13:困った時はお互い様

 配信のコメント欄にかわいい我が妹の翠が降臨するというトラブルに見舞われながらも俺達は順調に迷宮を進んでいた。先ほど隠し部屋から手に入れたアイテム〈赤い歯車〉を眺めた後、何気なく配信画面に目を移す。

 そこでは翠を弄るリスナー達がいた。だけどそのほとんどが撃退されており、そのたびに翠の下僕へ成り下がっている様子がある。

 たぶんそういう遊びなんだろう、と微笑ましく感じていると前を歩いていたカナエが足を止めた。


「およ? なんだあれ?」


 少し遠くを見つめているカナエの視線に俺は合わせると次のエリアへ続く通路の前に何かがいた。

 よくよく見てみると何やら人型のロボットのように見える。またモンスターか、と思って様子を見てみるがなんだかおかしい。


『アニキィー! こんな所で寝ちゃダメだヨォー!』


 それは俺達にわかる言葉を叫んでいた。


 言葉を話せるってことは普通のモンスターとは違うな。そもそもたいていのモンスターって変な声で叫んでいるし。

 もしかすると通路前にいるロボットはそこら辺のモンスターとは違うのかもな。


「バリバリに日本語喋ってる。あんなモンスターもいるんだね」

「そういや前にこんな話を聞いたな。迷宮で生きる知的生命体がいるって」

「何それぇ~」

「確か、人間と同じように知能があって言葉が交わせる存在ってことだったかな。そいつらは自身を〈イザナイ〉って名乗ってたらしい」


「へぇ~。じゃあ私達の言葉がわかるんだね!」

「らしい。だけどイザナイは必ずしも友好的じゃないってことも聞いたな。人間と同じで襲ってくる奴もいるみたいだぞ」

「なるほどなるほど。とてもいいことを教えてくれてありがとー明志君!」


 ん? なんだその何かを企んでいそうな素敵な笑顔は。というか、今の話で有意義な情報なんてあったか?


 そんなこんな考えているとカナエは急にカメラを覗き込んだ。そしていつもの調子で「みなみなの者ぉ~」と笑いながらリスナーに呼びかける。

 何かする気だな、と感じつつも様子を見守っているとカナエは思いもしない企画を口にし始めた。


「勘のいいみんなならこれから何をするかわかるよね? そっ、あの〈イザナイ〉に突撃するのだ!」

「は?」

「まあ、迷宮の難易度が難易度だから普段ならやらないんだけど、なんと今回頼もしい助っ人である明志君がいる! つまり、無茶苦茶をやり放題なのだ!」

「いや待て待て! いくら何でも待て! さすがに全部のカバーは――」


「ということでさっそく行くよっ! 突撃迷宮の住人さぁーん!」


 カナエは俺の制止を聞かずに突っ走り始めた。慌ててその後ろを追いかける俺だが、泣きたい気持ちでいっぱいだ。

 確かにカナエは配信に命を懸けている。生活もかかっていそうだからなおさらだろう。


 だけど、いくらなんでも身体を張りすぎじゃね?


「やっほぉー! そこのお兄さん、何か困りごとかい?」


 意外と足が速いカナエを俺は捕まえて止めることができなかった。まあ、普段から走り回っていそうだから鍛えられているのだろう。

 いや、それよりもこの状況は大丈夫か? さっきまでもう一体のイザナイへ必死に呼びかけてた奴が訝しげな目で俺達を見ているんだけど。


『お前らなんだネ? 今ボクは忙しいヨ』

「お、意外と冷静な反応。うーん、そうだね。なんか困ってそうだから声をかけてみたんだ」

『物好きだネ。でもまあいいカ』


 訝しげな目をしたままイザナイは抱きかかえていたもう一体を優しく地面に寝かせる。

 一度カナエを見つめた後、俺に目を移すとそいつは大きなため息を吐いた。


『お前ら、外から来た奴らカ?』

「そうだよ。私はカナエ、こっちは明志君!」

『こんな時に来るなんて命知らずだネ。まあ、そんなことはいいカ』

「それよりどうしたの? なんかとってもとーっても困ってるように見えたけど」


『そうネ。ボクのアニキがモンスターにやられて大切な〈マギア〉を奪われたのネ』

「マギア? 何それ?」


『マギアはモンスターでいうとコアみたいなものヨ。ボク達〈グレン〉の命そのものであってこれがないと活動できない存在ネ。スキルを使おうにもマギアがなきゃ使えないのヨ』


「ふぅ~ん。その大切なものがなくなっちゃったんだ」

『そういうことヨ。早く見つけないと悪用されるかもしれないネ。だからお前と遊んでいる暇はないヨ』


 シッシッ、とイザナイはカナエを追い払おうとする。だが、撮れ高不足ということもありカナエは引き下がる気配はない。


 まあ、このグレンって奴が言ったことはわかった。要はこの寝かせている存在を助ければいいってことだ。

 だけどこいつのマギアか。どういう形をしてるかわからないし、遠くに逃げられたのなら厳しいと思う。例えマギアが無事だったとしてもこいつが助かるかどうかはわからない。


 そうだな、さっき手に入れた赤い歯車がそのマギアってものならいいんだけど。まあさすがにそんなことある訳が――


『おいお前』

「なんだ? 他に何か困ってるのか?」

『お前が腰に巻いてるポーチから覚えのある力を感じるネ。ちょっと見せてくれないカ?』

「いいけど。まさかこれがマギアとか言わないよな?」

『こ、これだヨ! なんでお前が持ってるネ!』


 マジか。さっきたまたま手に入れた歯車がマギアなのかよ。


『どこで見つけたネッ?』

「隠し部屋があって、その部屋の宝箱からかな」

『く、〈アツメナー〉が拾ってたのカ。どうりで見つからないと思ったネ』


 詳しく聞くと、どうやら横にされてるイザナイはモンスターにやられマギアを奪われたそうだ。そいつはここでは珍しい肉体を持つモンスターで、腹を満たすためにエサを探していたとのこと。


 だが、グレンは肉体ではなく全身が金属でできている。生身であるモンスターはマギアを奪い取ったものの食べられないこと気づき捨てた。

 その捨てられたマギアは様々なアイテムを集め宝箱へ入れていく〈アツメナー〉というモンスターが拾った。結果的に宝箱へ入れられ、そのせいで見つけられなかったようだ。


『頼むネ! それを譲ってくれないカ? こいつはボクのアニキなのヨ! 今ここでアニキとお別れしたくないネ! だからそれをくれヨ!』


 イザナイが必死の形相をして迫ってくる。

 まあ、この歯車をどうすれば使えるかわからなかったし、別にいっかな。

 それにこういう奴を見捨てたくない。


 俺は両膝をついて頭を下げてくるグレンを見て、そう決断した。そのままグレンにマギアを手渡し、こんな一言を添える。


「困った時はお互い様だ」


 グレンは深々と頭を下げ、忙しいで受け取ったマギアをアニキに施し始める。その手さばきはなかなかに美しく、なんかパワフルだ。

 全体的に錆びてるフレームのフタをバリッと音を立てて開く。収まっている中身を確認し、迷うことなくど真ん中にマギアをはめ込む。


『ビビッ、ビガーッアァァァァァ!』


 マギアをはめ込んだ瞬間、アニキが大声を上げて飛び起きた。それはそれはパワフルなもので、身体の隙間から勢いよくピーッと煙を吐き出していた。


『よく寝たゾ! すごく寝たゾ! 日頃の寝不足が解消したゾ!』

『アニキ! よかったヨー!』

『二号か。ちょうどいい、現在時刻を教えロ!』

『今は十五時を迎えるところネ! でもアニキはまだ万全じゃないヨ。だから今日はボクが――』


『いつまでも休んでいられんワ! ワガハイは持ち場に戻るヨ! じゃあナッ』


 慌ただしい様子でアニキが走っていった。その後ろ姿を見送った俺達は、二号に顔を向ける。

 その顔はどこか呆れており、だけど復活したからか安心したようにも見えた。


『ホント相変わらずネ。だけど復活してよかったヨ』

「そうだね! これにて一件落着っ」


 何もしていないカナエが幕を下ろし始めた。まあ、なんやかんやで無事に終わったから文句言わないでおこう。


『ホント助かったネ。お前らのおかげヨ』

「たまたま持ってただけだよ。それより、そこを通してくれないか? 俺達、この奥に用があるんだ」

『本来だと止めるところなんだけどネ。まあ、助けてくれた恩があるから通してやるヨ』

「ありがとよ。ところでさっきから言ってる〈こんな時〉ってどういうことだ?」


『詳しくはわからないネ。ただこの前起きた〈星崩れ〉の影響がまだ続いているらしいのヨ』

「なんだそりゃ!」


 星崩れの影響が残ってるって。それってつまりこの迷宮がいつもより難易度がヤバいってことじゃねーか。

 だから妙に強いモンスターとかいたのかよ。


『普段よりモンスターは強くなって暴れるし、もう大変ネ。だから奥を進むなら気をつけろヨ』

「ああ、わかった」

『そうだネ、アニキを助けてくれたお礼としてボク達のスキルで転移させてやるヨ。あ、だけどお前らを他のグレンが認知しないと転移できなかったネ。今のところボクとアニキがお前らを認知したからそっちは飛ばせるヨ』

「ありがとよ。必要になったら使わせてもらうさ」


 こうして俺達はイザナイである〈グレン〉の支援を受けられるようになった。

 まだ移動には制限があるけど、いざという時には使わせてもらおう。


「これにて一件落着っ!」


 カナエはリクエストがあったのか、さっきと同じポーズをカメラの前で取っていた。


 こうして見ていると配信者も大変なもんだな。

 ま、今はそんなこと気にしなくていいか。どのみち迷宮攻略が目的なんだからどんどん進もう。


 そう考えて俺はカナエと一緒にエリアを移動する。するとそこには思いもしない出来事が待っていたのだった。

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