第11話

 翌日の葬式は、午前中の読経だけ参加して火葬場までは同行せず、新幹線で東京に戻ることにした。昨日は夜も十一時頃に寝てしまい、起きるのも八時頃と遅かったからかなりよく眠ることができた。チェックアウトはフロントにあるカゴの中に部屋の鍵を放り込むだけで良いらしい。受付に何も挨拶をせず、スーツケースを転がした岡田はそのまま外に出た。


 昨日まで悪かった天気は、今日になってようやく好転した。ホテルから葬祭場に向かって歩く。大阪は東京と比べて明らかに雑多な、ごちゃごちゃした印象を岡田に与えた。その雑多な感じは数年前立川と遊んだ時と、何も変わっていなかった。夜になればあたりをスーツを着たままの飲兵衛が騒いで歩き回ったり、ゴミがそのあたりに散らばったり、不良少年がドンキホーテの前にたむろしていたりする。そのような光景がミナミ中に広がっているような印象を岡田は得ていた。朝、さすがにそこまでの光景は広がっていないが、あちらこちらに昨晩の残りのようなものを伺うことができた。


 大阪で遊ぼうと提案したのは立川だった。あの頃は新型コロナウイルスが来てから、一年は過ぎたころだったと思う。あの頃、大学に行くことは全く許されず、すべての授業はオンラインでのみ行われていた。サークル活動も同様で、始まった就活すらもすべてがオンラインだった。機械の操作に慣れていない人事部の社員が操作を誤り、説明会が何十分か遅れたこともあった。


〈今度、大阪に来てみない?〉


 そんなとある日のサークル活動(といっても、メインの活動は既に終わっており岡田と立川、小林、高村が四人でZoomを立ち上げて将棋を指していただけだ)の終わりに、立川がいきなり言い出した。立川が使っているパソコンはお世辞にも質の高いものとは言えず、マイク越しの声はかすれていてよく音割れしてしまう。それでもこの一声だけはしっかりと、岡田の耳に届くものだった。


〈おいおい、いきなりどうしたんだよ〉


 高村が反応した。将棋を指す人間はよく真面目と称されるが、高村は新型コロナウイルス感染症に関しては真面目な部分を前面に出していた人間だ。岡田と小林も同様である。


 それに対して立川はあまり気にせず遊びに行ったり、飲みに行ったりしていたようだった。そのことはなんとなくほかの三名は察してはいたが、止めるようなことはしなかった。岡田自身も自分はおとなしくしている選択をしたが、街に出る彼を止めるつもりはなかった。


 ただ、自分たちを巻き込むとなると話は変わってくる。


〈まあ聞いてくれって〉


 そう立川は言って説明を始めた。立川の不思議なところは、どんなに反対されていても頼めば話を聞かせてしまうことにあった。しばしば三人は立川のこうした突拍子のない提案を突然聞き、反対し、そして説明を受けて納得した。


 立川の説明はこうだった。大阪は確かにコロナウイルスが猛威を振るっているが、少々落ち着いたタイミングを狙えばリスクを軽減することができる。そして遊ぶ場所は大阪港近くにある大きな遊園地になる。あそこは人がこなさ過ぎて逆に安全な場所になっているらしい。移動手段は換気がしっかりしている新幹線を使えばよい。こうすれば、普通に遊びに行くよりも多少はリスクを軽減することができる。


 ここまで言われた。ここまで言われて、三人はなんだかできる気がしてきてしまった。岡田は特にそう思っていた。家にずっといて行き所のないエネルギーを遊ばせ、それで何もできない日々が続いておりストレスがたまっていた。万が一罹ってしまったら、その時はその時だろう、という気がしてきた。


〈分かった、行くよ〉


 気が付いたらそう返事を出しておいた。二日間あれば楽しめる。まあ、これくらいなら行っても大丈夫だろうと岡田は思った。立川にはそう思わせるだけの力があった。

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