第10話 カート・ヴォネガット「タイタンの妖女」

☆あらすじ1 地球編


ラムファード氏とその愛犬が、無の中から実体化しようとしていた。

実体化現象は、この10年間、59日間隔で行なわれていたが、ラムファード邸内部での事なので、ほとんどの人は見たこともなかった。

ラムファードは未来も過去も見通すことができると言われているが、彼はそれについて話すことはない。


その実体化現象に、マラカイ・コンスタントが招待された。

彼は大富豪である。

ラムファード氏は、火星付近のタイムホール(時間等曲率漏斗)に飛び込んでしまった。

そのため、59日の間1時間だけラムファード邸に現れ、また非実体化してしまうのだ。

ラムファード氏とマラカイ・コンスタントは土星の衛星、タイタンで昵懇の仲だったという。

しかしマラカイ・コンスタントは地球から出たことはない。


ラムファード氏と愛犬コザックが実体化した。

ラムファード氏とマラカイは握手をした。握手をすると電流がピリピリと流れた。

ラムファード氏と夫人は最初の実体化以来、一度も会っていない。

彼の未来視を少し話したら、夫人はすっかり怯えてしまったらしい。

その未来とは、「ラムファード夫人とマラカイが、火星人につがわせられるだろう」ということだった。

「君の最終目的地はタイタンだ。だがその前に、火星、水星、一度地球へ戻る」という。

マラカイはそもそもタイタンなどに興味はない、と答えると

ラムファードは「君は、大切なものを取り逃がすことになるよ」と言った。

「例えば美人とか」


マラカイは自分の彼女の写真をラムファードに見せた。絶世の美女だった。

更にマラカイはもう一枚写真がある事に気づき、ラムファードに見せたが、よく見るとその写真はラムファードがこっそり忍ばせた、マラカイとタイタン人美女(タイタンの妖女=のちに合成写真だということがわかる)の写真だった。

ラムファードの未来予言では、マラカイとビアトリス(ラムファード夫人)が火星で交わり、クロノという息子が生まれる、という。

クロノは火星で「幸運のお守り」と呼ぶことになる、金属片を拾う事になり、それはとても大切なものだ。

そう言い残すと、ラムファードは消えた(このシーンは「不思議の国のアリス」のチェシャ猫のオマージュ)


コンスタントはビアトリスと話し、家を出た。

ビアトリスは予言を信じていないと言ったが、怯えているようだった。



マラカイは宇宙船の持ち株を全部売り払った。火星との繋がりを全て断ち切ろうとした。

ビアトリスは有価証券を売り払い、宇宙船の持ち株を全部買い取った。宇宙船が使われる際に、発言権を握っておきたかったからである。

マラカイはビアトリスを遠ざけるため、侮辱的な手紙を書きまくった。

ビアトリスは青酸カリのカプセルを買い込んでいた。

株式相場は暴落し、ビアトリスは破産して、邸宅まで失ってしまった。


59日後、ラムファードは再び実体化した。

ビアトリスは夫の助けを得ようと、ラムファードに会った。

しかしラムフォードは達観したような事を言うばかりだった。

マラカイは、タイタンの妖女の写真を彼のタバコ会社の広告に使っていた。

ラムファードは、未来を教えたとしても、未来は変わらないという。

マラカイは56日間パーティーを開き続け、株が暴落したため従業員をクビにした。

マラカイはタイタンの女性については興味津々だったが、タイタンが旅の終着点ということで、タイタンで命を失う事になると考えたのだ。

ラムファードは「最終的にはとてもうまくいくし、マラカイはラムファード自身よりも素晴らしい夫になる」ビアトリスを勇気づけた。


(マラカイの財産がいかにつくられたかの、長い説明があるけど、省略)

マラカイの会社は倒産した。マラカイがパーティーで、女性に片っ端から油井をタダで贈ったからである。

しかもマラカイが新たに筆頭株主になった煙草に、不妊症になる有害物質が発見されたため、訴訟に備えなければならない。

マラカイの父の遺書には「運に見放されたら、新しい冒険をやってみることだ」と書いてあった。



ヘルムホルツとワイリーという2人は火星軍のスカウトだった。

彼らの目当てはマラカイだ。

「3年間働いてみないか?」という誘い文句を使って地球人を拉致し、その後、地球人を記憶喪失にして、永遠に火星軍で働くのだ。

スカウトは、マラカイが父の遺書を読み終わったのを見計らって彼に接触した。

かくしてマラカイは火星軍にスカウトされた。


☆あらすじ2 火星編


アンクは記憶喪失だった。

火星では抄録玉を6時間ごとに飲まないと、酸素がなくなって死んでしまう事をアンクは教わった。

アンクは不妊症になる煙草に興味を示した。

ボアズといういわくありげな同僚の若者は、アンクのパートナーだと名乗った。

火星軍は皆、ロボットのように自我を失い操られたように行進していた。

彼らは、地球を侵略しようとしているのだ。

ボアズは遠隔操作の制御盤を持っており、頭蓋の中にアンテナをつけられた火星軍の面々を操ることができる。

ボアズは対アメリカ侵略時の司令官なのだ。

火星軍の本物の司令官は、兵隊に化けている。

アンクは、重要な記憶を持っており、7回も病院に入れられて記憶喪失にされている。

アンクは、地球では最高に運が良い男だった(この辺りでアンクの正体がマラカイだという事が、読者にもわかる)

ボアズは地球侵略を成功させた後、地球で良い生活をするために、(地球で豪遊していた)アンクに依存しているのだ。

アンクは、ストーニーが最後に託した、彼宛の手紙を見つけた。そこには「ボアズには気をつけろ」と書いてあった。

痛みを受けるという事は、それは火星軍の急所を突いたという事だ。

手紙の筆者は痛みを受けながら、火星軍の情報を集めたらしい。

なぜ火星陸軍が、地球を侵略しようとしているのかは誰にもわからない。

火星軍は地球に勝てるわけがない。

そういった事を、対イギリス侵略軍のストーニーはアンクに話し、アンクの親友になった。

そして、ストーニーは操られたアンクによって始末されたのだ。

火星陸軍を本当に動かしているのは、ラムファードだった。111日に1回、姿を現す。

アンクには妻がおり、ビアトリスといった。クロノという息子もいる。

ビアトリスは火星で教官をしており、クロノは火星の学校に通っている。

手紙の筆者は、アンクだった。自分に充てた、手紙なのだった。


そして火星帝国と地球との戦争が始まった。



アンクとボアズは後方支援部隊として行軍していたが、アンクは息子クロノに会うために抜け出した。

クロノは「ドイツ式三角ベース」という野球に似たスポーツの名手であり、それにしか興味がなかった。

火星の学校では、教えることがほとんどない。教育が(火星社会的に)役に立たないからだ。

ドイツ式三角ベースは、ラムファードが愛好しているスポーツだ。

アンクは堂々と学校に入っていき、フェンスタメイカー先生に「クロノと会わせてほしい」と話した。


クロノは、大人に嫌悪感を持っているようだった。14歳になったら頭にアンテナを取り付けられる。

そうなったらもう、命令に従う人形のようになってしまう。

「親父なんて興味ないや」とクロノは言った。母親も病院に行ってから、おかしくなってしまった。

アンクはクロノの耳に「俺がお前のお父さんだよ」とささやいた。

しかしクロノは無感動だった。「だったら何さ」と言った。

「ここから一緒に逃げ出そう」とアンク。

「地獄へ失せやがれ」とクロノ。この言葉にアンクは激しいショックを受けた。

「もう三角ベースをやりに行ってもいいかい」

「お前は……実の父親に向かって、『地獄へ失せやがれ』というのか……?」アンクは泣きだした。

クロノは慌てて三角ベースに戻って行った。


アンクの妻ビアトリスは、シュリーマン呼吸法の教師だった。

彼女もまた、病院に連れていかれ記憶7喪失になっている。かろうじて「クロノという息子がいる」ということだけを教えられていた。

使者がやってきた。ビアトリスへの伝言を持ってきたのだ。

使者はアンクだった。「俺の事を覚えているかね?」と聞くと、ビアトリスは首を振った。

アンクは「その時が来たらみんなで逃げよう」と言い、手りゅう弾を手渡した。

アンクを探しに警備兵がやってきた。

ビアトリスはアンクを自分の夫だと認めたが、どうでもいい事だと思った。

アンクは酸素不足で倒れた。



アンクは宇宙船の中で目を覚ました。

するとそこに、ラムファードと愛犬のカザックが現れた。

ラムファードは、マラカイが『アンク』になるまでの事を教えてくれた。

マラカイは火星行きの船に隠されていた女性を暗闇の中でレイプした。

電気をつけてみると相手はビアトリスだった。

彼は将官から兵士に降格された。彼は彼女に慙愧の念を覚えたが、ビアトリスは彼の事を覚えていなかった。そしてビアトリスは彼の子を身ごもっていた。

ビアトリスと息子のクロノの信頼を勝ち取ることがマラカイの人生の目標になった。そんな話をラムファードは聞かせた。

そこにボアズが、アンクを探しにやってきた。


火星と地球の戦争は67日間続いた。

地球側の死者は461名。

火星側の死者は149315名だった。

ここに火星軍は滅亡した。

(ここの描写、かなり笑えるんだけど、細かく書かなくてもいいかな)

火星軍は、都市警察の武器レベルの武装しか持っていなかった。

核ミサイルを持つ地球に敵うはずがなかった。


戦争は、火星軍が月を占領したことから始まった。

その時、月には地球人の地質学者100人程度しかいなかった。

火星軍は戦意旺盛に「地獄の味を与える」と息巻き、散発的な攻撃を加えた。

それに対して、地球軍は核ミサイル276基を発射した。

火星軍唯一の勝利は、バーゼルの食肉市場の占領だった。

火星陸軍の自殺的な侵攻は、当然ラムファードの仕業だった。

火星陸軍が滅亡したことによって、地球人はミサイルを使い果たし、一枚岩となる事にも成功した。

ビアトリスとクロノは、火星軍最後の戦士として装備もなしに地球に送り込まれたが、未文化の地域に漂着した。

アンクとボアズも死んでいなかった。

ラムファードは、新宗教のためにアンクを利用しようと考えていた。


アンクはボアズの装置について触れた。彼の装置を、アンクは既に無効化していた。

ラムファードは新宗教を立ち上げ、未来の予言をしていった。彼の予言の奇跡によって、その宗教を確固たるものにしようとしていた。



☆あらすじ3(水星編)


水星はいつも歌っていた。

水星の生物は、振動を食べて生きていた。この生物は、一緒に並ぶのが好きらしい。

アンクとボアズは地球を目指していたはずが、水星に着陸した。

彼らの周囲に、ハーモニウムたちがやってきた。

ハーモニウムは「これはちのうてすとだよ」という文字を囲んだ。

これは、ラムファードがハーモニウムを動かしてアンクたちに伝えたメッセージだった。


二人は水星で3年過ごした。そこに愛犬カザックの足跡が見つかった。

ボアズはハーモニウム達と親密になった。彼らはボアズを慕い、ボアズは彼らに音楽を聞かせて喜ばせるのだった。

アンクがいつものように探検していると、洞窟内部に「ここから出る方法」が刻まれていた。

「宇宙船を逆さまにする」というのがその方法だった。宇宙船の感知装置は底面についているので、船体をひっくり返せば、また発射していく。

アンクは、ボアズに大ニュースを伝えた。

ボアズは、ハーモニウムから(というよりラムファードから)メッセージを受け取っていた。

「ボアズ、行かないで。僕らは君を愛してる」。

アンクとボアズが話し合っていると、ボアズは急に、テープレコーダーを監視なしでハーモニウムに聴かせてきたことに気づいた。

ボアズが駆け付けると、多数のハーモニウムは音楽の食べ過ぎで死んでいた。

ボアズは「別れよう」とアンクに言った。

ボアズは水星で、ハーモニウムたちを幸せにできて嬉しかった。人間よりも、ハーモニウムを好きになっていたのだ。

アンクは一人、地球へと向かった。



☆あらすじ4(再び地球編)


地球では、ラムファードが始めた「徹底的に無関心な神の教会」が30億の信者を獲得していた。

この宗教では、誰もがハンディキャップを背負い、長所を全て消すことで平等を実現しようとしていた。

アンクは地球に帰ってきた。

アンクは車に乗せられ、ラムファード邸に向かった。

アンクの息子クロノは悪童として育っていた。クロノとビアトリスも時を同じくして、ラムファード邸に向かっていた。この二人はラムファードがよこしたヘリコプターに救助されたのだ。

クロノの持っていた『お守り』が、未開のガンボ族に認められ、殺される事なく仲間に入れられたという。

ラムファードと愛犬が実体化し、拡声器からラムファードの声が響いてきた。


ラムファードは、マラカイが金持ちであるにもかかわらず、遊び人として無益な事しかしなかったことを糾弾し、憎むべき存在だと弾劾した。

更に「神に気に入られている」と嘯いたマラカイを弾劾した。

ラムファードは、記憶を失っているアンクに対して「君の本名はマラカイ・コンスタントだ」と言った。

そして、地球からの追放とタイタンへの隔離移住を命じた。

「これまでの人生で、たった一つでも良い事をしたというなら話してみたまえ。それができれば、移住を免除しても良い」とラムファード。

しかし、火星と水星の記憶しかないマラカイにそんなことができるわけもなかった。

(正直、マラカイが善良かどうかはともかく、火星人を絶滅させたラムファードほど邪悪な奴に弾劾されるなど、笑止千万なんだが……)


マラカイはストーニーという友人がいた、と語った。

ラムファードは「そのストーニーを殺したのは君だ」と言った(それもラムファードが洗脳したんだけどな……)

そしてラムファードは「マラカイは、私の妻ビアトリスを強姦し、そこでクロノが生まれた。

ビアトリスの罪は高貴な潔白さであり、想像上の純潔を守る事だけを考えていたのだ。

ビアトリスもマラカイと共に有罪だ」と彼は言った。

「あなたが作った宗教のせいで、ウンザリするような地球を脱出する事に、何のためらいもないわ。あなた方はゴミクズのようなものよ」とビアトリスは言い、マラカイ親子3人は宇宙船に姿を消した。

「さようなら、清らかで賢くて立派な地球人の皆さん」とビアトリスは言い、宇宙船はタイタンに出発した。


☆あらすじ5(タイタン編)


タイタンにはサロというトラルファマドール星人が一人、住んでいた。

彼は太陽系島宇宙に対して秘密のメッセージを携えてやってきたのだが、宇宙船の部品故障によって、タイタンで立ち往生してしまったのだ。

サロは異星の言語を学び、その上で秘密のメッセージを翻訳して伝えるという使命を受けているのだ。

サロは1100万歳で、年老いていた。

彼は部品を遠いトラルファマドール星に要求し、

地球に現れたストーン・ヘンジ、万里の長城、クレムリン宮殿などは、サロを励ますために、

トラルファマドール星人が地球人に作らせたものだった。

ストーン・ヘンジはトラルファマドール星語で「交換部品、目下製作中」という意味だった。

万里の長城は「落ち着け、私たちはお前の事を忘れたわけではない」

ネロの宮殿は「我々は最善の努力を続けている」

クレムリン宮殿は「おまえはそろそろ旅を再開できるだろう」

ジュネーブの国連本部ビルは「荷造りをして、いつでも出発できるよう準備せよ」という意味だ。


他にも、滅びた文明の多くはトラルファマドール星人がサロに送るメッセージのために作られたのだが、メッセージを送る前に崩壊してしまった文明も多かった。

トラルファマドールの現政治体制は3億年ほど続いていた。

サロは、他のトラルファマドール星人と同じように、機械だった。

彼は、「目的地に着くまでは、絶対に秘密のメッセージを開くな」と言い渡されていた。

サロは、ラムファードを友人と考えていたが、トラルファマドール星人がサロへのメッセージを伝えるために、地球を利用している事は言わなかった。、

ラムファードに嫌われるのが怖かったのだ。

サロは、ラムファードの火星軍創設に協力し、彼の新宗教にも協力した。


トラルファマドールには以前、機械以外の種族が住んでいたが、自分たちに奉仕をさせるために、機械を作り始めた。

機械は「生物に、生まれた目的はない」と彼らに伝えると、彼らは殺し合いを始め、それも機械が代行した。

彼らがいなくなった後、機械たちは自分たちで製造を始めた。


ラムファードとカザックがタイタンに実体化した。

二人は太陽黒点の影響で、体調を崩していた。

ラムファードは、サロに不快な態度を取り続け、彼を侮辱した。

トラルファマドール星人が、地球文化に干渉している事に彼は気づいたのだ。

(自分も火星陸軍に同じような事をやっていたくせに)

サロにはとても耐えられず、死にたくなった。彼はラムファードを友人だと思っていたのに、ラムファードはサロを「友だちごっこだ」と冷笑した。

そして「機械ごときが」と侮蔑した。

宇宙品の交換部品は、クロノが「幸運のお守り」として持っているとラムファードは言った。

太陽風の影響で、ラムファードとカザックは近々太陽系から吹き飛ばされてしまうらしい。

ラムファードはサロに、彼が携えている秘密のメッセージを教えるよう、強く要求した。

サロが悲しみにとぼとぼと歩いていると、タイタンに着陸したマラカイ一家に出くわした。

マラカイ一家はサロの異様な風体に驚き、クロノとビアトリスがサロに襲い掛かった。

サロは「さぁ殺せ……死んだ方がマシだ。いっそこの世に組み立てられて来たくはなかった」と言った。

そしてビアトリスに「私の昔の友人ラムファードがあなたを待っている」と伝えた。


ラムファードの元にマラカイ一家はやってきた。

ラムファードは一家に暖かい言葉をかけ、「トラルファマドール星人が、サロに交換部品を届けるため」に地球文明は操作されてきた、と言った。

ラムファードは彼らに別れを告げた。


タッチの差で、サロがやってきた。

「スキップ!(ラムファードの愛称)メッセージを持ってきたよ!……行っちゃった……」サロは虚ろに言った。

「機械だって? 確かに私は機械だ。それでも私は命令よりも、友情を取ろうとした……もう遅いかもしれないが……」と言い、

サロはメッセージを伝えた。

秘密のメッセージは、「よろしく」という意味だった。

サロが一生を捧げたメッセージはそれだけだったのだ。

そしてサロは自殺を遂げた。自分の部品をバラバラにしてしまった。



マラカイ夫妻は74歳になっていた。

マラカイは『幸運のお守り』をサロの宇宙船にはめ込んだ。

彼の趣味は、サロをいじくりまわし、元通りに組み立て動かすことだった。

彼の息子クロノは、18歳の頃からタイタンツグミに混じって暮らすようになり、42歳の今もタイタンツグミに混じって暮らしている。

ビアトリスは、書き物をするのが趣味だった。

マラカイとビアトリスの間には、老年になってから愛が芽生えるようになった。

ビアトリスの家で、マラカイは彼女の本の話を聞き、水回りのチェックをしている間に、ビアトリスは亡くなった。

42歳になったクロノは、「お父さんとお母さん、僕に生命の贈り物をありがとう! さようなら!」と告げた。


墓からの帰り、マラカイの元にサロがやってきた。

今まで動かなかったサロだったが、実はマラカイの手で生き返っていたのだ。

「私を組み立て直してくれてありがとう」とサロは言った。

「バカバカしい使命で、はるばるこんなところまで旅してきたけれど、そのメッセージを届けに行こうと思う」とサロ。

マラカイが、ビアトリスを亡くした事を聞くとサロは同情を露わにした。

「君たちはとうとう愛し合うことができたんだね」

「やっと私たちは気づくことができたんだよ。誰かに操られているにせよ、手近にいて、愛を求める人を愛することが、生きる意味だったんだ」とマラカイ。

サロは、宇宙船が治ったので地球まで送ってあげようか?と尋ねると、マラカイは頷いた。


マラカイはインディアナポリスに送り届けてくれと頼んだ。

白人が、インディアンを殺して絞首刑になった初めての場所。そこに共感を感じるとマラカイは言う。

サロは、マラカイが亡くなる前に幸福を与えてあげたいと思った。彼はマラカイに催眠術をかけた。


宇宙船は冬の早朝に着陸した。サロはバス停にマラカイを連れて行った。

「どこかいいホテルの側で下ろしてくれ、と頼みたまえ。今はどんな気分だい?」とサロ。

「トーストみたいにあったかだ」とマラカイ。

「幸運を祈るよ」と言い、サロは宇宙船に乗って去って行った。


雪によってバスが遅れ、その間にマラカイは亡くなった。

亡くなる直前、サロの催眠術によって、マラカイは幸せな夢を見ていた。

友人のストーニーが宇宙船に乗ってやってきたのだ。

「一緒に天国に行こうぜ。ビアトリスも君を待ってるよ!」とストーニーが言った。

「俺は天国に行けるのか……?」とマラカイが聞くと、ストーニーは言った。

「天にいる誰かさんは、お前を気に入ってるんだよ!」


☆感想


本作で登場する人々は皆、孤独を背負っています。

水星人としかわかりあえないボアズ。

タイタンツグミと共に生活していくクロノ。

たった一人、タイタンで長い時間を過ごしてきたトラルファマドール星人のサロ。

愛犬と共に転移し続けるラムファード。

伴侶と共に、家族以外の誰もいないタイタンで30年を暮らすマラカイ夫妻。


一方で、大衆・群衆は『より大きな力』に操られ、殺されていきます。

ラムファードのくだらない目的のために殺されていった火星人たち。

「よろしく」という一言を伝えるためだけに一生を棒に振ったサロ。


誰かに操られないようにするためには、孤独になるしかない。

その中で、「私を利用してくれてありがとう」と言うベアトリスの諦観の混ざった一言が、作者の厭世観と人間への微かな希望を感じられて切ない気持ちになりました。

終始、軽いタッチで描かれていく作品ですが根底には深い哀しみが宿る物語だと思います。



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