14:喰らう者
先ほどとは変わり映えしない光景が広がっているが、なんだか雰囲気がおかしい。なんというか、壁や床、あと天井に敷きつめられているはずの歯車が不規則に回っている。
中には空回りしているものや完全に回転をやめているものもあり、歯車が噛み合ってないためか聞き触りの悪い音が響く。
さらに迷宮内を照らしているはずの照明が所々消えており、確かに異常事態が起きているんだと実感させられた。
「なんだか不気味だね。でも大丈夫っ! なんせ今日は最強のゲスト、明志君がいるんだから! ということで進んでいくよ」
カナエは相変わらずのハイテンションでリスナー達を盛り上げていた。
しかしまあ、よくそんなテンションを維持できるもんだな。だから普段は反動であんなにテンションが低いんだろうな。
にしても、ここの雰囲気はとんでもなくおかしい。あのグレン二号ってのが言ってたけど、この迷宮はまだ星崩れの影響が残ってるってのがわかるな。
だとしても、迷宮の機能がおかしくなるなんて見たことない。星崩れが起きたらいろいろ異常が起きるんだが、それにしてもここまでおかしいなんて体験したことはない。
俺が考えながら歩いていると、唐突にカナエが「きゃあっ」と悲鳴を上げて倒れた。慌てて視線を向けるとそこにはカナエに重なるように倒れている女性がいる。
その服装は動きやすさを重視しており、迷彩柄の緑のベストとハーフパンツといった姿だ。ただ妙なことに女性は全体的にボロボロで、肩の辺りは何かに噛まれたのかひどい出血をしていた。
「わわっ! 大丈夫!?」
そんな姿の女性を見たからか、カナエは配信を忘れて声をかける。すると探索者は安心したのか涙を溢し始めた。
しかし、大声を出そうとして急に堪える。だけど溢れ出した涙は止まらないのか、声を殺す形で泣いていた。
「えっと、大丈夫?」
「……逃げなきゃ。逃げなきゃ食べられる」
「食べられる?」
女性探索者は何かを伝えようとしていた。だけど、俺達に出会ったためか抑えつけていた恐怖心に感情が振り回されている様子だ。
どうにか声を押し殺しているが、それもガマンできなくなっているみたいだった。
カナエはそんな彼女を気遣い抱きしめ、その背中を擦る。すると押さえつけていたものが決壊したのか、女性探索者は大きな声で泣いた。
俺はそんな彼女の状態を確認する。見た限り、様々なところを噛まれていた。装備は軽装だがいいものを使っており、おそらく迷宮で手に入れたアイテムを加工した装備だろう。
よく見ると着ている迷彩柄の服には〈加護印〉があった。つまりこの人は軽装でありながら破格の防御力を持つ装備を身にまとっているということになる。
そんな装備を持ちながらもひどい傷がたくさんある。おそらく俺なんかよりも上の実力者だが、そんな人を何かが追い詰めた。
ということは、たぶんすぐに引き返したほうがいい。
「カナエ、配信と迷宮攻略は一時中断だ。戻ろう」
「そうだね。みんなには悪いけどこの人を放っておけないし」
「ああ、すぐに戻ってグレンに頼もう」
帰還のベルを使おうにも助けた人とはパーティーを組んでいない。またあの時みたいなことが起きるから、俺はグレンに頼ることにする。
ひとまずこの人を落ちつくまで移動はやめよう。
そう考えていると、唐突に女性探索者は泣くのをやめた。
「Aa――」
ヒタリヒタリ、という足を引きずる音がする。
ピチャッピチャッ、という何かが滴り落ちる音も聞こえた。
ゆっくりとそれは近づいてくる。その気配が大きくなるにつれて、女性探索者の身体の震えが大きくなった。
俺は彼女が逃げてきた方向に目を向けると、そこには一つの影がある。
その頭は狼のようなハイエナのような、とにかく獣のもの。しかし身体は女性に近いものとなっており、赤黒い体毛で覆われていた。
細長い尾があり、見た限りミノタウロスと同じ系統のモンスターだ。しかしおかしなことに弱点であるコアが見当たらない。
その手のモンスターなら胸にコアがあるはずだが、なかなかに立派な体毛で覆われてるためか見つけられなかった。
「Aa……Aa……!」
そんな不気味なモンスターだが、なんだか様子がおかしい。その口をだらしなく開き、ずっとヨダレをダラダラと垂らしている。
よく見ると口の周りは汚れており、体毛がさらに濃くなっていた。
「あ、あぁ……」
そんなモンスターと対峙した瞬間、女性探索者の顔が恐怖で引きつっていた。逃げるかのように尻を引きずりながら後ずさりしている。
どうやらこのモンスターが彼女を襲ったようだ。だけど、ここまで怖がるなんておかしい。
「大丈夫! 明志君がいるから。あんなのすぐに――」
「ダメ! あいつ、あいつは、ダメなの!」
カナエが慌てて駆け寄り、彼女に声をかける。だけど思ったよりも恐怖心が大きいのか、彼女の絶望は消えなかった。
俺は身構え、探索者コインを握る。そして、ゆっくり近づいてきているモンスターに狙いをつけた。
距離にして十メートルちょい。先制パンチをしたほうがいいだろう。
「明志君ダメ! 逃げて!」
カナエが慌てた様子で叫んだ。だがその瞬間にモンスターが俺に飛びかかる。
俺はスキルを発動させ、胸に針を打ち込んだ。
いつものように、慣れた攻撃手段で。
だが、それが運命の分かれ道だった。
「GAbッ」
「なっ!」
胸に打ち込んだはずの影の針。しかしそれは、唐突に消えた。
いや、針が突き刺さる寸前に黒い蛇らしき何かが出てきて飲み込んだ。
まるで針を食べたかのように見え、俺はその現実に一瞬だけ驚愕し動きが鈍った。
モンスターはその僅かな隙を見逃さない。そのまま俺の懐へ潜り込み、左の脇腹に噛みつく。
強烈な痛みが走る中、俺は咄嗟に首を絡め取る。そのまま右回転し、前方へと放り投げた。
「明志君!」
カナエが叫んでいる。だけどその声に反応する余裕がない。
なんだ今のは。変なのが出てきて針を食べたぞ。
まさかあいつ、ああやってスキルを無効化するのか?
「みんなごめん。配信切って!」
非常事態と見たカナエが探索者コインを握りスキルを発動させる。すると前見た時よりも派手な服装となったグリードが登場した。
グリードは歓喜しているのかエレキギターをこの前よりもかき鳴らす。それはもう噛まれた脇腹に響くほどだ。
「Aaaaaaaaa!!!」
グリードの騒音はモンスターに効いている様子だ。その証拠にモンスターは偉く興奮している。
「明志君、立てる?」
「俺はいい。それより助けた人を連れて逃げろ」
「ヤダッ! みんなで逃げるの!」
「バカ言ってるんじゃねー。ケガ人二人連れて逃げ切れるか」
「それでも逃げるの!」
カナエは無理矢理俺を立たせようとする。傷口からドクドクと血が流れ出てるからせっかくの衣装が血塗れだ。
だが、それでもカナエは俺を連れて逃げようとする。だけど現実は厳しい。
「GyAaaaaaa!!!」
グリードの悲鳴が響く。振り返るとそこにはグリードの姿はなく、モンスターが不満げな表情を浮かべ立っていた。
その口からエレキギターの一部だっただろう何かが吐き出される。
どうやら本当にヤバいようだ。
モンスターは俺達を見た瞬間、咆哮を上げた。それはグリードがかき鳴らす騒音にも負けないうるささだった。
「カナエ!」
「絶対にヤダ!」
「ワガママ言ってんじゃ――」
「明志君を見捨てるなんて絶対にしないから!」
ああくそ、俺を置いて逃げる気ないのかよ。
仕方ない。できれば使いたくなかったけどやるしかない。
また仲原さんに怒られるが、緊急事態だ。
「Aaaaaaaaa!!!」
モンスターが迫ってくる。それはカナエでも逃げ切れないスピードでだ。
本来なら俺達の人生はここで終わり。だけどそんな結末は癪に障る。
だから俺は、切り札を使って足掻くことにした。
「お前、ツイてないよ」
俺は探索者コインをもう一度握る。力いっぱいに握り締め、迫るモンスターを睨みつけた。
その動きは、一気に遅くなる。いや、俺の体感が変化したんだ。
だけど、これならどうにかなる。
「GYNッ」
俺はカナエを後ろへ突き飛ばし、迫ってきたモンスターの溝内に拳を突き出した。
カウンター気味に入ったためか、モンスターの動きが止まる。そのまま後ろへ殴り飛ばすと、それは少し滑った後にゆっくりと起き上がった。
見た限りたいしたダメージじゃない。もしかすると思っているよりもダメージは受けてないかもな。
「明志君?」
カナエは何が起きたかわかっていないのか呆然とした顔で俺を見つめていた。
おそらくまだそのレベルに達していないんだろう。なら後で説明したほうがいいな。
そう考えつつ、俺は握り締めている探索者コインを見る。その輝きは星のようであり、強烈だ。だけど少しずつ探索者コイン自体が黒に染まりつつあった。
あまり時間がない。
だからこそ俺はモンスターに振り向く。
「来いよ。後悔させてやる」
モンスターは俺の挑発に乗り、雄叫びを上げた。
俺は発動させた〈
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