第17話 アガサ・クリスティ「ナイルに死す」(1)
☆前おき
本作のメイン殺人事件は、非常にシンプルな事件なのですが、
他のサブ事件(宝石窃盗事件・殺人未遂事件)が絡んでくるため、そこで少しややこしくなります。
基本的に、『メインの殺人事件』に集中して考えれば物語はとてもわかりやすいです。
本作はミステリとしても名作だと思うのですが、とにかく船客たちの交流・生活・人生が楽しいので、その辺についても触れた結果、文字数が凄くなってしまいました。
まず先に、主要登場人物を挙げておきます。
☆主要登場人物
リネット・リッジウェイ……若き金持ちでおまけに美人。実務的な頭脳に優れているが、幸福な人生を過ごしてきたため、少々傲慢で人情の機微に欠ける面がある。
サイモン・ドイル……THE・ヘタレ。最初はジャクリーンと付き合っていたのに、彼女を捨ててリネットと結婚した男。真相はそうではなかったと判明するのだが、真相を知れば更に『こいつ……(呆&怒)』となること間違いなし。
ジャクリーン・ド・ベルフォール……恋に生きる情熱的な女性。情熱的すぎて、サイモンをリネットに取られた後はストーカーとして生きる。非常に頭の切れる女性だが男を選ぶ目は最低。
コーネリア・ロブソン……元々は上流階級の令嬢だったが、父親の代で破産。ウザい親戚(バン・スカイラー)にこき使われながらも、非常に善良な女性。
アンドリュー・ペニントン……リネットの財産管理人。めちゃくちゃ怪しい行動が目立つ人。
ロザリー・オッタ―ボーン……非常に冷たい印象を与える女性。真相を知ると好きになる、印象的なキャラクター。
サロメ・オッタ―ボーン……ロザリーの母。エロ小説を書いていて、ロザリーを嫌っている。
ミセス・アラートン……コーネリアと並んで善良な女性。マザコンの息子から子離れしきれていない。
ティム・アラートン……マザコン男。段々良いところが見えてくるスルメ系男子。
ファーガソン……とにかく悪態をつきまくる社会主義者で、ロマンチスト。コーネリアの善良さに惹かれる。
エルキュール・ポワロ……何気に登場人物のキューピッドをよく務める名探偵。本人に浮いた話はない(苦笑)
他にもたくさんいますが、ひとまず主要ということで絞りました。
☆あらすじ紹介1(序章)
美人の20歳、リネット・リッジウェイは、遺産を相続し大金持ちになった。
ウィンドルシャム卿との婚約が決まっているが、「本当は誰とも結婚したくない」とリネットは言う。
リネットの親友、ジャクリーンから電話がかかってきた。
元々名家の出身だったジャクリーンだが、ウォール街の大暴落で一文無しになってしまったのだ。
リネットの友だちジョアナは、「金の切れ目が縁の切れ目」だというドライな性格で、リネットの本当の友だちとは言えない存在だった。
リネットは以前、召使が重婚男と結婚しそうになった時に、調査を命じて重婚男から救い出した事がある。
ジョアナはリネットの真珠のネックレスを羨み、少しだけつけさせて、と頼み、一度首にかけるとリネットに返した。
ジャクリーンはカッとなると何をするかわからない性格で、犬をいじめていた男をペンナイフで刺したこともあるという。
ジャクリーンがリネットの邸宅を訪ねてきた。
ジャクリーンは、サイモンという男と結婚するらしい。
ただ、サイモンもジャクリーンもお金がないとのこと。
「お互いなしではもう生きていけない。恋にとり憑かれたら、もうどうしょうもなくなるの」とジャクリーン。
「サイモンと私はお互いのために生まれてきたの。ねぇ、管理人が必要じゃない? その仕事をサイモンにあげてほしいの」。
サイモンはとても「かわいい人」だという。
ジョアナはリネットを、「暴君」だと表現した。
「あなたは全てを手に入れることができる。手に入れずにはいられない女なのよ」と評した。
リネットは邸宅の改築のために、付近の住民を立ち退きさせているのだった。
☆
ロンドンの料理店に、ポワロがやってきた。
二人の熱々カップルの会話がポワロの耳に聞こえてくる。
しかし娘の方は彼を愛しすぎていた。それはとても危険なことだとポワロは思った。
「私たちはエジプトに新婚旅行に行きたいの」と娘・ジャクリーンは言った。
「一緒にエジプトを見よう、ジャッキー。きっと素晴らしいよ」とサイモン。
「愛している女と、愛させている男……か」とポワロは呟いた。
ジャクリーンがリネットの元にサイモンを連れてきた。
「これがサイモン。世界一素晴らしい人!」
リネットはサイモンを観察した。彼女はサイモンを一目見るや、陶酔を感じた。
サイモンもまた、リネットを気に入ったようだった。
リネットは心の中で呟いた。
「なんだか、怖いくらい心が弾む。私、ジャクリーンの恋人が、好き」
☆
ティム・アラートンは母のアラートン夫人を見つめた。
この2人は子離れできない母と、マザコンの二人組だが、根は善良そうな2人だった。(特にティムがマザコン)
「ぼくが世界で唯一敬愛している淑女を、お母さんも知っていらっしゃるでしょう?」と言うと、
アラートン夫人は頬を染める。
ティムはジョアナからの手紙を受け取った。二人は親戚なのだった。
リネットはウィンドルシャム卿を振って、サイモンと結婚するつもりらしい。
「何でもやりたいことをやる女なのね」とアラートン夫人は言った。
この二人もまた、エジプト旅行に行く予定なのである。
☆
ミスター・ペニントンはリネットの結婚に驚愕した。
ペニントンはリネットの財産管理人だが、彼女の財産を横領していたので慌ててしまったのだ(これはのちに判明する)。
結婚相手はサイモン・ドイル。
ペニントンはリネットと財産の話をするために、彼女の新婚旅行先エジプトで落ち合う事にした。
☆あらすじ2 エジプト到着
ポワロもまたエジプト旅行に来ていた。
アラートン親子はすぐに彼に気づいた。
美しいが、厳しい表情のロザリー・オッタボーンがアラートン親子の側を通り過ぎた。
ポワロはロザリーと話をしていた。
リネットとサイモンも顔を見せた。
ポワロがリネットを見て「美しい人です」と言うと、
ロザリーは「何でも持っている人っているんですね……」と恨みがましい様子で言った。
どこに行っても中心で、舞台の真ん中に堂々と立っている、リネットはそんな女性だった。
「何とか時間を作ろうよ」というサイモンの声を聞いて、ポワロはおや、と思った。
ロザリーは呟いた。
「一人で何もかも持っているのってどうなんでしょう。お金・スタイル・美貌……それに愛情」
しかしポワロの目には、リネットが目の下に隈を作っているのを見つけていた。
それに、サイモンの声をどこかで聞いたことがある、とポワロは思った。
「私って本当に嫌な人間。私、あの偉そうで自信たっぷりのきれいな顔を踏んづけてやりたい。
初めて見た人をここまで憎んだことは、今までありません!」とロザリーは感情を爆発させた。
ロザリーと別れた後、ポワロはジャクリーンを見つけた。
ポワロは、サイモンの声と、ジャクリーンの顔を結びつけ、以前レストランで会ったカップルだという事に気づいた。
上からリネットとサイモンがやってきた。上機嫌で幸福そうなリネットに、ジャクリーンが声をかけた。
「あなたたちもここに来てたの? しょっちゅう会うじゃない。元気?」とジャクリーンが尋ねると、
リネットは後ずさり、サイモンは怒りを表した。
「びっくりした?」と笑うとジャクリーンは去った。
「サイモン……私たち、どうしたらいいの……?」とリネットが呟いた。
夕食時、リネットのところにアラートン親子がやってきた。
「私、ジョアナ・サウスウッドの親戚のティム・アラートンです」と名乗ると、リネットは頷いた。
アラートン夫人から、ここにポワロが来ている事を話すとリネットは声を少し弾ませた。
オッタ―ボーン夫人が自分を名作家だと語ると、娘のロザリーは眉をひそめた。
次作は『砂漠に降る雪』というロマンス小説を書こうとしているようだ。
今までもその手の作品を書いていて、彼女は「イチジクの木の下で」という本をポワロに贈った。
オッタ―ボーン夫人は娘のロザリーを「性格がキツい。私の健康の事を気遣ってくれない」と愚痴る。
「私は絶対禁酒者です。お酒の味が我慢ならないの」と彼女。
ロザリーが本を母親に渡したが、驚くほどそっけない態度だった。
表紙は扇情的で、どう見てもエロ本だった。
リネットがポワロを呼んだ。他の皆は誰もいなかった。
「どうしても聞いていただきたいことがあるんです」と彼女は切実に助けを求めた。
「耐えられない嫌がらせを受けているんです。警察に行こうと思っているんですけど、私の夫は警察には何もできないというんです。
夫は私と出会う前、ジャクリーンという女性と婚約していました。彼女にとっては本当に痛手でかわいそうに思うんですけども、こういう事は仕方ない事だと思うんです。
彼女は脅しを口にし、私たちの行く先々に顔を見せ、執拗に付きまとうようになったんです。
最初はヴェネチアでした。ただの偶然だと思ったんですが、ブリンディシで同じ船に乗りました。
私たちがカイロに着くと、彼女がまたいたんです。
私たちは船でナイル川を遡りました。その船には彼女はいなかったのですが、
このホテルに来たら、また私たちを待っていました。
ジャクリーンは自分を笑いものにしているんです。どうしてそんなぶざまな、自尊心のないことができるのか、呆れます」というリネットに、
「もっと強い感情があるとき、自尊心は大事ではなくなることもあります」とポワロ。
「そんな事をしてジャクリーンにどんな得があるんです?」というリネットに、
「損得勘定だけで人は動きません」とポワロが言うとリネットは感情を害したようだった。
「何もできませんよ。ただ、頻繁に遭遇するだけでは……」とポワロ
(ストーカー規制法ですら、今もスカスカだもんなぁ……)
「でも、耐えられません! こんなことが続くなんて」
「あなたは今まで、何かに耐えた経験がほとんどなかったようですね」とポワロが言った。
「どうして私たちが逃げなきゃいけないんです? まるで……」
「そう、『まるで』問題はそこでしょう?
かつて、とても幸福そうなカップルがいました。
二人は、人の耳などまるで気にせず、楽しそうに話していました。女性は、身も心も、魂も捧げる顔をしていました。その恋は、生きるか死ぬかの問題でした。二人はエジプトに新婚旅行に行きたいと、言っていました。
これは一か月か二カ月の前の事です。そして今、男は新婚旅行中です。ただし、相手は別の女性でした。
ロンドンのレストランで、友だちの事を話していました。彼女はあなたを信頼していた。
旧約聖書にこういう一節があります。
たくさん持っている羊を持っている大金持ちが、ただ1匹しか子羊を持っていない貧しい者から羊を取ってしまった話です」
「サイモンがジャクリーンを本気で愛していたと誰が言えます? 私と出会った後で、私を愛するようになった。サイモンの気持ちはどうなるんです? ジャクリーンがつらい気持ちになるのはとてもよくわかりますが、サイモンは私を選んだんです」
「友だちが深く傷ついている。迷惑に感じるか、相手に憐れみを感じるかではなく、耐えられなく感じるのはなぜか。それはリネットさん、あなたが罪悪感を感じているからです。
あなたは友だちの恋人を『故意に』奪ったのだと私は考えています。主導権はサイモンにではなく、あなたにあったのです。あなたは自制するか、突き進むかを選べたのです。
あなたは金持ちで美しく、様々なものを持っていた。けれど、ジャクリーンにはサイモンしかなかった。それでもあなたは、貧しいものから唯一の生きがいを奪ったのです。
ジャクリーンはみっともなく付きまとっていますが、あなたは、ジャクリーンにそうする権利があると内心認めているのです」
ポワロはその後、ジャクリーンとも出会った。(←ここの部分、メモが破損していて書き漏らしがあるかもしれません)
ポワロは嘆願した。
「マドモアゼル、お願いです、もうそんなことはやめてください。邪悪なものに心を開いてはいけません」
ジャクリーンの目に、当惑の色が差した。
「でも、あなたには止められないわよ」
「ええ、止められません」ポワロは悲しげに言った。
「時々怖くなるの。ナイフを突き刺すか、私のピストルを彼女の頭に突き付けて、この指で引き金を引くか……」
と言いかけて、ジャクリーンは周囲を見渡した。誰かの気配を感じたというのだが、誰もいなかった。
「あなたにはまだ、やめる機会はあります。リネットさんは、やめられませんでした。二度目のチャンスは来ません。しかしあなたはまだ、やめる機会があります」
☆
翌朝、サイモンがポワロに話しかけてきた。
「ジャクリーンがこんなふうに妻を苦しめるのは酷い事です。僕がやったことが下劣だというなら、それは認めます。でも妻には関係のないことなのに。
どれだけバカなことをしているのかわからないんでしょうか。自尊心というものがないんでしょうか?」
「自分が傷つけられた、という気持ちしかないようです」
「僕を呪って、愛想を尽かして二度と見たくないというのならわかります。ピストルで僕を撃つというのならわかります。でも、こんなふうに付きまとうのは……」
「もっと巧妙で、知的ですね」とポワロ。
「これはリネットの神経にものすごく堪えているんです。あいつの首をしめてやりたいくらいです」
「太陽が昇った時の月のようなものです。リネットに会った時から、もうジャクリーンは見えなくなったんです。僕は金目当ての結婚なんてしません。男っていうのは、彼女みたいな愛され方をすると、嫌気がさしてくるんです。ジャッキーは僕を好きすぎるんです」
続けて、
「男というのは、女を愛する以上に、その女に愛されていると嫌になるんです。身も心も所有されていると感じるのは嫌なんです。『この男は私だけのものだ』と思われると、逃げたくなる。男は女を所有したいんです。所有されるんじゃなくて!」
「ジャクリーンに嫌気がさしていた時にリネットに会って恋をしたんです。そしてなんと、リネットも僕の愛を受け入れてくれたんです!
もう好きでなくなった女と結婚するなんて馬鹿げてます。ジャクリーンがここまで異常な女だと分かった以上は、むしろ逃げられて良かったと思っています」
サイモンはジャクリーンをまくために、10日間ホテルにいると皆に言い回って、密かに船に乗るつもりだという。
「ジャクリーンさんのお金も尽きるでしょうしね」とポワロが言うと、サイモンは驚いたようだった。
ジャクリーンはこのままじゃ一文無しになる、と考えるとサイモンも顔を曇らせた。
(将来、この犯罪が成功したら大金が入るので使い切ってしまってもいいと思ってるのか、サイモンがこっそり流しているのかは謎)
話が変わって、ペニントンの話題になった。
リネットが結婚を知らせる手紙を出したけれども、手紙が行き違いになり、リネットの結婚を知らないまま、ペニントンはナイル川で二人と出会ったという(ペニントンが嘘をついているのは読者にはわかっている)
ポワロはサイモンについて、問題を真剣に考えていないように感じた。
リネットも、ジャクリーンも真剣に考えているように見えたが、サイモンはこの騒動に、いかにも「面倒くさい」という気持ちが透けて見えるようだった。
☆あらすじ3 観光開始
ナイル観光に一行は出発した。
エジプトでは、道を歩くだけで物乞いや物売りなどがたかってくるので、それがネックだとアラートン夫人が呟いた。
ポワロとアラートン夫人は楽しく語った。犯罪の動機についての話で盛り上がっている。
「あなたの場合、母親と言うのは、子供に危険が及ぶととても冷酷になります」
「サイモン・ドイルはごく単純な罪。目的達成のためにすぐ行動。知的な犯罪はやらないでしょう」
「リネットは、『首をちょんぎっておしまい』的な行動をとるでしょう」
「ジャクリーンは……よくわからないお嬢さんです」
「ペニントンは、強い自衛本能がありそうです」
「オッタ―ボーン夫人は虚栄心というものがあります。殺人の動機は時に、ほんのささいなものなのです」
(ここのポワロとアラートン夫人の犯罪談話も結構面白いのだけど、本筋にはあまり関係ないので割愛)
ポワロは育ちの良いアクセントを用いる毒舌の若者、ファーガソンとも話した。
「ピラミッドを作るために、住民は重労働を課され、死んでいった。権力者の欲望のためにね」とファーガソン。
(ファーガソンの主張も凄く面白いんだけど、同じく割愛する。ファーガソンは社会主義者で、とにかく今生きる労働者が幸福に過ごすことが大切だ、というのが一貫した主張です)
ロザリーは相変わらず、母親への不満を募らせているようだった。
「よそ(アラートン)のお母さんに比べて、私の母と言えば『セックスだけが神』といったような調子で……本当に不公平です」。
ロザリーの愚痴を聞いてくれるポワロに、彼女は感謝をしているようだった。
サイモンとリネットが現れた。明るく幸福そうに見える二人。
そんな二人の前に「あら、あなたたちもいたの?」とジャクリーンが現れる。
リネットは怯えるようにサイモンの腕にからみつき、サイモンは怒りの色を表した。
途方に暮れた少女のように、リネットはポワロに怯えを訴えた。
「みんなが私を憎んでいる、こんなふうに感じるのは初めてです。私、みんなのために良かれと思ったことをしてきました。でも、サイモン除けばみんな敵ばかりで、たまらない気持ちです。
私たち罠にかかってしまった。このまま進むしかない。私、今どこにいるのかわからない。
もうあの子から逃げきれない気がして……」
「どうして帆船を貸し切りにしなかったんです?」と尋ねるポワロに、
「こんなことになるなんてわからなかったんです。それに、サイモンがバカバカしいくらいお金のことに敏感で、無駄遣いを許さないんです」と話した。
(サイモンの性格に反するので、恐らくジャクリーンの入れ知恵)
☆
ポワロとの同席を母から聞くと、ティム・アラートンは嫌がった。
アラートン夫人はポワロを気に入っているのだ。
新たな観光仲間も加わった。
スープを美味しそうに食べるドイツ人医師のドクター・ベスナー。
バン・スカイラー夫人の看護師、ミス・バワーズ。
物静かで知的な、ファンソープ。
イタリア人の考古学者リケッティ。
醜く傲慢なバン・スカイラーと、その貧しい親戚で召使のように仕えるコーネリア。
寝室に帰る途中で、ポワロは悄然とするジャクリーンと出くわした。
「おやすみなさい。私がこの船に乗っていて驚いたでしょう?」
「驚いたというよりも、気の毒に思いました。とても気の毒に。あなたは危険な道を選びました。
流れの急な川、危険な岩、あなたは魂の旅に出たのです。あなたは自分を安全な岸に繋いでいたロープを斬ってしまいました」
「それは本当ね。でも、自分の星を追うしかないの」
「お気をつけなさい。間違った星を追わないように」と話すポワロに、
「アノホシワルイヨ アノホシオチルヨ」とエジプトの物売りの片言英語を真似してジャクリーンは笑った。
翌朝、コーネリアはポワロと一緒に歩いた。
「バン・スカイラーさんは健康に気をつけなきゃいけないので、あまり早く起きないし、
ミス・バワーズは看護師なのでスカイラーさんにかかりきりなんです」
コーネリアは、バン・スカイラーに虐げられているにもかかわらず、この船旅を楽しんでいるようだった。
「あなたは幸福な性格ですね」とポワロは言った。そしていつも不機嫌そうなロザリーに目を向けた。
「リネットさんは、私が今まで見た女性の中で一番美しい方だと思います。アラートン夫人はとても高貴で素敵な感じがします」とコーネリアは言った。
「今朝は元気そうだね、リネット」とペニントンが声をかけていた。
ペニントンがおずおずと遺産相続の話をすると、リネットはすぐに応じた。
文字がびっしり表示された分厚い書類をペニントンが持ってきた。
「これに全部サインしてほしいんだ」と彼が書類をめくりながら話し続ける。
サイモンはあくびをしたが、リネットは一枚一枚きちんと読んでいる。
「ただの名義書き換えだから、そんなに読まなくていいよ」とペニントンは言うが、
「いつも全部読むことにしているの。何か書き間違いがあるかもしれないから」とリネット。
「ぼくならこの点線のところにサインをしろと言われたらサインするけど」とサイモンが言うと、
リネットは「それはどうかと思う」と言った。
「ぼくは人を信用していますからね!」とサイモンが言った。
突然寡黙なファンソープが、リネットに「書類を全部読んでからサインをするというのは、非常に素晴らしい事です!」と熱く語ると、急に恥ずかしくなって顔を背けてしまった。
ペニントンは非常に不愉快そうな顔をして、「別の機会にしようか。全部読んでいたんじゃ時間がかかって仕方ないからね」と言って退却した(怪しすぎw)
バン・スカイラーがまたコーネリアを叱りつけていた。
ファーガソンがため息をつき、「全くあのばーさんの首をひねってやりたいね。あんな何の役にも立たない、誰の役にも立たない、働いた事もなく、指一本動かさず。
リネットも生きていても仕方ない奴だ。偉そうにシルクの靴下なんて履いて、労働者に寄生している」と言った。
「暴力なしで一体何ができる? 建設をするためには、まず破壊が必要なんだ」とファーガソン。
(ここのやり取りも面白いけど、本筋とは関係ない・「私はトップマンです」というポワロの発言には爆笑しました)
オッタ―ボーン夫人は船酔いに苦しんでいた。「娘に一人で何時間もほったらかしにされて。奴隷のように働いてきたのに。本当に薄情な娘だと全員に言ってやる!」と愚痴を言いだした。
夫人は船酔いというよりも、酔っ払いのように見えた。
ロザリーは仕方なく、オッタ―ボーン夫人のところに呼ばれていった。
「あの子、不幸なんですよ……」とアラートン夫人は言った。
その夜、アラートン夫人は身分にこだわる俗物のバン・スカイラーに、貴族の名前を羅列して関心を引くことに成功していた。
コーネリアは、ドクター・ベスナーのエジプト講釈にうっとりと聞き入っていた。
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