第13話

 葬式はそのまま、あっけなく終わった。僧侶の説教と喪主の簡単な挨拶の後、棺は火葬場に向けて出発する。火葬場に行くのは親族だけということになっていたので、岡田らはこれで葬式はひと段落が付いたということになる。


 棺の見送りをして終わりになるから各自葬祭場の前に出て欲しいというアナウンスと同時にそれまで会場全体を包んでいた緊張がほぐれた。各々会話をしながら会場を後にする。岡田も、隣に座っていた小林と高村とともに外に出た。


 葬祭場を出ると青空が広がっていた。今朝特に気に留めることはなかったのだが、雑多な大阪の古ぼけたビルや電線の上に、透き通った青色が広がっている。


「よかったな、天気になって」


 高村がそう岡田に話しかけた。喪服と雨と打ちっぱなしのコンクリートに飾られた葬式は、あまりにも彼に合わないような気がしたからだった。


「そうだな」


 車に棺が運ばれていくのを見ながら、岡田が返した。立川の写真を抱えた喪主が一礼すると車に乗り込み、そのまま車が出発したのを見届けると解散となる。訪れた客が三々五々と散っていき、少しずつ人が減っていった。


「じゃ、俺たちも帰るか」


 小林がそういう。棺を見送った三人は、特に何か言葉を交わすことはなかった。手荷物だけ取りに葬祭場へと戻る。会場に入ると棺と写真がなくなって、献花とお供えの品物だけが残されていた。真ん中に置かれた焼香台からわずかに煙が立ち上っている。さっきまで泣いたり、手を合わせていたりしていた親族たちもいなくなり、空っぽになったパイプ椅子の列だけが残されていた。


 とぼとぼと駅に三人で向かった。三人とも、御堂筋線で動物園前駅から新大阪駅に向かい、そこで別れる。立川は今頃焼かれているのだろうかと思った。最後に見せてもらった彼の死に顔が脳裏に焼き付いていた。歩道を歩いて隣に大きなビルが来た時に、冷たくて強いビル風が三人を襲った。髪の乱れた高村が手櫛で元に戻す。


「寂しくないといいんだけどね」


 そのまま高村が呟いた。


「まあ、あいつなら大丈夫だよ」


 小林がそう返した。なんとなく、岡田もそんな気がした。そのまま動物園前駅の地下に入って、ちょうど来た電車に乗る。そのまま地下鉄に乗ってしまえば、あっという間に新大阪駅に到着する。


 昼過ぎの新大阪駅は人でごった返していた。ボストンバックを持った観光客、鞄を持ちスーツを身に纏った出張サラリーマン、遠征と思われる学生服を着た一団と様々で、それぞれが皆各々の目的地に向かって足早に歩を進めている。岡田は切符を買っていなかったから窓口に並ばなければならない。


「じゃ、俺はこっちだから」


 小林は既に切符を購入していて、このあと来る博多行に乗らなければならない。わかった、じゃあまた会おう、東京に来たときはいつでも連絡してくれと、岡田はありきたりな別れの挨拶を済ませた。


 そのままチケット売り場に並んだ。ターミナル駅ということもあって、人はかなり並んでいる印象を受ける。自分の目の前に、ちょうど大学生と思われる五人組が並んでいた。おそらく、自分たちの二年前と同じく、遊園地に行ってきたのだろう、手にはキャラクターのイラストが入った紙袋が握られている。多少大きな声で話しているから楽しかったことがうかがえる。


 切符を購入して改札に入る。高村が乗る指定席の新幹線は20分後ということだったから、彼とはそこで別れることとなった。切符を改札に入れて取り出せば、もう誰とも話したり、誰にも気を使ったりする必要はなくなった。一人残された岡田はそのままコンビニによっておにぎりを二個買うと、そのまま来た新幹線に乗り込んだ。新幹線が出発するとすぐに岡田は寝て、起きたら、そこはもう品川だった。


 流れるように電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りて少し歩けばすぐ家に辿り着く。ついさっきまで大阪にいたのに、どういうわけなんだろうと思う。二日前に出発した家の駅前を風が吹き抜け、歩く岡田の身体を軋ませた。半日前まで大阪におり、彼を見送ったことが少しだけ不思議に感じた。10分ほどいつもの街並みを見ながら歩くと、すぐに四階建てのアパートに着く。そこが岡田の家だ。あとは中に入って、服を脱いで風呂に入ればそれで一日が終わる。

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