第7話

「そこの君は彼女さんとかがいたりするのかい?」


 お婆さんが突然小林に聞いた。立川を除いて浮ついた話には全く縁がないというのが実情だ。


「いやいや、いませんよ」


「そうだよな、お前もてないもんな」


 正直に話す小林に高村がけしかける。


「お前も似たようなもんだろ」


 そう高村が話しかけた。それが良くなかった。小林は真面目であるが、それ自体が玉に瑕で女性にはとんと縁がなかった。それを小林はずっと気にしているのだった。どこかおかしいところの電源が入ってしまったらしく、どうせもてないとかそういったことを話し続けて酒を飲み続けた。


 店を出た小林はすっかり泥酔していた。たまたま入っていた居酒屋では特に粗相をすることもなく事なきを得たのだが、通りに出たあとがまずかった。彼はいきなり歩道と車道の間にあるガードレールの上を歩き始めると言い出した。


「おいおい、やめろよ」


 そう立川が止めるが、彼もある程度は酔いが回っているので言葉に説得力が伴わない。むしろ助長しているような言い方になってしまっている。


「よっしゃ、見てろって」


 ふらふらとした足取りで小林がガードレールに登ろうとする。普段の落ち着いた様子からはまるで想像できない。岡田はしばらくの間笑って見つめていたが、本当に小林がガードレールの上に登っているのを見て少しばかり不安になってしまった。


 まさか本当に何もやるまい、と岡田が思っていたがその予測は外れた。小林は、


「うおっしゃ」


 という掛け声なのかうめき声なのか分からない声を上げながらガードレールの上を本当に走り出した。


「おいおい、大丈夫かよ」


 岡田が心配するのを他所に、立川はけらけらと声をあげて笑っている。高村も走っている小林を見つめてニヤニヤとした笑みを浮かべている。それを見てると岡田もなんだか大丈夫なんじゃないか、といった気になってきた。


 ところが、その目測は案の定外れることになる。小林はガードレールの半分くらいまで進んだところでぐらり、と大きく身体を車道側に崩してしまった。そのまま体勢を立て直そうとして足を滑らせ、ガードレールの上に太ももを強打しつつ頭からアスファルトに身体を叩きつけた。


 こうなると先ほどまで笑っていた3人も顔色を変えることとなる。


「おいおい、大丈夫かよ」


 そう言いながら駆け寄る。小林はアスファルトに身体を横たえながらうー、うーといううめき声をあげている。幸い、出血はしていないようだった。


「痛え~」


 小林は痛そうに振舞いつつも、口元に笑みを浮かべている。どうやら酒のせいで痛みをうまく認識できていないらしい。


「ほら、立てよ」


 倒れている小林を通行人が横目で見ているのが岡田はひどく気になった。車道側に倒れたから、車が迷惑そうによけながら走っている。とりあえず立川と二人で起こすのを手伝って、歩道の隅に連れて行った。


 連れていかれた小林は痛いとか太ももにあざができたとか話していたが、酔いの方が勝っているのか岡田に抱き着いて甘え始めた。


「岡田~」


「きしょいきしょい、どけどけ」


 岡田の拒否にもいう事を聞かず小林は更に抱き着こうとしたが、すぐに表情を変えた。


「気持ち悪」


 おい離れろと岡田が強引に小林を引きはがすと、彼はそのままはいつくばって地面に嘔吐し始めた。


「うわ、コイツ吐き戻したぞ」


 小林の扱いに困った一同は、小林をタクシーに押し込めることにした。電話で呼び出したタクシーの初老の運転手はあからさまに嫌そうな顔をしていたが、強引に押し込めることにした。次の日、昼頃になって部室に出てきた小林は二日酔いの青い顔をしたまま、昨日のことは全く覚えていないという旨の発言をした。そして朝起きたら身体のあちこちにあざができていて何が起こったのか知りたいと言った。岡田が皆を代表してお前は酔っぱらってガードレールの上を歩いていたのだ、それで転んだあと嘔吐までし出したから仕方なくタクシーに押し込めたんだと話したが今一つ、本人は釈然としない様子だった。

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