第18話 アガサ・クリスティ「ナイルに死す」(2)
(まだ事件が起きていないのに、このボリューム……)
☆
翌日。
「リネットは元気を取り戻しました。問題と正面から向き合おうと覚悟を決めたんです。付きまとわれたって全然平気だって所を見せてやろうとなったんです」とサイモン。
リネットの幸せそうな顔を見て、アラートン夫人は『逆に不吉に感じるくらい、幸せそうね。こんな幸福は、とても現実とは思えない、というみたい』と言った。
ベスナーは「コーネリアは実にいい子だ。人の話を熱心に聞いて、よく理解する。あの子にものを教えるのはとても楽しいよ」と言った。
リネットとサイモンは腕を組んで観光していた。
サイモンはジャクリーンに出会っても動揺する必要はない。ジャクリーンを信じればいいのだ。(伏線?)
と、その時、リネットの頭上に大きな岩が落ちてきた!
サイモンは間一髪、リネットを抱き寄せ九死に一生を得た。
崖の上には誰も見えなかった。
「くそっ、あいつ……」とサイモンは言いかけた。
リネットは「……多分、誰かが落としたんだと思う」と言った。
その時、船からジャクリーンが下りようとしていた。
「それじゃあ、本当に事故だったのか? 僕はてっきり……」サイモンからは怒りの表情が消え、ほっとした表情になった。
ポワロはアラートン夫人が昨日『逆に不吉に感じるくらい、幸せそうね』とリネットを評したことを思い出した。
アラートン夫人は、ポワロと話すと本当に楽しかった。
一方、息子の方はポワロに敵意をむき出しにしていた。
アラートン夫人はジョアナに対して感じている不満を、ポワロに打ち明けていた。
同時刻、ティム・アラートンはロザリーと話をしていた。
自分は健康に優れないし、お金もあまりない。職業にもつけないし、生ぬるい無気力な人生なんだとティムが言うと、
「あなたにはたくさんの人が羨みそうなものを持っているわ。それは、お母さん」
とロザリーが言い、ティムはとても喜んだ。
ロザリーはアラートン夫人がとても気に入っているようで、母を褒められたティムはロザリーに好意を持った。
しかし、ロザリーの母オッタ―ボーン夫人の事を、ティムはどうしても褒められなくて気まずい気持ちになった。
バン・スカイラーもコーデリアに対しての愚痴をミス・バワーズに訴えていたが、ミス・バワーズはもう慣れているので適当にあしらっていた。
コーデリアはベスナー医師と一緒に観光していた。
バン・スカイラーはベスナー医師が大病院を持っていると知ってからは、医師に対して少し寛大な態度を取っていた。
電報が届き、リネットは読んだ。
「ジャガイモ、アーティチョーク、ニラネギ……?」と首をかしげるリネットに、
「その電報は私のだ!」とリケッティが乱暴に電報を奪った。
よく封筒を見ると確かにリケッティと書いてあった。旧姓リッジウェイだったのでうっかり読み間違えたのだ。
リネットは、「すみません、うっかり」と愛想よく微笑したがリケッティの怒りは収まらなかった。
リネットはこんなふうに、謝罪を拒絶される事に慣れておらず、頬を上気させてそこから立ち去った。
ジャクリーンはポワロに呟く。「あの人たち、もう気にしないんだ。私の事を乗り越えたの。私にはもう届かない。私にはあの人たちを傷つけることができない。
ポワロさん、もう遅いわ。私は来るべきじゃなかった。私はもう引き返せない。あの人たちが二人で幸せになることは許さない。それを許すくらいなら、いっそ彼を殺した方がましよ」
ポワロは、旧知のレイス大佐と出会った。
レイス大佐はこのエジプト観光に参加している、一人のテロリストを探しているようだった。
「なぜ君はあんな小太りのじいさんと話してるのが好きなんだ? それになぜあんなばーさんにこき使われているんだ?」とファーガソンはコーネリアに話していた。
「君には気概というものがないのか? あのばーさんは、俺を嫌いなんだ。階級が違うからってね。誰もが自由で平等なはずなのに」
「そんな事ないと思います」とコーネリアは言った。
「それに私はぱっとしない人間で、悔しいと思ったけど気にしないことにしています。リネットさんのように美しく生まれたかったけど、そうは生まれなかったのだから。
ファーガソンさん、そんなになんにでも怒らない方が良いと思います」
「君はこの船の乗客の中で一番いい人だよ。そのことを覚えておきたまえ」ファーガソンはそういうと、立ち去って行った。
コーネリアが戻ってくると、バン・スカイラー夫人は、肩掛けがなくなったと怒っていた。
その夜、ポワロはひどい睡魔に襲われ、寝室に向かった。
☆あらすじ4(事件の夜)
展望室にはブリッジをしている4人(サイモン・リネット・ペニントン・レイス大佐)と、
刺繍をしているコーネリア、読書中のファンソープがいた。
そこにジャクリーンが入って来た。
「素敵な夜ね。新婚旅行にピッタリな」とジャクリーンが言った。
そうしてリネットをちらっと見た。
「犯罪に乾杯」とジンを注文し、お替りも注文する。サイモンは集中力を乱されているようだ。
「彼は彼女の恋人だったけど、彼女にひどい仕打ちをした」とジャクリーンは歌う。
リネットとレイス大佐、ペニントンは部屋を出て行ったが、サイモンは部屋に残った。
コーネリアも立ち去ろうとしたが、ジャクリーンに引き留められた。
「彼は彼女の恋人だったけど、彼女にひどい仕打ちをした」と再び大声でジャクリーンが歌う。
コーネリアは空気の悪さにたまらなくなり、何度も帰ろうとしたが、ジャクリーンはコーネリアの生活についてしきりに聞きたがった。
コーネリアは基本的にずっと家にいて世間が狭く、特に話す内容がなかった。
ジャクリーンはどう見ても酔っぱらっていた。
ジャクリーンはコーネリアに話しかけているのだが、実際にはサイモンに話しかけているのだった。
同じ部屋で読書していたファンソープ氏は、ぎこちなく部屋を出て行き、部屋にはジャクリーン、サイモン、コーネリアの3人だけになった。
ジャクリーンが急にサイモンに声をかけた。「もう一杯飲みたいの!」
「君はもう十分飲んだよ、ジャッキー」
「そんなことあなたには関係ないでしょう?」
「確かにないね」
「どうしたのサイモン、怖いの?」
コーネリアは三度、帰ろうとしたがジャクリーンにまたも引き留められてしまった。
「あそこにいるサイモンが何を怖がっているかわかる? 私の身の上話を、あなたにし始めるんじゃないかと思っているのよ。サイモンと私は以前、婚約していたの。あなたは随分私をひどい目にあわせたのよね」
「もう寝ろよジャッキー、君はとても酔ってる」
「気まずいのなら、あなたが部屋を出て行けばいいのよ」
「ジャッキー、恥ずかしいと思わないのか! もう寝るんだ!」
「修羅場が怖いんでしょ。私にも節度を守ってほしいんでしょうね。でも私は節度なんてどうでもいいの。とっとと出て行った方がいいわ。私は思いっきり喋るから!」
「ほんと、バカな男。私をひどい目に遭わせておいて、ただで済むと思ってるの?」
サイモンは彼女を刺激しないよう、無言で凌ごうとした。
「私、言ったよね。他の女とくっついたら殺すって。本気じゃないと思った? あなたは私の男なのよ。私のものなのよ。殺すって言ったのは本気なのよ。犬のように撃ち殺してやる」
サイモンが立ち上がった瞬間、ジャクリーンはピストルを取り出し、彼を撃った。
コーネリアは悲鳴をあげ、部屋から飛び出した。ファンソープにすがりつく。
ジャクリーンはサイモンの膝がしらに広がっていく真紅を呆然と見つめながら、「私、本気じゃなかった」と言った。ピストルを落とし、それを蹴飛ばすとピストルは長椅子の下に落ちた。
サイモンはファンソープに、「誰も来させないでくれ、スキャンダルは困るんだ!」と言った。
「もう死んじゃいたい。私もう自殺する。なんてことをしちゃったの」とジャクリーンが呆然と呟く。
「彼女をここから連れ出してくれ、あとおたくの看護師さん(ミス・バワーズ)をジャクリーンにつけていてくれ。ジャクリーンを一人にしないでくれ! それと、妻には何も知らせないでくれ!」
「私、川で死ぬ!生きてる資格なんてない! サイモン!サイモン!」ともがくジャクリーンを、ファンソープが抑えつけた。
続いてファンソープはベスナー医師を呼びに行った。
医師の診断によるとサイモンの足は骨が折れているようだった。
ベスナー医師の助手としてコーネリアもサイモンの看護にあたった。
「妻には朝まで知らせないでください。それと、ジャクリーンを責めないでください」とサイモンは頼んだ。
「ジャクリーンが自殺しないよう、誰かついていてあげてください」というと、
「大丈夫ですよ、ミス・バワーズが一晩中ついていますから」とコーネリアが言った。
ジャクリーンがサイモンを撃ったピストルはどこにもなかった。
☆あらすじ5(翌朝~夜)
朝になった。
ポワロの元にレイス大佐から『リネットの死』が伝えられた。頭を撃ち抜かれていたというのだ。
眠っているリネットに銃を突き付けて、そのまま撃ち殺した。
そして、リネットの壁の上に『J(ジャクリーンのJ)』という血で描かれた文字が残してあった。
「リネットが犯人の名前を壁に書き記そうとした……そんなバカな。犯罪小説ではよく起こりますけども。ここから推測されるのは、我らの殺人者は犯罪小説の読者だという事です」
「私のかわいいピストルをピタッと頭につけて、引き金を引いてやりたい」と言っていたジャクリーンの言葉をポワロは思い出す。
非常に口径の小さな婦人用のピストルで撃たれているのは間違いないようだった。
リネットが殺されたのは午前0時から2時の間だろう。
死体を発見したのはリネットのメイド、ルイーズだった。
まず、一連の事件の目撃者コーネリアとファンソープから事情を聴くことにした。
0時20分頃の出来事だ、とファンソープが言った。
そして、0時25分頃にはピストルはなくなっていたという。
0時半頃に自分の部屋に戻り、1時頃にバシャっと水のはねる音がした、という。
ジャクリーンの看護をした、看護師のミス・バワーズが呼ばれた。
バン・スカイラーは特に病弱というわけではない、ただ誰かに世話をされるのが好きというだけです、という。
ジャクリーンはずっと自分を責め、興奮していたのでモルヒネの注射をして、ずっと付き添っていたという。
ジャクリーンはリネットを殺していない。
また、この事件の前にリネットが岩を落とされて殺されかけた時も、ジャクリーンの仕業ではなかった。
「私はやってない……みんな私がやったと思うだろうけど、やってない……私はゆうべ、サイモンを殺しかけた。頭がどうかしてた。でも、もう一つの方は……」というとジャクリーンは泣き始めた。
ポワロは、「リネット殺しの犯人はあなたじゃありません」と彼女を慰めた。
「リネットを殺したがっている人間なんて、思い当たらない……私以外には」とジャクリーン。
「私、彼女が死ねばいいと思った。そうしたら、死んだ。しかも、私が言ったとおりの死に方だった……やっぱりあの夜、誰かに聞かれていたのよ!」とリネットはむせび泣いた。
ベスナー医師の診断では、サイモンの足は酷い状態だが死ぬことはないだろうと言うことだった。
サイモンは、リネットの死に衝撃を受けていた。
「ジャクリーンは犯人じゃない。ゆうべは酔っぱらって、僕にあぁいうことをしたけど、妻を殺したのはジャクリーンじゃないんです」と言う。
リネットに敵はいなかったか?と聞かれて、サイモンは
「リネットに振られたウィンドルシャム卿、リネットに住居立ち退きを命じられたサー・ジョージ……みんな遠いところにいるので違いますよね」と言う。
ポワロはリネットが『敵に囲まれている』と言っていた事を思い出す。それは敵が1人(ジャクリーン)という事を意味しない。
リネットの父親は投資顧問をやっており、何人かの顧客に大損をさせた。
「誰かも知らない相手から、私の一族が憎まれている。それが怖い」と彼女は言っていたという。
この船には、そうしたリネット一族を恨む人間がいたのかもしれない。
リネットは真珠のネックレスを持っていた。その真珠を狙った人間もいたかもしれない。
次に呼ばれたのはリネットのメイド、ルイーズだ。
「どうして私に何かを観るか、聞くかをできるんですか? 私は近くにいなかったんです。
私は下のデッキにいたんです。何も聞こえるはずがないんです。
もちろん眠れずに上のデッキにいたら、マダムを殺した犯人を見ることができたかもしれませんけど」
そしてサイモンを見ると、
「私、こんな事になっているんです。どう答えればいいんですか!?」と言う。
サイモンは「誰も君が何をしたと言っているんじゃない。僕が君を守ってあげるから」と言った。
「この船には、マダムを嫌っている人がいます。その人はマダムに傷つけられて、怒ってるんです。
この船の機関士フリートウッドは、前のメイドと結婚しようとしていました。
でも、フリートウッドは結婚をしていたので、そのことをマダム・ドイルは前のメイドに教えたんです」。
『あの女のお節介のせいで、人生をめちゃめちゃにされた』とフリートウッドは怒っていたという。
ベッド脇のテーブルに、リネットは真珠を置いていた。
しかし、ポワロは見ていた。今朝、リネットのベッド脇のテーブルには真珠のネックレスはなかった。
もちろん、リネットの持ち物の中にも入っていなかった。
ポワロとレイス大佐は話し合っていた。何かが水に落ちる音をレイス大佐も聞いたという。
凶器のピストルは、ジャクリーンに罪を着せるために彼女の部屋に置かれたのでは?というポワロ。
ピストルを始末するために、川に投げ込んだのかもというレイス。
真珠を盗まれた事に気づいたリネットが抵抗して、それで殺したのでは?と一瞬ポワロは思ったが、
彼女は熟睡している間に撃たれたのだった。
ペニントンも怪しい。リネットの結婚が決まり、慌ててペニントンがやってきた。
書類にサインしてくれ、と分厚い書類を渡すと、リネットはきちんと全部読んでからサインをしようとした。
するとペニントンは書類を引っ込めてしまった。
『文章なんて読まずに、言われたところにただサインをするだけ』のサイモンの方が扱いやすいと、ペニントンは考えたのかもしれない。
次はフリートウッドの尋問だ。
「俺は確かに結婚しているが、もう6年も会っていない。
俺はマリーを愛していた。それがリネットと何の関係があるっていうんだ。
偉そうに真珠だのなんだので着飾りやがって、俺の人生を台無しにした事を何とも思っちゃいない!
誰も頼んでいない余計なおせっかいを焼きやがって! だが、俺は殺してはいない」。
アラートン夫人は
「犯人があの気の毒な娘さん(ジャクリーン)じゃなくて本当に良かったと思います。
コーネリアさんはこの事件にすっかり興奮していますが、とてもいい方なので、自分が興奮している事を恥じていますよ」と言った。
「水が跳ねて、誰かが走る音が聞こえた気がします。人が川に飛び込んだのかと思いました」
ティム・アラートンも水の跳ねる音を聞いていた。
コルクが飛ぶような音も聞いた気がするという。
バン・スカイラーも水に何かがボチャンと落ちる音を聞いていた。1時10分だった。
ロザリー・オッタ―ボーンが川に何かを捨てたのを見たという。
そして、川からハンカチに包まれたピストルが見つかった。
バン・スカイラーの盗まれた肩掛けは、ピストルの発射音を消すために使われていた。
ポワロは推理が行き詰まり、苛立ちを露わにした。
わざわざ『J』の文字まで書き、ジャクリーンを犯人に仕立て上げようとした真犯人が、なぜピストルを川に投げ捨てて証拠隠滅を図ろうとしたのか。
ジャクリーンに罪を着せるために、ジャクリーンの荷物に入れるなりなんなりするはずではないのだろうか。
次はロザリーの尋問だ。
「川に何かを捨てませんでしたか?」という質問をロザリーは拒否した。
しかし、ポワロが川に捨てられたピストルを見せるとロザリーは狼狽したようだった。
「これを!? 私が、捨てたというんですか!? 私がリネットさんを殺したというんですか?
ミス・バンスカイラーが私を見た? あの嘘つき意地悪ばあさんが?」
と言って去っていった。
「つまらん理由で真実を隠す人間が多い……」とレイス大佐はぼやいた。
リケッティは、バチャン!という大きな水音を耳にしたという。
コルクのような音も水の跳ねる音も聞こえた、とファーガソンは言った。
フリートウッドには動機があるというと、
「そういう汚いことをしようというのか? 弁護士を雇う金すらないようなフリートウッドに濡れ衣を着せようというのか?」とファーガソンは怒った。
リネットが岩に潰されそうになった事件について尋ねると、ペニントンは『神殿の中にいた』と口を滑らせた。
「ペニントンは愚かしい嘘をつきました。大岩が落ちてきたとき、ペニントンは神殿の中にいませんでした。この私が証人です」とポワロは言った。
レイス大佐がメモを取ってくれた。
生前のリネットを最後に見たのはメイドのルイーズで23:30あたり。
凶器はジャクリーンのピストル。
殺人犯は、ジャクリーンがサイモンを撃った時に、聞き耳を立て、ピストルを長椅子から取り出してリネットを撃ったのではないか。
この仮説だと、ベスナー医師・コーネリア・ミス・バワーズには無理となる。
容疑者1:ペニントン。動機はリネットの金を横領していた事。
ただし、ピストルを川に捨てた理由が見つからない。
容疑者2:フリートウッド。動機はリネットへの復讐。
ただし、壁に『J』の血文字を書いた事と、ピストルを川に捨てた理由が矛盾する。
これはすべての容疑者に言える事で、壁に『J』の字を書くのはジャクリーンに罪を着せるためであり、その場合ピストルを川に捨てずにジャクリーンの荷物に戻すなどした方が、効果的だからである。
容疑者3:ロザリー。その時間に川に何かを捨てている。
リネットを嫌い、嫉妬していたことは確かだが、殺すほどの動機と言えるだろうか?
容疑者4:バン・スカイラー。肩掛けがリネット殺害に使用されている。
しかしそれぐらいしかない。
容疑者5:ルイーズ。盗み?
他の可能性は、リネットの真珠を狙った可能性。
あるいは、リネット一族に恨みを持つ者の可能性。
また、船に紛争地帯のテロリストが乗っていたのは確か。だが、リネットを狙う理由があるだろうか?
(メモ終わり)
そもそもハンカチで、銃を包んで消音効果はない。
銃を使ったのは、銃の知識があまりない人間かもしれない。
ハンカチは男物で安物のハンカチだ。
ハンカチは消音ではなく、指紋をつけないために使ったのかもしれない。
サイモンがポワロを呼んだ。ジャクリーンに会いたいという。
「サイモンが会いたがってるの? 私に?」とまごついたが、すぐに行くと言ってついてきた。
当惑するジャクリーンに、「来てくれてありがとう、ジャッキー」とサイモンが言った。
「サイモン……リネットを殺したのは私じゃない! ゆうべは頭がどうかしてた。ねぇ、許してくれる?」
「もちろんだよ、もういいんだ。あのことはもういいんだ、僕が言いたかったのはそれだ。君が気に病んでいるかもしれないと思って」
「私、あなたを殺したかもしれないのよ。もう二度と歩けないかも……」
「大丈夫だよ、あんな豆鉄砲でそんなことになるもんか」とサイモンが言うとジャクリーンはすすり泣き、サイモンにすがりついた。サイモンはジャクリーンの頭を撫でた。
二人の邪魔をしないようにポワロは外に出て行った。
「太陽が輝いていると、月は見えない。けれど、太陽が沈んだら、月が見えるようになる」とポワロは呟く。
オッタ―ボーン夫人がロザリーをなじっていた。
ロザリーの目の周りにくまができている。
「少しお話がしたいのです」と言ってポワロはロザリーを呼び出した。
「あなたは重荷を負うのに慣れすぎてしまっているようです。これ以上続けない方が良いと思います」とポワロが言うと、
「一体なんのこと?」とロザリーは猜疑心に満ちた目で見つめた。
「あなたのお母さんはアルコール中毒ですね」とポワロはずばりと切りこむと、ロザリーは途方に暮れてしまったようだった。
「あなたは、お母さんを嫌うようなことを言っていましたが、お母さんを何かから守ろうとしているのに気づいたのです。お母さんは隠れてこっそり飲む。うまくお酒を手に入れて、隠しておくのです。あなたは昨日、お酒の隠し場所を見つけ、そっと部屋を出て、お酒を川に捨てた……そうではありませんか?」
「そのとおりです……あなた方に話すべきだったんでしょうね! だけど、噂になりたくなかった。それに、殺人の疑いを掛けられるなんて思いませんでした!」と言って、泣き出した。
「私、一生懸命やったんです。母は本が売れなくなって、落ち込んでしまった。それで母はひどく傷ついて、お酒を飲み始めたんです。そうして、大騒ぎをして喧嘩をするようになりました。
私がお酒をやめさせようとすると、母は私を嫌うようになって……。私を憎むようになりました」
「みんな私を嫌な女だと思っているでしょう。とげとげしくて、不愛想で。でも忘れてしまったんです。愛想を良くする方法を」
「私は、そのことを言っているんです。重荷を長く背負いすぎたのです」
とポワロが言うと、ロザリーは絆されたように
「このことを言えて、少しほっとしました。あなたは今までも優しくしてくださいました」
ロザリーが酒瓶を捨てたのは1時10分ぐらいだという。
「デッキにいた時、誰かを見ませんでしたか?」とポワロが尋ねると、ロザリーは長く真剣に考えた後、
「いいえ、誰も見ませんでした」と言った。
☆あらすじ6
夕食の席。
アラートン夫人が、「サイモンが、かわいそうなジャクリーンにあまり腹を立てないといいんですけど」と言うと、
ポワロは「逆なんです」と言った。
「ジャクリーンにずっと付きまとわれていた時は、サイモンは腹を立てていたんです。なのに、足を射たれ、大怪我を負わされた今、サイモンはジャクリーンを許したんです。今まではサイモンは『間抜けに』見えていましたが、今ではジャクリーンが皆から怖がられ、間抜けに見えるようになりました。
だからサイモンは、ジャクリーンを許せるようになったんです」と言う。
その後、ポワロは真珠盗難事件の方に話を向けた。
ジョアナ・サウスウッドと、ティム・アラートンが親戚だという話も出た。
夕食の席で、真珠の盗難事件が発表され、抜き打ちで荷物&身体検査を行う事が告げられた。
ミス・バワーズに、ポワロとレイス大佐は呼ばれた。
ミス・バワーズが、真珠のネックレスをポワロに渡した。
真珠のネックレスを取ったのは、バン・スカイラーだという。
彼女は窃盗癖を持っていた。
ミス・バワーズが雇われている本当の理由は彼女の窃盗癖を監視するためだった。
バン・スカイラーはいつも盗んだものを靴下に隠す癖があり、ミス・バワーズは今朝真珠のネックレスを彼女の靴下から見つけたのだ。
リネットに返そうと思い、彼女の寝室に行くと、既にリネットが殺された後で、返すことができなくなったという。
バン・スカイラーが真珠のネックレスを盗もうと外に出た時に、ロザリーが酒を川に捨てているのを見たのだろう。
ポワロは真珠を詳細に確認した後、「これは模造品です」と言った。
☆
リネットは間違いなく、本物のネックレスを持って旅行していた。
荷物検査をしている間に、ルイーズの姿が見えなくなったという給仕の話が漏れ聞こえてきた。
「例の真珠は昨日の時点では本物だったんです」とサイモンが言った。
「ジャクリーンは絶対に物を盗んだりしません! ジャッキーはまっすぐな人間なんです!」とサイモンは強く言った。
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