第10話
「結局、四人ともそこそこに強くなれたよな」
グラスが空になった小林に瓶ビールを継いでやりながら、岡田がそう話した。四人の中で一番強いのは以前からの将棋の経験が長い小林だったが、大学を卒業するころにはほかの三人も小林に勝てることも増えていった。
「それは良かったよな。俺、おかげで今会社の社団戦で大将なんだぜ」
寿司を一つ食べてから、高村がそう話した。小林も毎週将棋道場に通っている。岡田はそれを見て二人とも将棋を今でもやっているのかと思わざるを得なかった。入社した今の会社では将棋をやっている人間は周りに一人もいなかった。
食事が終わり、通夜自体も終了ということになった。会場を出ると、いつも通り、何も変わらない大阪の街が広がっていた。この街に育った立川は、きっと岡田と立川が一緒にいた時期よりも何倍も長いはずだった。
会場からホテルまで少し歩いた。歩道に面した居酒屋の中から笑い声ががやがやと聞こえて岡田の耳を煩わせた。
ホテルに戻ってから、サークルのことを思い出した。
岡田たちの学生生活は、お世辞にもよい終わり方とは言えなかった。2020年から日本列島を覆いつくした新型コロナウイルスの情勢下で、サークル活動などはまともにできる状況ではなくなってしまった。授業はすべてリモートとなり、サークル活動はかろうじてオンラインでやる程度になってしまった。
大学生活のすべてのストレス発散と人間関係を将棋サークルに依存していた岡田は、いきなり宙に浮かされたような感覚を得ることになった。課題をやる相手も将棋を指す相手も、飲む相手もいなくなってしまった。
サークルのメンバーとLINEで話し合って、Zoomを用いて将棋を指してみようということになった。ネット将棋のシステムを使えば、顔と顔を突き合わせなくても将棋が指せると思ったからだ。ところが画面上に表示されている活字の駒は、どうにも集中力が切れてしまい中々次の一手を指すことができなかった。
盤を挟んだ相手の息づかいとか、駒を持った時の感触とか、そういったものが将棋を指す際に大事だったのだということに将棋サークルの面々はいまさらながらに気づかされた。
「……やっぱり、対面でやったほうがいいな」
普段なら信じられないようなミスをして負けた小林がそう呟いた。後で棋譜を見返してみたが、お互いに普段であれば考えられないような間違いばかりをしていて、いい手を指したほうが勝つというよりはどちらがより大きな間違いをしたか、という勝負になっていた。
岡田たちは、宙に浮かされたまま学生生活が終わってしまうこととなった。
新型コロナウイルスなど、自分ではどうにもならないことである。ただ、ウイルスそのものよりも、この得体のしれない病魔に、世界中が一斉に恐怖症になったかのような異常な雰囲気のほうがよほど恐ろしかった。そしてもう一つ自分たちが受け入れなければならないことは、この異常な空気感の中、自分たちは社会人としての第一歩を踏み出さなければならないということだった。
それでも時は容赦なく、自分たちを押し流していく。なんとか捕まった就職先の事前説明会や就職前に行われるグループワークや課題をこなしているうちに毎日毎日、ただただ時間が過ぎていった。岡田はいつしか将棋の駒を手に取ることがなくなっていった。
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