2019年4月②

W大はいわゆるマンモス校で、キャンパスが幾つもある。


楽器体験会を実施するサークル棟は、中でも改装された文系キャンパスの端にあった。



剥き出しのコンクリート壁。

ロビーのあるフロアは他サーの新歓で混んでいるから、と裏口のドアを開けて入る。


バンドサークルを始め音楽系のサークルは防音の関係上全て地下1階だ。



階段を降りるごとに少しずつ聞こえる楽器の音色。


太いコントラバスに、ハリのある金管。

少し耳をすませばくぐもったドラム音とギターの歪みがあちらこちらから聞こえてくる。


楽器体験会を行う部屋はその最深部にあった。



僅かな高揚と緊張を胸に扉を開くと、そこは少し広めのイベント用の部屋だった。


「いらっしゃい。楽器体験会に来たんだよね?」


「あ、はい…。

 ここの先輩に誘われて。」


「そうなんだ!誰だろう…。

 とりあえず皆こっちにいるからおいで」


誘ってくれたからてっきり先輩も居てくれるものだと思っていたが、当の先輩はどうやら今日はいないらしい。


なんてこった。


まぁひとまずは偵察だ。


どんなものかお手並み拝見と行こうじゃないか、などと他の1年生と軽く挨拶を交わしていると、先輩達が演奏し始めた。


楽器体験会の前に軽いライブを行う予定のようだ。


楽器初心者の1年生に向けて、大枠を見せるということだろうか。


確かに、ベースなんて門外漢からすればギターとの区別もつかないし、下手すれば音も聴こえてないだろうな…などと皮肉めいたことを思いながら舞台下手を見る。


そこに彼女はいた。


クリームがかったオフホワイトのジャズベースを肩からかける彼女は、まさに容姿端麗を絵に描いたような佇まいだった。


黒のノースリーブに黒のスカート、というシックな装い。


肩上にかかる焦茶の髪を揺らしながら、指板を見る目は俯きがちで長いまつ毛が際立つ。


肌は陶器のように白くて、弦を弾く指は細く滑らかだった。


その姿に、音に。

気づけば一瞬で僕は攫われていた。

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黙って僕に甘やかされて Sigh @sigh_kitsune

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