第4話

 そうして話していると、高村が遅れてやってきた。


「おっす~」


 高村のいでたちも少しも変わっていなかった。高村は座ると、最近はどうだ、何をしているんだということを聞き始めた。四人の中で最も声が大きかったのが高村だった。大柄な身体から大きな声量が出る。その大柄な体格と声のせいで、しばしば小さい子供に嫌われることを彼は気にしていた。


「まあ、あいつの葬式とはいえ、久しぶりに会えたんだ、また将棋を指したいよな」


 といったことを高村は話した。岡田はそれを聞きつつ、そうだな、と話した。耳に彼の声が響く。返答をしたが、低気圧のせいなのか頭痛を感じていた。


「やっぱりお前少し疲れてないか?」


 小林の言葉に、岡田はまた昨日の話かと思った。だが小林の言葉には妙な説得力があることも事実だった。彼は時折、直感で物事を言い当ててしまうことがある。


「まあ、仕事が忙しいんだよ」


 岡田は逡巡したのちにそう答えた。何か今自分の身体を蝕むものがあったとすれば、それは仕事以外にはなかった。会社の上司は部下に関心がなく、仕事をする機械ぐらいにしか思っていないのだろうということは岡田自身もよく分かっていた。淡々と進んでいく事務仕事は嫌気がさしていたし、それを行ったことによって自分の仕事がどのように展開されているのか、そもそも彼にはよく分からなかった。請求書の処理をしろと言われても、その請求書が会社の何に寄与しているのか、まったく分からなかったのである。


「大丈夫か?何か身体に異常があったら病院に行った方がいい。人間二十五歳を過ぎたら下り坂だからな。俺も二か月前に大腸を壊して病院行きだよ」


 ぶっきらぼうな割に他人を気遣う台詞を吐くのは、小林の昔からの特徴だった。


「そんな心配するなって」


 すぐに岡田はそう返した。実際のところ、思うところがあるのは否定できなかった。完全週休二日制だから一週間のうちに二日は休みを取ることはできていた。だから休日はのんびりと過ごしてはいるつもりなのだが、学生の頃のように疲れたから元気になったという気が全くしない。以前は土日になると飲みに出かけたり、レンタカーを借りて遠出したりと遊びばかりをしていた。就職してからの二年間は格段に休日の遊びが減った。それにも関わらず身体が疲れていくことを岡田はなんとなく感じ取っていた。安い給料から家賃と電気代、水道代、ガス代、食費を払って貯金をすれば、自分が自由に使える金などおのずと限られてくる。結局家に引きこもってゲームをしているのが一番良いということになる。


 朝10時ごろにもそもそと布団から這い出ててそのままパソコンの前に座るだけの休日を過ごす。こうしているとあっという間に時間が過ぎてよいのである。就職してしばらくの間は休日にプレイするゲームが楽しくて連続して10時間くらいはプレイしていたが、次第にどんなゲームをしても何となく楽しめなくなっていった。最近はやることもないので一日中惰眠をむさぼっている時間が長い。それでも、どいういうわけか疲れが取れない。


 だから、小林に聞かれた時に岡田は少しばかり動揺した。ただ久しぶりの再会で心配させてはならないということも同時に考えた。咄嗟に取り繕った格好にはなったが、この場は流せるような言葉にはなった。小林はしばし沈黙したあと、


「そうか」


とただそのように答えた。岡田は少しだけ自分がぶっきらぼうな言い方になってしまったのではないかと考えかけたが、次の言葉によって引き戻されていった。


「しかし変わらんなぁ」


 そう高村がつぶやいた。何か違うところを言えば立川がもういないことと今三人が来ている服が喪服であることぐらいだった。黒色のスーツに黒色のネクタイを締めた三人の見た目は、誰が見ても葬式に向かった帰りの一行だと分かる。それ以外はさしあたって変化というものを認めることができない。岡田から見ても、小林と高村の顔つきはほとんど変わっていない。


「まあ、二年半経ってるからな、お互い変わったところもあるだろうさ」


 小林がそう返した。


 そのまましばらく三人で過ごしてから、葬祭場に向かった。立川の実家は大阪の真ん中で、葬式会場も通天閣に近い新今宮という駅から徒歩数分の場所だった。夕方の大阪には傘を差した何人もの人が足早に歩みを進めている。辺りには昭和期に建てられたとしか思えない古ぼけたビルが所狭しと立ち並んでおり、そのどれもがくすんでいたり、塗装が剥げたりしている。これだけ見ても、岡田は何となく東京とは異なっていると思った。


 立川の死因は心臓発作で、その原因も一切不明だった。就職先の会社の有志で作られたサッカーチームの練習中に突然倒れ、そのまま死んでしまったとのことだった。だから本人の身体に何か異常があらかじめあったとか、そういう予兆は一切ない中での出来事だったらしい。


 新今宮駅から少し先に歩いたところにある葬祭場は、大阪の中心地にありながらこぢんまりとしていて、地元の人々が使うための場所といった印象を岡田に与えた。


 入り口には立川家通夜・葬式と書かれた看板がある。三人はそのまま申し込みを済ませ、そそくさと会場に入った。思った以上に中には人がいた。ざっと70人ぐらいはいただろう。


 棺の周りには遺族や親戚から送られた花や贈り物のほかに、彼が生前愛用していた品物が置かれていた。その中に、岡田は彼の家に遊びに行ったときに使った、使い古された将棋盤と駒が置かれていることに気が付いた。


「懐かしいな、これ」


 隣にいる小林がそう言った。


 一度だけ、立川の実家に遊びに行ったことがある。その時は夏休みで、何人かで大阪に遊びに行ってみようということになった。岡田は京都と奈良は修学旅行で行ったことがあったが、たまたま大阪に縁がなかった。初めての大阪は新鮮でとても楽しむことができた。


「この将棋盤久しぶりに見たな」


 そう岡田が言うと、小林も


「たしかにそうだな」


 と言った。そのまま三人は、親族に遠慮をして後ろから数えたほうが早いところに並んで座って、通夜が始まるのを待った。岡田が座ってから20分ほど経ってから通夜が始まったが、その20分間は、岡田はとても長く感じられた。

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