二章 廻らない世界

 長い道中が終わり、ようやくアナナシ中央へとたどり着いた。

 大きな木の柵に囲われたこの広い街は、多くの人やモノが行き交い、そこら中が明るく賑やかであった。

「じゃあ元気でな」

 ここまで送ってくれたおじいさんたちへお礼を言い、後ろ姿を見送る。


「さてと」

大きく伸びをしたリンツ。

「ここから少々歩きますわ」

 大きな壁のほうへ向かって三人歩き始めた。

 そこで、見るもの、すれ違うもの、肌を撫でる空気にまで新鮮さを感じる。

 変わった形と配色に彩られた建物

 知らない文字で書かれるも理解できる看板

 モコモコした体毛に覆われた生き物

 奇怪にも感じる仮面を身に着け歩く人

 ここでは全て普通なのだが、私はなんだか楽しくなってくる。

「変わった人もいますので、あんまりきょろきょろ覗き込まないでくださいね」

「……はい」

 ここでは普通もわからない。

 でも、結局は人間と人間。世界と世界で、変わらないコトも結構あるんだなと思う。

 街行く人間は言葉を交わし、モノを作り、お互いに支え合う。

 ここに至るまでも、不便を被るほどのことはなかったし。

 意外と世界は住みやすい。


「これからどうするんだ」

 ヨージは前を向いたまま尋ねる。

「お疲れでしたら、一旦どこかで休憩してもいいですが」

「いや、大丈夫だ」

 ヨージは即答する。

「私も大丈夫です」

 二人の返事を確認したリンツが説明を始める。

「今から向かうのは軍の最重要拠点ですわ」

「そこにトップの人間もいるのか」

「トップではございませんが、前線に立つ人間の中では偉い方たちもおりますので、言動や振る舞いには、お気をつけくださいまし」

「わ、私たちも、もっとご丁寧にお喋りしなすったほうが、よろしくございますか」

「……バカにしてます?」

 そんなことはないのだが。そういった、お堅そうな場には慣れていない。

 なんだか急に緊張してきた。

「とは言いましたが、主に私がお話いたしますので。今まで通り気楽に、普通でかまいませんわ」

 不思議と普通が一番難しく思えてくる。

「目的は、現在の戦況を知り、戦場へ赴く、でよろしかったですか?」

「そうだな、わかってることは極力知りたい」

「まあそういうことを含めて、まずは信用からですわね」

「信用されると思うか?」

「……一戦力として、ならまあ大丈夫でしょう」

「それでもいい、壁を超えられるならな」

 私たちはどんどんと近づいていく。

 また壁の向こう側へ行くために。


「第六番隊副隊長リンツですわ。総司令官に、お会いしたいのですけれど」

「そちらの方は」

 門番は、私たちのほうに目をやる。

「六番隊から推薦する入隊希望者です」

「そうですか。どうぞお通りください」

 あっさりと門が開かれる。

「リンツさんも偉い人だったんですね」

 敷地内に足を踏み入れリンツにささやく。

「偉くありませんわ、六番隊は特に」

 鎧を身にまとう多くの人間が、こちらを遠巻きに眺めているような気がした。

 リンツは特に気にした様子もなく凛と進んでいく。

「私たち入隊することになるんですかね」

「わかりませんけれど、まあ悪いようにはしませんわ」

 ヨージさんは問題ないだろうけれど、私は大丈夫なのだろうか。

 緊張から手足がどぎまぎしてくる。

「大丈夫です、とって食われたりはしませんから」

 リンツは優しく笑顔を向けてくれる。

 かわいらしい彼女の笑顔が、今は頼もしい。


 立派で厳かな灰色の建物に足を踏み入れる。

 立派とか厳かとか思うのは、私の心持ちのせいもあるかもしれないけれど。

 とにかく大きくて丈夫そうだと思う。

「総司令なら今は訓練室におられます」

「ありがとうございますわ」

 リンツはこちらへ踵を返す。

「あちらへまっすぐ向かうと、訓練室ですわ」

 指差す方向へ、また歩き始めた。

「ふう」

 小さく息吐く音がリンツから聞こえる。

 やっぱり勝手知ったるリンツでも、気を張らないといけない相手なんだ。

 そんなリンツに気を遣わせていちゃだめだな、と私は覚悟を決める。

 近くで、剣と剣がぶつかり合う音と怒号が混ざり合う。

 私たちは開かれていた扉をくぐった。


 円形の舞台。その周りを囲む段々の一角に私たちは歩を進め、

「おーリンツちゃんじゃん、久しぶり元気してた?背伸びたんじゃない?」

 予想外に明るく話しかけられていた。

「総司令官様に、お話があるのですけれど」

 総司令官と呼ばれるには、まだ若い印象を受ける女性だった。

「相変わらずだねー、お姉ちゃんは元気?」

「先に、お仕事のお話よろしいでしょうか」

 言葉を強めて再度主張を押し通そうとするが、

「オホン、リンツさん。アポイントメントも挨拶もなく失礼なのでは?」

 総司令官の隣に座る女性が割り込んできた。

 こちらは偉い人のイメージに近かいかもしれない。

「失礼致しましたわ。お久しぶりでございます。

 なにぶん行き来に時間がかかりますので、アポイントメントに関しては、ご容赦ください。今回は、もしお時間ございましたら、お話を聞いていただけないかと思い訪ねてきた次第です」

 リンツは淀みなく返答する。

「いーよいーよ、そんなこと気にしないで」

「総司令、知己の間柄だといって特別扱いされるのはよろしくありません」

「ここまで通されたんだから、許可を得たんじゃないの副司令」

「それは自身の立場を利用してでしょう」

 どうにもとっつきにくいと思った。

 リンツの気苦労は推して知るべしか。

 こっそり表情を伺ってみるも、リンツの顔は凛として崩れない。

「お時間いただきありがとうございますわ」

 許可をいただいたものとして、リンツは強引に話を進めていく。

「今回訪問させていただいた理由は、こちらの方々をご紹介したいと思いまして」

 リンツが横へと体をずらし、私たちへと手のひらを向ける。

「だれ? 婚約者?」

「違います」

「よくもまあ。物騒なものを携帯する部外者を、ここまで連れてきたのですか?」

「わかった。降ろそう」

 ヨージは大剣と荷物を足元へと置く。

 眼中になさそうな私も、危険物は持っていないが、バッグを降ろす。

「私たちは、この方たちが世界を救う救世主になると判断いたしました」

 随分と大げさに言う、と思ったが、当初からの目的としては間違っていない。

「へー」

「なにを言っているのでしょう。わざわざ持ち場を離れ、こちらに来た理由がそれだと」

 それぞれのあまりよろしくない反応が返ってくる。

「その通りです。実力のほどは、第六番隊隊長コールプスも認めております」

「ほー」

「六番隊でしょう?」

「……ええ。私も、実力・人間性共に問題ないと判断いたしますわ」

「おー珍しいじゃん」

「だから六番隊でしょう? あなたたちの判断だけで組織は動きません」

「ですのでこうして馳せ参じたわけですわ」

「どう思う、副司令?」

「どうということはありません」

 なんだか思ってたより拗れている。というよりまるで敵視されているようで。

 大丈夫なのだろうか。

 私たちはともかくとしても、リンツの立場は。

「本人たちも入隊を希望されております」

「入隊に関しては適宜正式に行われています」

「その適正を見ていただきたいと言っているのです」

「だからきちんと手順を踏んでください」

「必ず力になってくれますわ」

「そんな大層な人物というなら、今までなにをしていたと言うのですか」

 リンツは言葉を止めてしまう。

 リンツも初めに疑念を抱いていたことだ。

 立場が違えどもあの時と同じ。当然の疑問。

 私が、うまく答えられていなかったせいで。

 じれったく思う。

 それでも、納得しないままでも、ここまで連れてきてくれて、

 こんなにも私たちのことを推してくれて、

 リンツは、きっと信頼してくれているのに。

 そう思った。


「私、頑張ります!」


 急に出した声は、思った以上に大きくなってしまった。

 その場にいた者の視線が向けられる。

「が、頑張るってねえ、あなた。みーんな頑張っているの、世の中」

「そう思います。ここに来るまでに会った人たちも、ここにいる人たちも、リンツも、それぞれがそれぞれのことをしていて」

 考えがまとまらずに喋り続けている。

「それは、当たり前かもしれないんですけど、でも、私は……」

 魔法も使えず、付いて行くことしか出来ていなくて、

「だから、私も力になりたいです。よろしくお願いします」

 一同静まり返る。いつの間にか部屋中が静かになっていた。

 ただ私の気持ちを押し付けてしまっただけの言葉だ。

 もっとうまくなにか言えないのだろうか。

「俺からも頼む」

 ヨージが言葉を続ける。

「駒が増えてそう悪いことはないはずだ。それに、こう見えて十二分の働きはする。度胸もある」

 ヨージは力強く言い切った。

 こう見えてというのは私のことだろうか、そんなことを考える。

「だ、だからですね、そもそも」

「はい、もういいよ」

 総司令官の女が言葉を打ち切り、

「ちょうど訓練室なんだからさ、実力見ればいいじゃん、ね」

 あっけらかんと言い放つ。

「結局そうおっしゃると思いましたわ」

「リンツが話混ぜっ返すから長くなっちゃった」

「あらあら。総司令官様が泳がせていなければ、もっと話は早かったのですけど」

「上官なりに色々気回さなきゃなんないの」と、意地悪く笑う。

 二人軽口を話しているが。えーと、つまりどうなったのだろう。

「総司令、ちょっと」

「これは決定事項。見ることも訓練、実力試験と訓練を兼ねる」

 有無を言わせず立ち上がり、

「ということで、私とお手合わせ」

 私たちに言い放つ。

「ひとりじゃ足りないんじゃないか」

 ヨージが挑発するも、

「私も参加いたしますわ」

 リンツが加わってくる。

「手心加えるんじゃないの?」

「全力でお相手しなければ、実力は見えてきませんわ」

 三人とも、既にやる気になっている。

 そして、私に三人の視線が向く。

「ご、ご指導お願いします」

 私は、なんとも言えない気合を入れた。


 二人と二人。開かれた円形舞台中央へと進む。

 その舞台を囲むようにして訓練を中断した兵士たちが座につき見守る。

「派手な魔法は使うな」

 ヨージは、私に呟くが、

「あの、実はこっちの世界に来てから魔法使えないみたいで」

 正直に打ち明ける。

「……なのにあんな啖呵を切ったのか」

「そんなつもりじゃなかったんですけど」

 そんな私を、ヨージは少し笑った。

「それは使えるか?」

 先にそれぞれ手渡された木製の丸棒を見て問われる。

「一応、杖での護身訓練は受けてます」

 と、言っても距離を取るためのモノでしかないが。

「ならいい。とりあえずは身を守ることを考えていろ」

「はい」

 返事をし、目の前の二人を見る。

 リンツは、小さくともその凄さは獣の時に確認している。

 流れるような足さばきと正確な突き。剣でなくとも、気を抜けば一瞬。

 総司令の方は、

 身長が、私より少し小さいくらい。

 体格は標準程で、戦い方はリンツと同様なのだろうか。

 というか、提案されたとはいえ、総司令官と戦ってよいものなのだろうか。

「こういうのすごい久々―、大丈夫かな」

 そんな思いも知らず、大きく体を伸ばしていく総司令官。

「では引っ込んでいてくださいまし」

「他にまともな人いないし、仕方ないじゃん」

「男性の方は私にお任せくださいまし」

「女の子の方は弱いの?」

「さあ、それをお試しになるんでしょう?」

「いじわる」

 そう言って、総司令官がこちらを見やる。

「それじゃ、準備はいい?」

 私はフーと軽く息を吐く。

「殺しNG、怪我等は自己責任で」

 それぞれがそれぞれに構える。

「じゃあ、始め」


 私は後ろに下がる。魔法使いの習性として、戦況が把握しやすい場所へ。

「ふーん」

 私を眺める総司令官は、その場に留まっていた。

 その隣でリンツが仕掛ける。

 素早い動きでヨージの懐へ。

 ブンッ

 と、真正面からリンツめがけて棒が投げ飛ばされる。

 とっさに身を転がしてリンツはそれをかわした。

「なめたマネをなさるのですね」

「せっかくの相手だ。こっちのほうがらしいだろう」

 ヨージが無手で構える。

「なにをおっしゃっているのか、わかりません、わっ!」

 再びリンツが仕掛ける。

 体貫く棒が、届く前に弾かれる。

 直後、顔面へと伸ばされる拳を態勢崩れながら、かわした。

 が、ヨージの左足がそこを狙ってくる。

「ぐっ!」

 なんとかガードを間に合わせたリンツは一旦距離をとった。

 それを許さないヨージは、距離を詰めてくる。

 繰り出される拳に合わせて、ガードするのが精一杯だった。

 それでもパワーの差は大きい。弾かれそうになるところを、なんとか受け流しても腕への負担が増していくばかりで。

 隙きを伺おうにもその隙きが作れないでいた。

「右からきます!」

 私が叫ぶと、ヨージへ棒が振り下ろされる。

 とっさに体を引いて避けるも、棒が返され追撃が襲う。

 それを足で弾き、一度間合いをあけた。

「リンツー、人間相手にしてるんじゃないんだから」

 加勢した総司令官が言う。

「ハァハァ、同じ人間ですわ」

 肩で息をしつつリンツは答える。

「だったらねぇ、人間らしくやるしかないじゃん。二人で」

「ふう。致し方ないですわ」

 二人が一斉に動き出す。

 私へと向かって。

「ちっ」

 身構えていたヨージは出遅れる。


 来る――。

 私は、同時に攻撃を受けないように動き出す。

 先に、総司令官の方へ。

 目前、上段から棒が振り下ろされる。

 それをしっかりと受け止めるが、腹部を左足に振り抜かれる。

「うっ」

 よろけている暇はない。

 蹴り出された方向からはリンツが襲いかかってくる。

 避けるとするならば、

 寸でのところで突きを弾けた。

 勢いのまま、リンツの左肩へと体をぶつけにいく。

 同時に転がるも、起き上がり駆ける。

 バクバク音を立てる心臓。

 休むまもなく振り向くと、総司令官が足元へと振りかぶった。

 棒を立て防ぐも、そのまま蹴りが飛んでくる。

 と、その蹴りに合わせて、ヨージの足が強引にすくった。

 そこをリンツが貫く。

 右肩を突かれたヨージは態勢を崩しそうになるも、私が体で支える。

 ヨージは自身を突き飛ばした棒を掴み、総司令官の方へリンツを投げ飛ばす。

 そして、互いに距離を取った。

 乱れた息を整えるように呼吸する。

「ふー。甘くないねー、ちょっと休憩」

「だから連れてきたのですわ」

 一転して膠着状態。

「無事か?」

「は、はい、なんとか」

 ギリギリだったけど。

 まだ心臓のバクバクは収まらない。

 その時、こちらを見ていたリンツが口を動かす。

 ウ・シ・ロ

 答えるかのようにヨージの回し蹴りが、飛び込んできていた兵士に直撃する。

「えっ」

 完全に気づかなかった。いや、意識が向いていなかった。

「副司令、なにこれ」

 総司令官の女が呆れたように尋ねる。

「……いえ、あちらではこのようなことも起こりますので」

 奇襲がうまくいかなかった副司令官はバツが悪そうに答える。

「そうだな。では、こちらも対応しないとな」

 ヨージはそう言い、副司令官を不敵に見つめた。

「ぜ、全員行きなさい!」

 気後れする副司令官の号令に、恐る恐る周りにいた兵士たちが飛び出してくる。

「なんで挑発するのですか」

 リンツが呆れたように投げかけるが、

「そのつもりはなかったんだがな」

 と軽い調子だ。

「はあ。ともかく、こうなってしまえば私もご助力いたしますわ」

 襲いかかってくる数十もの兵士を一人、また一人と返り討ちにしていく。

 私もなんとか、二人に挟まれ防ぎ返す。

「大丈夫か」

「はい、いけます」

「これくらい問題ないですわ」

 これだけの人数が襲いかかってくるのは、恐ろしい光景ではあったが、一人ひとりの実力は、今までのことと比べると簡単だった。

 いつの間にか、心臓の音も落ち着いてきている。

 安心して背中を預け、対応できる。


 全員を倒す頃にはさすがにヘトヘトだった。

 全員と言っても、いつの間にか離脱していた総司令官と座ったままの副司令官の二人を除いてだが。

「お疲れー」

 総司令官は軽く労いの言葉をかけた。

「で、どうだった」

 あまり疲れた様子もないヨージは尋ねる。

「もちろん合格、ですよね?」

 総司令官は更に隣に尋ねる。

「え、ええ。そうですね」

 答える副司令官は唖然とした様子だ。

「ということで、あなたたちの運用は私が直々に行うから、今日は休んでまた明日お話しましょう」

 私たちでなく副司令官に言うようにして、話をまとめた。

「では、私の役目もここまでですわね」

 リンツは乱れた髪を直しながら私たちに言う。

 リンツとお別れか。

 いつの間に、この世界を案内してくれることが当たり前だと感じていたけれど。

「そんなすぐ帰んなくていいじゃん。ちょっと休んで行きなよ」

 総司令官はそう言う。

「ありがたいお言葉ですが、私には私で、役割がございますから」

「ちゃんとお別れするの寂しいんでしょ」

「そんなんじゃありませんわ」

 私は寂しく思う。

「リンツ」

 改まった声で総司令官は話しかける。

「第六番隊副将が、現状報告もせずに帰るつもり?」

「あー、はい。させていただきますわ」

「それから、お二人のこれからについて相談もしたいのだけど」

「はあ、かまいませんけれど」

「その後には、私の話相手を務めて」

「嫌ですわ」

「これは命令だから」

「公私混同ですわ」

「美味しいご飯も用意するし」

「ぐぬぬ」

 どうやら観念したようだ。

 こうして私たちは、ここで一晩過ごすこととなった。


 翌日、光溢れる個室で一晩過ごした私は、ヨージと共に連れられて階段を上る。

 上る上る……、少し大変なくらいに上る。

「お連れいたしました」

 たどり着いた先は、広く開けた光景が広がっていた。

 影を落とす壁の向こう側、森や山、建物が小さく見える。

 こういう風に眺めると、広い世界も、どこにだって行けそうな気さえする。

「お疲れ、下がっていいよ」

 連れてきた兵士にお礼を言い下がらせる総司令官。

 その隣にはリンツと見知らぬ、細身のおじさんが座っていた。

「どうぞ」

 促されるままに私たちも席に着く。

「よく眠れた?」

「はい、ありがとうございます」

 私はお礼を言った。

「良かった。じゃあまずは紹介から」

 総司令官は隣のおじさんの方へと向く。

「この人が、世界の生き字引き、リヴァントさん」

「大げさに言わんでください」

 リヴァントはかしこまる。

「隣の小さいのがリンツ」

「このいい加減なお方が、総司令官のトタールですわ」

 リンツはふくれっ面で返す。

「そして、あなたたちがヨージくんとトルテュちゃん。世界を救う救世主」

「ああ、そのつもりだ」

 ヨージは変わらぬ顔で返答した。

「どうして?」

 突拍子もないことを聞かれたと思った。

 それでもヨージは、

「自分のためだ」

 と短く答える。

「ふーん、そうなんだ」

 深く追求することもなく軽く頷いている。

「じゃ、とりあえずこの地図を見て」

 そう言われ、私は机に広がられていた地図へ目を落とす。

「これがこの世界」

 横に長く広がる大地、それを二分するかのように太い線が引かれている。

「で、今私たちがいるのがここ」

 その中央当たりを指差す。見慣れぬ文字でアナナシ中央と書かれているのがわかる。

「ここから、ちょっと下が第六番隊の拠点ファイポダ。ずっと右にあるのが、お偉いさんたちがふんぞり返るピリリ、右上に進むならリンツの実家」

「私の実家は関係ありませんでしょう」

 リンツは都度、指摘を入れる。

「で、あとはリヴァントさんよろしく」

 面倒になったのかわからないが、唐突に説明を振った。

「よろしくと言われましてもなあ」

 呟き、顎を擦るリヴァントに、

「メトラージが初めて現れた場所は?」

 ヨージは尋ねる。

「主にこの当たりから現れたらしい」

 と、地図の左上辺り、ハスコカゲと書かれた付近を指差す。

 目の前の風景からすると、大きい山のある方だろうか。

「根拠は」

「そらあ、遭遇者がいたんだ。そこから話が広がっていくと共に、ヤツらもどんどん現れていったよ」

「ここの調査はしていないのか」

「そこから湧いてきただけあって、気づいた頃には調査できる余裕はなかったな」

「それに端ですもの」

 リンツが付け加える。

 確かに、リヴァントが示した場所は上方端のところだった。

「海からは行けないんですか?」

 私は尋ねるも、

「海?」

 と疑問を返される。

「はい、この大陸の外側からスイーっと行けたらなあって」

 私はなにも描かれていない外側を指し示すが、

「そこは、海ではないのだろう」

 察したヨーはが呟いた。

「大陸の周りは、なにもありませんわ」

 なにもない?

「まあ正確に言うならば、端から崖下へ、生きて帰ってきた者がいないと言った所か」

 私は言葉が出てこなかった。

 言葉は理解できても、頭で理解できていない感じで。

 この世界は、陸の孤島なのか、大きな崖の上に文明が栄えたのか。

「深く考えても、意味はないだろう」

 ヨージの言葉で思考は打ち切られる。

「そういうものだ」

 異なる世界に行くというのは、そういうものなのだろうか。


「よろしいでしょうか? とにかくお二人は、ハスコカゲへ向かう、ということですわね」

「本当に行くのか?」

「ああ、この土地に関して知っていることを教えてくれ」

 リヴァントは顎を擦りながらゆっくり語りだした。

 山に挟まれ、多くはない人が住む村があったこと

 大きな礼拝堂があったこと

 道を外れてそびえる山を越えるのは難しいこと

 そこで飲むお茶がおいしいらしいこと、などなど。


「結局メトラージがどれだけいるか次第、ですわね」

 リンツは遠く、ハスコカゲの山を眺める。

「なら、遊撃隊と合流したらいいじゃない」

 黙り込んでいた総司令官トタール口を開いた。

「協力してくれますの?」

「知らない」

「どちらにおりますの?」

「知らない」

「総司令官ですわよね」

「勝手やっちゃうんだもん、仕方ないじゃん」

「はあ」

 リンツは呆れ、ため息を溢す。

「一応探らせておくから」

「期待しないでいよう」

 ヨージもあまり気に留めない様子で返事をした。


「じゃ、こっちからはこのくらいで申し訳ないんだけど、まだなにかある?」

 トタールはこの場を締めようとするも、

「もうひとつ聞いておきたい」

 とヨージが答えた。

 手のひらで促されヨージは続ける。

「昔、壁が突破される事件があったようだが」

 ヨージの発言から、少し空気が重くなったように感じられた。

「確かにあったよ、そう昔でもない」

 代わりのようにリヴァントは答え、続ける。

「地図でいうと、上のここだな。大惨事には至らなかった、のは、ここで死力を尽くしてくれた勇敢な兵士たちのおかげだな」

 寂しそうに地図へ目を落とす。

「壁が壊された原因は?」

「そこまではわからんよ、こんな厚い壁を壊すなんてのは。ただまあ、メトラージでもない異形がいたとかいう噂は出てきていたな」

「わかった」

 ヨージはそこまでで質問を終わらせた、が。

「なにがわかりましたの」

 リンツが食いつく。

 普段と変わらない口調で、普段とは違うように。

「いや、確認したかっただけだ」

 ヨージは静かな声で言う。

「そうですか」

 静寂が訪れ、会議は終了した。

 壁が作る影が短くなっていく。

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