第12話
会場には昨日から続く顔ぶれが席に座っていた。沈痛な面持ちの彼らを見ていると、どのように立川が家庭内で振る舞っているのか岡田には全く見当がつかなかった。彼はそもそも、大学生以外の立川を見たことがなかった。昨日の通夜、立川の高校の同級生だという者と少しだけ話した。彼の学園生活は奔放で、辛さや悲しさといったものが少しも見当たらないような人だったと話していた。大学で別々になったあとも連絡を取り合っていたという。
昨日から立川のことを思い出して、岡田は、彼がほとんど自分のことについて語っていなかったことにようやく気が付いた。小林や高村は自分の中学高校時代や家庭の話を大学在学中にしていたから背景が多少なりとも分かっていた。しかし、自分のことを立川が話すことはなかった。岡田たちも彼が過去に何をしていたかといったことが気にならなかったわけではないのだが、それを上回る彼の力強さが、それを些細なことにしてしまったのだろう。だから残された岡田たちにとって立川は、大学入学時に突如として将棋サークルに現れた、とても将棋を指しているとは思えない見た目と性格をしていて、四年を一緒に過ごした友人という意味合いでしかなかった。
彼の交友関係もよく分からない。渋谷のクラブに出入りをしていたという話は聞いていたが、よくよく考えるとクラブに行った先には誰かがいて、彼はそこで交流をしていただろう。当然そのようなことを岡田は知らない。
僧侶の読経が一時中断し、お焼香を順番にお願いいたしますというアナウンスがマイクを通して入った。喪主から順番に焼香が進み、独特な香りが会場全体を包み込む。規則正しい木魚が岡田の耳に入り、そして抜けていった。
岡田は大阪に行ったことを思い出していた。
コロナが落ち着くタイミングを待とうということにはなったが、結局、四人はかなりの時間、待たされた。新型コロナウイルス感染症の猛威は留まることを知らず、日々膨大な数の感染者を列島全体に生み出していた。小林は肉親が感染してしまい、たまたま予定されていた法事が中止になるということもあった。
結局、大学四年の終わりごろになるまで彼らは待ち続けた。そして卒業間際になって、その当時若干、大阪府内での感染者数が落ち込んだ。四月まで待てば各々は就職し、とても集まれるような状況ではなくなってしまう。行くなら、今しかなかった。
三月が訪れてすぐ、三人は東京から大阪に同じ新幹線に乗って立川が待つ大阪へと出発した。待ち合わせ時間の10分前に岡田が八重洲口の改札前に着くと、マスク姿の小林と高村が待っていた。
「よお、久しぶり」
まともに友人と会って話すことなど、岡田にとっては初めてのことだった。
東海道新幹線に乗って新大阪へと向かう。窓の外を見ると、三月の春の訪れを感じさせる太陽が東から差し込んでいた。東京から品川にかけての摩天楼の間を縫うように走る道路にはたくさんの車が走っており、新型コロナウイルス感染症の中でもしっかりと、一つの大きな生物のように東京が蠢いていることを実感させた。それをみて岡田は、まるで初めて遠出をする幼稚園の子どものように気分が高揚した。どの乗客も一様にマスクをしているところとか、マスクや消毒の徹底を呼び掛けるアナウンスがあるとかといったところは確かに違っていたが、自分が友人と新幹線に乗って大阪に向かっている事実は変わらなかった。
立川は新大阪ではなく、そこから電車に乗って少し進んだところにある梅田駅で待っているらしい。
「それで、大阪駅で飯を食って、その後ホテルに一度荷物を置いた後に遊びに行くんだとさ」
小林が説明をしてくれた。小林はこうしてどこかに出かける際にはいつも頼りになる。以前日帰り旅行をしようとしたとき、彼は見事な日程表を作って共有してくれた。それを残り三人で褒めたところ、その次から彼が自然と日程表を作ってくれるようになった。特に若干の方向音痴のきらいがある岡田はありがたく感じている。
「なるほどね、それなら楽だ」
高村が駅弁を食べながら返した。高村は対照的で、出かけたり遊びに行ったりするとき、自分が主催でない場合はほとんど人任せである。今回の旅程も立川と小林に任せきりで、自分はどこにいっても楽しいから大丈夫だというふうに堂々としていた。その堂々さが逆に遊びに誘いやすくしていた側面もある。
そのまま三人で下らないことを話していると、あっという間に大阪に着いてしまった。駅を降りると生暖かい南風を感じた。移動性の高気圧に本州全体が覆われており、列島は好天に恵まれている。
新大阪からJRに乗って大阪駅に向かう。東京と何ら変わらない人混みに覆われたプラットフォームを歩き、改札を出て数分歩くと立川との待ち合わせ場所に着く。
「おっす!久しぶり」
待ち合わせの場所にいた立川は、いつもの大学での挨拶のように気さくに声をかけてきた。
「おっす」
大学でいつもしているように岡田がそう話しかけた。ほとんど一年ぶりに現実で見る立川は相変わらず将棋をやっているとは思えないような陽気な顔立ちをしていた。
そのまま四人で、ホテルに向かうことになった。立川の家を使えば宿代を浮かすことができるが、新型コロナウイルスがある中で遠方の人間を呼びよせるにはさすがにどうなんだ、ということになったのである。大阪環状線に乗ってすぐの西九条という駅で降り、少し歩いたところにある四人部屋のホテルを取った。本当なら三人用で事足りるのだが、俺も行きたいという立川の要望で四人用になったのである。
四人はホテルに入り、そのまま数日間を大阪で過ごした。人気がない遊園地で、人気アトラクションを何周もすることができた。夜は結局四人とも調子が上がって、ミナミで酒を飲んでしまった。何も楽しむことができなかった一年間の鬱憤すべてここで晴らすかのように、浴びるように四人は酒を飲んだ。
解散場所は新大阪駅だった。また卒業式で会おうな、と話す立川をホームに見ながら岡田は新幹線に乗った。見送られた立川はぶんぶんと子供のように手を振っていた。
それが結局、岡田が目で見た最後の立川になった。
卒業式は岡田が帰ってから二日後に、新型コロナウイルス感染症が原因で中止となったからである。
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