第20話 アガサ・クリスティ「ナイルに死す」(4)

☆あらすじ10 サブ事件の解決(ペニントン編)


ペニントンの尋問にとりかかる前に、ファンソープに話を聞いた。

ファンソープのような、デリカシーの塊で内気な人間が、なぜリネットに突然話しかけたのか、ということだ。

ペニントンの書類に対して、リネットが一文一文読むことを、唐突に称賛したことを言っているのだ。

ファンソープはリネットのイギリスでの財務顧問で、ペニントンの不正行為が疑われるため、乗船したという。


ペニントンがやってきた。

「あなたはリネットの結婚の知らせに愕然とし、一番早い船でカイロにやってきて、急いで合流した。

あなたはカーマニック号で来たと言いますが、それは嘘です。ノルマンディー号で来たのです。

汽船の会社に問い合わせれば、簡単に分かる事です」

ペニントンは確かにノルマンディー号で来たと言った後で、

「ファンソープが不正行為を行なっているんじゃないかと心配して、やってきた」と苦しいうそをついた。

「あなたは時間稼ぎのために、リネットに書類のサインをさせようとしたが、リネットが熟読するのを見て、それを引っ込めた。そして次に、神殿で大岩を彼女に向けて落としたが、あと一歩のところで標的を潰し損ねた。更に、オッタ―ボーン夫人を殺したリボルバーはあなたのものです」

「得をするのはサイモンだ。私じゃない!」

「サイモンが、銃で足を撃たれて動けなかったことも知らないのかね?」とレイス大佐。

「リネットさんは、財務的なことにすぐ気づく方でした。すぐに不審な事に気づいたでしょう。ところがリネットさんが亡くなり、サイモンさんが遺産を継げば、彼を騙すのは簡単なことでしょう。

人が三人死んでいるのです。当然リネットさんの財務状況もきちんと調査されるでしょう。

これ以上、嘘をついても無駄です」とポワロ。

ペニントンは、言い訳をしながら出て行った。



☆あらすじ11 サブ事件解決(ティム・アラートン編)


「犯人はペニントンではありません。殺害未遂はあの男です。しかし、実際にリネットを殺したのはあの男ではありません。あの男には度胸がありません。今回の殺人事件には大胆さが必要でしたが、あの男にはそれがありません」とポワロが言った。


次はティム・アラートンへの尋問だ。

「『社交界盗難事件』。本物の宝石と、模造品をすり替える重要容疑者が、ジョアナ・サウスウッドです。しかし、彼女の単独犯ではなく、誰かとの共犯だという事がわかりました。模造品のすり替えをする人間が必要だったのです。

あなたはジョアナと親しかった。そして、私があなたのお母さまと同席するのを、強硬に拒絶しました。

ネックレスは行方不明になり、模造品のネックレスが返ってきました。あなたがすり替えようと用意した模造品のネックレスが、です」


ティムは簡単に諦めてしまった。

「リネットの部屋から、あなたが出ていくのを見た人がいるんです」とポワロが言うと、

「待ってください、僕は殺していない。よりによって、あの事件があった夜にリネットの部屋に忍び込んでしまい、ずっとやきもきしていたんです」とティム。


「ネックレスを盗んだとき、リネットさんは生きていましたか? 死んでいましたか?」と聞くポワロに、「わからないんです」とティム。

彼女がベッドの脇にネックレスを置いていることだけは知っているので、リネットが眠っていると勝手に思い、素早くネックレスを盗んで逃げたという。

ティムを見た人間は、ロザリーだと、ポワロは告げた。


ロザリーは、『誰も見ませんでした』と答えた。ロザリーは、『殺人者を見てしまった』と考えたのかもしれない。しかし、それを探偵に告げる理由があるとは考えなかったのかもしれない、とポワロは言った。


ティムは「あの人は大した女性ですね。あの母親のせいで、不幸な人生だったのに」と言った。

そして、自身の窃盗を認めた。

「母があなたと親しくなろうとするせいで、困ったんですよ。これから犯罪を犯そうとするときに、名探偵とおしゃべりするほど肝が据わっていないんでね」とティム。

ポワロはロザリーを呼んだ。

ロザリーは真っ赤に泣きはらした目で、しおらしくやってきた。

「あなたは誰も見なかった、と答えましたが、あなたの協力なしに自白を得られました。

ここにいるティムが、リネットの部屋から出てきたことを自白しました」とポワロ。

ロザリーはティムの顔をじっと見つめた。ティムは慌てて

「僕は、殺してない。真珠を盗んだんだ」と言った。

「それが、ティムさんの証言です」と、ポワロが言い出した。


「私はあなたがネックレスをいつ手に入れたかを知りません。仮にリネットが気づいていたとしたら。リネットがネックレスをすり替えたのがあなただと脅したとしたら?

あなたはピストルを盗んでリネットの部屋に行った……

そして翌日、ルイーズに脅され、恐喝されたので彼女を消した。更に、その現場を今度はオッタ―ボーン夫人に見られ、またしても……。あなたはペニントンのリボルバーを掴み、撃った」

「いいえ!」とロザリーが叫んだ。「この人はやっていません! ポワロさんはわざとそんな事を言っているんです!」

激昂するティムに、「あなたには殺人容疑が十分に成り立つんですよ。一方で、あなたは真珠のネックレスを盗んでいないかもしれない。この船には盗癖がある人が乗っています。その人がネックレスを返してきましたよ」とポワロが言った。

「ありがとうございます! 下さったチャンスは決して無駄にしません!」と言った。

ティムは模造のネックレスを遠く川面に投げた。


ロザリーと共にポワロの部屋を出たティムは打ち明けた。

「退屈。なまけ癖、スリル。そんなところから始まったんだ」

「君はものすごく、素敵だよ! どうして『昨日僕を見た』って言わなかったんだい?」

「あなたが疑われると思ったから。あなたは人を殺すような人じゃない」

「確かに、ぼくは人なんて殺せない。ただの哀れなコソ泥さ」

「そんなこと、言わないで」と、ロザリーはティムの手を握った。

「今回の事、あなたのお母さんには話さない方が良いと思うけど」とロザリーは言うが、ティムは話すつもりだ、という。


二人はアラートン夫人のところに行った。

手を繋いだままの2人を見て、アラートン夫人はロザリーを抱きしめ「こうなってほしいと思ってた」と言った。

「初めからずっと、優しくしてくださって。あなたみたいな方が、私の……」そこで言葉を詰まらせ、ロザリーは泣きだした。


「ティムはロザリーの影響で悪事から足を洗うでしょうし、ロザリーは素敵な母親を得ることができます。本当に、良い事ばかりですよ」とポワロが言った。 


バン・スカイラーの盗癖をミス・バワーズから聞かされ、ショックを受けたコーネリアだったが、ベスナー医師からの説明を受けて、慰められたようだった。

バン・スカイラーのスキャンダルを恐れるコーネリアだったが、ポワロは「殺人以外はここでは問題になりません」と言った。

コーネリアとベスナー医師はお互いのことを、優しいと称えあった。


ベスナー医師は、サイモンからリケッティへの電報の内容を聞いた。

リケッティが受けた野菜の電報は新しい暗号で、「彼がテロリストだ」とレイス大佐は言った。

「リネットを殺したのは、リケッティではありません」とポワロが言った。

「私は真相を知っていますが、物的証拠は何もありません。ただ一つの希望は、殺人者が自白してくれることです」


☆あらすじ12(メイン事件解決)

「この犯罪は、前もって計画されたものです。私は事件の日、睡眠薬で眠らされました。しかし日中の暑さで疲れきっていたので、眠くなったのは不自然ではなかったからです。もし突発的な犯行だったとすれば、睡眠薬が使われるわけもないし、ピストルが捨てられるわけはなかったのです」


リネットの頭には焦げ跡がついていた。

ピストルは二発撃たれたのに、肩掛け越しに撃たれた跡がある。しかしサイモンが撃たれた時も、リネットが撃たれた時も肩掛けはかけられていなかった。

また、ルイーズが、『何も見ていません。もしも、眠れずに上のデッキに上がっていたら、殺人者を見たかもしれませんけど』と、ポワロたちに話したこと。

「あれは当然、殺人者への脅迫をほのめかしていました。その時、サイモンとベスナー医師しかいませんでした。ルイーズがベスナー医師を脅迫するなら、いつだって直接伝えることができました。

しかし、サイモンは違いました。けがを負って、ずっと誰かが付き添っていたからです。だからサイモンを脅迫するためには、あぁいう形で仄めかすしかありませんでした。

そして、ルイーズはサイモンから『僕が君の事を守ってあげるから』という言葉を引き出しました」


「サイモン・ドイルが1人でいた時間が5分間だけありました。ジャクリーンが発砲し、サイモンが椅子に倒れこみました。足に押し当てられた、ハンカチが赤く染まっていくのを見ました。

サイモンは「ジャクリーンを1人にしないでくれ」とコーネリアさんに頼み、ファンソープさんにベスナー医師を呼んでくれと頼みました。こうして、サイモンは1人になりました。

彼は長椅子の下からピストルを飛び出し、リネットの頭を打ち、赤インクをリネットの香水瓶に入れ、

肩掛けを押し当てながら、今度は本当に自分の足をピストルで撃ち、そのピストルをハンカチにくるんで河に捨てました。

ジャクリーンがピストルを椅子の下に蹴りこんだのも偶然ではありません。殺人者の半分がサイモン、もう1人の殺人者がジャクリーンです。

ジャクリーンの頭脳と、サイモンの身体能力が協力し合ったのです。サイモンとジャクリーンは今でも恋人同士なのです。

サイモンはリネットと結婚して、遺産を相続し、ジャクリーンと結婚をする。そういう計画なのです。

サイモンのようなイギリス人の男は、人前で愛情表現をするのは照れくさがるものですが、彼は愛妻家の演技をやりすぎました。

ジャクリーンが大声で嘆き喚いたのは、銃声を他の人間に聞かれないためです。


ところが、計画が揺らぎだしました。ルイーズがサイモンを目撃したのです。

ルイーズは口止め料を要求し、命を落としてしまったのです。

サイモンはジャクリーンに会いたがりました。二人だけになると、ルイーズの事をジャクリーンに話し、ジャクリーンはルイーズを殺しました。

しかし、今度はジャクリーンがルイーズの部屋に入るところをオッタ―ボーン夫人が見ました。

そこでサイモンはオッタ―ボーン夫人に大声で話しかけました。ジャクリーンに危険を教えようとしたのです。ジャクリーンがオッタ―ボーン夫人を射殺しました」


そうして、ポワロはサイモンに話に出かけた。


☆あらすじ13(エンディング)

その夜、ポワロはジャクリーンの部屋を訪ねた。

ジャクリーンが口を開いた。

「もう終わったのね。私たちはあなたに敵わなかった。だけど、あなたには証拠はなかったはず。

私たちがシラをきりとおせば、陪審員が納得したとは思えないわ。

でも仕方ないわね。サイモンが自白しちゃったんだから」


「私はもう安全な人間じゃない。人を殺すのって、怖いくらい簡単ね。どうってことないって感じになる」と言い、小さく微笑むと

「あなたは『邪悪なものに心を開いてはいけない』と言ってくれた。あなたはいつも私に同情的だった。私はあの時、思いとどまる事もできた。思いとどまろうと思った。

でも、私とサイモンは愛し合っていた」

「あなたは愛だけで足りていたけれども、彼には愛だけでは足りなかったのですね」

「彼は、お金が欲しかったのよ。あれも欲しい、これも欲しい、聞き分けのない子供なの。

私たちはいつ結婚できるかわからなかった。彼は勤め先があったんだけど、横領をしてすぐ見つかっちゃったの。私たちは食い詰めてしまった。その時、私はリネットの事を思い出して、サイモンを雇ってほしいと頼んだ。私はリネットが大好きだった。

あなたがレストランで私たちの話を聞いたのはちょうどその頃ね」


「リネットは、全力でサイモンにアプローチした。それは真実なの。私のサイモンを取り上げようとした。サイモンはリネットの事なんて興味がなかった。サイモンは、偉そうな女は大嫌いなのよ。

『そんなにお金が欲しいなら、私を捨てて、リネットと結婚したら?』と薦めてみたけど、彼は私を選んでくれた。

そのうち、サイモンは『運がよければ、彼女と結婚して、彼女が1年ほどで亡くなって遺産が僕のところに来るかもしれない』と何度も言うようになった。そして、彼はヒ素の事について調べ始めた。

私は怖くなった。だって、サイモンがうまくやれるわけなんてないんだから。あの人に任せたら、すぐ逮捕されるに決まってる。だから、私が加わって手を貸してあげないといけなかったの」


彼女自身はリネットの遺産がほしいとは思っていなかった。

ただ、サイモンに捕まってほしくなかったのだ。そこで、ジャクリーンが計画を立てた。

なのにサイモンは勝手に、壁に血文字で『J』と書いたりした。いかにも彼のやりそうな子供っぽいことだった。


「その後、ルイーズに見られ、ルイーズを殺す羽目になってしまった。

サイモンは足を怪我していたから、私が殺すしかなかった。

オッタ―ボーン夫人が私を見たと、大はしゃぎでサイモンの部屋に行った。

それも、私が殺すしかなかった」


「覚えてる? 私が自分の星を追うと言ったとき、あなたは『間違った星を追わないように』と言ってくれた。私は『アノホシワルイヨ、アノホシオチルヨ!』と言ったのよね」



「愛は全てを正当化する、それは本当ではありません。

サイモンを愛するように、恋人を愛する人間は、とても危険です」とポワロはレイス大佐に言った。


コーネリアはバン・スカイラーに言った。

「私、家には帰りません。結婚します!」

ファーガソンが驚いてやってきた。

「ベスナー先生と結婚するんです。ゆうべ、プロポーズされました。私、あの方が好きです。あの方は親切で、とても優しいし、私は医療の仕事に興味があるんです」

「僕より、あんないばり屋のじいさんがいいのかねぇ」とファーガソンはぼやいた。


サイモンの担架にジャクリーンが近づいた。

「しくじっちゃった。頭が働かなくて、全部認めちゃったよ。ごめん、ジャッキー」

「いいのよ、サイモン。私たちは愚かなゲームをして負けた。それだけのことよ」

ジャクリーンはストッキングに隠していた銃をいきなり取り出した。

ジャクリーンはピストルでサイモンを撃ち殺し、ポワロに向かって微笑むと、自らの心臓を撃ち抜いた。


「あなたは、(ピストルを)ご存じでしたの?」アラートン夫人が言うと、ポワロはうなずいた。

「恋って、とても怖いものなのね」とアラートン夫人が言うと、

「だから、有名な恋物語はほとんど悲劇なのです」とポワロが答えた。

けれど、アラートン夫人はティムとロザリーを見て、

「でも、幸福で終わる恋もあるわよね」と言うと、ポワロは微笑んだ。


(完)


☆感想


再読解析していると、以前は気づかなかった粗が見えてしまうこともあって。

たとえば同じクリスティでも「オリエント急行」に関しては、『こんなに退屈な尋問シーンが長かったっけ?』と感じたり。

今後載せるフィリップ・K・ディックの作品にもそういう作品があって、

「楽しかった作品を、解析する」のは少しためらう気持ちがあります。

美しい思い出は、そのままにしておきたいというか。

むしろ、それほど楽しめなかった作品を解析している方が、気持ちは楽です。

ですが、本作「ナイルに死す」は解析してなお、初読の感動が全く色あせない名作だなと感じました。

それに触発されてポエムまで作ってしまったほどです(ポエムは既にカクヨムに載せています)。

クリスティについては、気が向いたらまとめ記事を書こうと思っていますが、30作ほど読んだクリスティ作品の中で、本作はベスト5に入る作品です。


☆ドラマ版の感想

ヘタレなサイモンと愛と情熱のジャクリーンがイメージぴったり。

ファーガソンもいい感じだけど、コーネリアはもう少し大人しいイメージだったかな。

どちらにしろ、スーシェ版ドラマは最高に面白いので、

本を楽しんだ方も、本は読まない方にも是非見てほしい素晴らしい作品でした。

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