題あるの」

「いや、問題とかはねえけどよ」

「隊長も拒みはしないでしょ」

「まあ」

 簡単に話はまとまったようで、手招きして迎え入れられる。

 流れで入れてもらえることにはなったが、良かったのだろうか。

 あまり良い印象をもってなさそうなリンツと、ノジュ教会堂へと足を踏み入れた。


 ノジュ教会堂の中は広く薄暗かった。

 窓から入ってくる光も一部を照らすばかりだ。

 いくつかの視線を受けながら三白眼の女についていく。

「じゃ、この辺好きに使っていいよ」

 部屋の中央に置かれた広いテーブル。その上には、飲食物からなにに使うのかよくわからない小物まで、雑多に散らばっていた。

「ありがとうございます」

 特に返事もなく去ろうとする三白眼の女に、

「あの、少しお話お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 リンツが誘いを投げかける。

「んー、まあいいよ」

「外、出るんじゃなかったのかよ」

 私たちの後ろについていたまげの男が口を挟むも、

「一人で行けばいい」

 と変わらぬそっけない態度をみせ、椅子に座った。

「で、話ってなに?」

「色々お聞きしたいのですが、まずあなたたちは何者なのですか」

 リンツはしっかりとした口調で問う。

「遊撃部隊」

「あなたたちが、ですか」

 リンツが、意外といった表情を見せる。その実態までは知らなかったのであろう。

 各々が様々な服装をしており、とてもまとまりのある集団とは思えなかった。

「部隊といっても、こっちは勝手にやってるだけだ。壁向こうの連中とは違う」

 そう言いながらまげの男が女の隣にドカッと腰を下ろす。

「違うとはどういうことでしょうか」

「呑気にぬくぬくと暮らしている奴らとは違うってことだよ」

 再び、険悪な空気が漂ってくる。

「あの、私たちハスコカゲまで行きたいんですけど」

 慌てて空気を変えようと、私は別の話題を振る。

「なんで?」

 微妙な反応を返す三白眼の女。

「そこに、全ての元凶が存在していると考えておりますわ」

 リンツが会話を引き継ぎ続けた。

「そりゃそう考えるだろうな」

 意外にも、まげの男は否定しない。

 意外といっても、こちらでずっと過ごしている人たちであれば、すぐに思い当たることなのかもしれない。

 同じ考えの人が多いほど、可能性は高く思う。

「ハスコカゲに元凶がいる、のは確実であると考えてもよろしいのですか?」

「なにかはいる」

「根拠は?」

 そう聞かれた三白眼の女は、目線を上へと動かして喋る。

「私が見たから、ハスコカゲのほうからなにかが飛んでいくのを」

「なにか?」

「そう、遠くてよくわかんなかったけど、翼を広げて飛んでた」

「それが神」

 センター分けの黒い衣装に身を包んだ男が、突然話に入ってきた。

 妙に重々しい雰囲気をまとう男は、大きな黒目で私たちを眺める。

「この女は何者だ」

 黒の男の目が私を捉えて呟く。

「壁の向こうから来て、ハスコカゲまで行きたいんだとさ」

「気に入ったの?」

 まげと三白眼の二人は、おそらく質問の真意を捉えることなく答えたが、

「そうかもな」

 黒の男は、質問にこだわることもなく座った。

「神っていうのは、神様のことですか?」

 私は、話を戻して気になったことを率直に聞いた。

「この世に降臨し、怠惰で傲慢な生物を作り変える。その時世界へ再び始動する」

 そう静かに語る。

 言っている意味はよくわからないが、神とはそういう存在ということだろうか。

 神罰、そんな風に言われていたことを思い出す。でも、

「世界は今も動いてますよ」

 と、率直に言った。

 まげの男が私の安直な返答を押し殺すようにして笑うが、黒の男は気に留めていない。

「ハスコカゲに行きたいんだったか」

 そう問う黒の男に、私たちは肯定する。

「無理だな」

 あっさりと否定された。

「なぜですの?」

「行けるものなら俺たちが行っている」

 それはそうだ。不審な点がありながら調査しない理由はない。

「原因は、メトラージですか?」

「そうだ」

 やはり、圧倒的な数には為す術もないか。

 それこそ、魔法が使えるか、ヨージさんほどの力があってどうにかなるかならないか。

「そうだ、大剣を持った男性をこちら側で見かけませんでしたか?」

 私はヨージさんのことを三人に尋ねる。

 二人は首を横にふった。

「エス、最近大剣を持った男を見たか?」

 黒の男が、細身の男を呼び尋ねるも、こちらも見ていないようだ。

 だれも見ていないのか。

「その男がどうした」

「いえ、私たちの仲間なんです」

 仲間と呼ぶには少々気後れを感じてしまうが、他に言い表しようも思いつかない。

 私たちよりも先にハスコカゲへ向かっているはずだけれど、行くにはどうにも難しいという話だ。

 さすがに力押しで派手に向かっているとすると、ここの誰かしらは見かけているだろう。

 この近くで潜伏しているのだろうか。

 いや、彼ならきっと向かっているはずだと、短い付き合いながらに思うが。

 潜伏……

「あの、メトラージって倒れた仲間を背負ってどこかに運んでますよね」

 私は、また質問を投げかける。

「仲間っていうか死んだ人間もハスコカゲの方に運ぶみたいだけど」

 三白眼の女は答える。

 人間も運んでいるのか。

「それなら、私たちも運んでもらえませんかね?」

 私がそう言うと、全員が固まったように止まる。

「……殺してってこと?」

 三白眼の女はわざとらしい口調で言ってみせたが。

「そうじゃなくて。死んだふりとか、メトラージのガワだけ身につけたりして倒れていたら、運び出してくれるんじゃないかなと思ったんですけど」

 再び全員が固まる。

 思案しているのか、呆れているのか、時だけが進む。

「検証が必要だな」

「まじかよ」

 黒の男の返答に、まげの男が驚く。

「安全性を考慮すれば外殻だけでも被っていたほうがマシか」

「囲まれたらそんなの意味ないけどね」

 三白眼の女が軽く答える。

「おいおい、そんな役だれがやりたいんだよ」

「じゃあ、私がやります」

 言い出しっぺの私は手を挙げた。

 他に策がないのなら、どの道やるしかない、と思う。

 恐いけど。


「いいですか、危険を感じたらすぐに離脱するのですわよ」

 そう言うと、リンツは頭部を装着してくれた。

 森の間に整備された道。そこで私はメトラージの亡骸で作られたスーツを被り倒れている。

 内部は綺麗に整えられていたが、視界はあまり良くなく、やはりいい気分ではない。

 私の後方で、いつもの服装のリンツが横となる気配を感じ、あとは待つだけだ。

 遊撃部隊の人たちが、まずは一体誘導する手はずとなっている。

 私は気持ちを落ち着けて待った、

 息遣いや心音、ナチュラルな状態で生きていることを悟られなければ実証は成功となる。

 とはいえ、ドキドキしてくるのは止められそうもない。

 何度か深呼吸を繰り返すうちに、綺麗に丸まった石が転がってきたのが見えた。

 彼らからの合図だ、もうすぐやって来る。

 私は最後に深く息を吐くと、無心でいるように努める。

 足音が聞こえてきた。

 それは、どんどんと近づいてきて、目の前で止まる。

 おそらく後方で倒れるリンツを気にする様子もない。

 グッと私の体が起こされる。

 声が漏れそうになるのを我慢し、私はされるがまま、メトラージに背負われた。

 ひとまず成功だ。

 私は逸る気持ちを抑えつつ、心の中で成功を喜ぶ。

 しばらくはこのまま運ばれていく様子を見守る。

 一歩一歩、問題が起きることもなく進んでいった。

 状況に慣れてきた頃、前方から二体のメトラージがやってくる。

 他のメトラージからリアクションがあるかないか。

 どんどん距離が近づいていき、気にする様子もなくすれ違う。

 大丈夫そうだ。

 その瞬間、すれ違う一体のメトラージの頭部に刃物が飛び刺さり倒れた。

 ドサッと私の体は投げ出され、地面へと転がる。

 警戒する二体のメトラージ。

 だが、目標は見当たらないようで、しばらくすると再び私を背負い始めた。

 よし。

 私は背負うメトラージへと両腕を振り下ろす。

 そのまま、一緒に倒れたメトラージと少し距離をとって転がり静止する。

 しかし、二体のメトラージは急速に私の方へと襲いかかってきた。

 さすがにこれはバレるか。

 ドスッドスッ

 再度、メトラージへ刃物が投げ込まれ、なにをする間もなく倒れる。

 ふう。

「お疲れ」

 刃物が飛んできた方向から三白眼の女たちが現れる。

「状態はどうだ」

 私は、自力で被り物を取り外すし、

「問題ないみたいです」

 と告げた。

 これでハスコカゲへと向かうことができる。

「案外バレないもんだな、ガワだけ被って歩けばいいんじゃねえかこれ」

「機能性が良ければね」

 これを身に着けて遠くハスコカゲまで歩くのは骨が折れるだろう。ジッと潜伏しているのも大変ではあるがまだマシだ。

「では、同じモノをもう一体作っていただけますか?」

 後方からやってきたリンツが言う。

「いいだろう」

 黒の男は了承した。

「いや、もう一体追加だ」

「私も、同じヤツで」

 まげの男と三白眼の女が追加注文する。

「だめだ」

 だが、これを黒の男は許可しなかった。

「なんでだよ」

「ハスコカゲに辿り着いたとして、そこからどうする」

 黒の男は淡々と喋る。

「はあ? どうするってそりゃ神かなんかをぶっ倒すんだろ」

 当たり前のようにまげの男が答えた。

「神がいなければ? 倒したとして、そこからどうやって戻る?」

「そりゃあ、どうにかするだろ」

 黒の男の言葉に、まげの男は曖昧な返答をする。

 確かにハスコカゲへ行くことしか考えていなかった。

 たぶん私は、ハスコカゲの元凶を倒せたなら、ヨージさんと共にまた老人がいた世界へ行けるのだろうけれど。

 私はリンツの方をチラリと見る。

「私は行きますわよ」

 リンツは迷うことなく私に言った。

「こいつらに丸投げするのかよ」

 まげの男は言うが、

「今、焦る必要はない」

 冷たい口調で返される。

 まげの男はそれ以上言わなかったが、口をとがらせ不満そうであった。

「おまえたちの準備はしておく」

 黒の男はそう言って、この場から立ち去る。


 再びノジュ教会堂へと戻ってきた。

 しばし体を休めて、準備ができれば出発だ。

「ほんとに大丈夫ですか?」

 今更心配になってきた私は、リンツへと声をかける。

「私は大丈夫ですわ。自身の心配なさってくださいな」

 確かに、私も安全というわけではないのだ。

 道中トラブルが起きないとは限らないし、ヨージさんと合流できる確証もない。

 黒の男が言っていたように、そこに元凶がいるとも限らないのだ。

 戻る方法も確かに考えておいたほうがいいのかも。

 私が頭を悩ませていると、

「ごめんね」

 三白眼の女が声をかけてきた。

「なにがですの」

「あんたたちを実験みたいにするのが」

 先ほどのことではなく、これからのことか。

「私たちが行きたいだけですから、協力していただけるだけありがたいですわ」

 リンツは答える。

「……私たちも行きたいはずなんだけど、どうしても動きが重くなる」

 三白眼の女は、目を遠くにやり物思いに耽る。

「組織となればそれが普通ですわ」

「そういうんじゃないんだけど」

 小さく呟いた。

「あんたたちは凄いよ、行動的で」

「引っ張ってくれる者がおりますから」

「怖くないの?」

 三白眼の女はポツリと言う。

「怖さは当然ございますわ」

「じゃあなんで」

「もう、どうにかできないかと思っているだけの私が嫌になったのですわ」

「……」

「私とすれば、色んなコトがあって、出会いもあって、ようやくですけれど」

 この世界の人たちはみんな、メトラージと二分される世界を良しとはしていないだろう。

 けれども大きな壁が、不安を遠ざける。圧倒的な数が、意欲を遠ざける。

 今の生活も悪くはない。問題はとても小さく映る。

 それでも、そのために動いている人たちがいて、時には穴が空いてしまうこともあって、失ったものがある。

 どうにかできるのなら、どうにかしたい。

 できることがあるのなら、できるだけのことをしたい。

 そういった思いが、先へと引っ張られていく。

 三白眼の女は、なにを言うでもなく立ち去った。

「余計なことを言ったかもしれませんわね」

 リンツは呟いた。

 私たちは時を待つ、準備が整う時を。


 メトラージの外殻を着込んだ私たちは、崩れた民家に囲まれた場所にいた。

 ハスコカゲのほうを眺めるも随分と距離はあるが、それでも比較的近い場所らしい。

「ありがとうございました」

 私は先に、黒の男へとお礼を述べる。

「そろそろ呼び込むぞ」

 黒の男は変わらぬ調子である。

 私は一息深く吸って吐く。

 そして、私たちが頭部を被ろうとした時、

「待った」

 と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 三白眼の女だ。

 いつの間に用意していたのか、私たちと同じようにメトラージの外殻を着込んでいた。

「私も行く」

 黒の男にまっすぐと告げる。

「うぉい待て!」

 更に声が聞こえてきた。

 現れたのはまげの男。同様に、着込んでいる外殻はどこか不細工であった。

「悪いが俺も行かせてもらう」

 黒の男をまっすぐ見つめる。

「好きにしろ」

 特にリアクションもなく、黒の男はこの場から去った。

「怒ってんのかな」

「さあな」

 二人は黒の男の背中を、見えなくなるまで見送る。

「じゃ、相乗りさせてもらう」

 振り返るなりそう言うと、二人は頭部を被り先に身を倒していった。

「さあ、私たちも行きますわよ」

 私は改めて一呼吸し、こちらも頭部を被り、身を倒した。

 そうすると、視界には暗闇の中に微かな光が射し込むだけ。

 私は暗闇に包まれていると、良かったのかな、と考えてしまう。

 二人を巻き込んで、リンツを巻き込んで。

 私が起こした行動で、大変な思いさせてしまっているのではないだろうか。

 そんな風に考えていると、リンツの方から声が聞こえてきた。

「きっとうまくいきますわ」

 リンツがふと励ましてくれる。

 一緒に来てくれて本当に良かった。そう思う。


 私たちはしばらく待った。

 とにかく余計なことを考えないように、力を入れすぎて張り詰めないように。

 今は死体なのだ。

 死体を運ぶための足音が聞こえてくる。

 それは前で立ち止まり、私は背負われる。

 微かに見える視界から、三体ともが背負われていくことが確認できた時、

 ガコンッ

 その反動で、まげの男が被っていた頭部が落ちていった。

 まずい。

 そう思った時には、私たちの体は投げ出される。

 と同時に、眩い白い光が私たちに向けられて光った。

 私は目をつぶるしかなかった。

 なにが起きた?

 耳を澄ませて状況を探るしかない。

 ……。

 なんとか騒ぎにはなっていないようだ。

 光が収まっていく。

 しばらくして私は再びメトラージに背負われる。

 他三体とも、無事背負われていることが確認できた。

 心の中でひとつ安堵する。

 そして、なにが起こったのか、光が放たれた方を狭い視界から確認しようとした。

 そこには、黒の男が立っていたように思えた。

 確信は得られなかったが、そうだったと思う。

 私たちは見送られながら、いよいよハスコカゲへと向かう。

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