第6話 乗り移る感覚

「お前、金曜日の夜、あのまま家に帰ったのか?」

 とやはり、最初に口を出す友達が、唐突に切り出した。

 口調を聞いていると、どこか怒りに満ちているように見えて、まわりの皆も、

「その気持ちは分かる」

 と感じていたことだろう。

「あの日だろう? 俺もよく分からないんだ。気が付けば、自分の部屋の布団の中で寝ていたんだ。しかも、ちゃんとパジャマに着替えてね。表が真っ暗だから時計を見ると、夜の二時過ぎで、普段からそんな時間に目を覚ますことのない俺だったので、このまま眠れなかったらどうしようと思ったんだけど、うまい具合に眠れてくれて、普段休みの日に起きる時間である、七時頃には、目が覚めたんだ」

 というではないか。

「ん? ということは、それ以前の記憶はどうなってるんだ?」

 と聞かれた行方不明者は、

「あまりハッキリとは覚えていないんだけど、たしかかくれんぼをしていたと思うんだ。その時、俺は冷蔵庫か何かの中に隠れた気がしたんだ。扉が最後までしまってしまわないように気を付けていたんだけど、急に中が真っ暗になったんだ。その時、声を出したような気がしたんだけど、真っ暗な中に吸い込まれたような気がして、自分がどこにいるか分からなくなった気がするんだ。次の瞬間、足元が割れたような気がして、谷底に真っ逆さまに落ちていく感覚に陥ると、あとは気が付けば、自分の部屋で寝ていたというわけなんだ」

 という。

「そんなに鮮明に覚えているのか?」

 と聞かれ、

「いやいや、そんなことはないんだ。本当は、覚えていないはずだったんだけど、思い出しながら話していると、どんどん記憶がよみがえってきてね。だから、早口だっただろう? 早口で話さないと、また忘れてしまうような気がしてきて、そのせいもあって、記憶がよみがえってきたんだよ」

 と友達が言った。

「お前が隠れたというのは、あのスクラップの場所だよね?」

 と他のやつが聞くと、

「ああ、そうだよ、ちょうど鉄屑の上の方に、おあつらえ向きに自分が入れるくらいの冷蔵庫があったんだ。俺は身体が小さいからちょうどいいと思ってね」

 というと、

「怖いとは思わなかったのか? 閉まって開かなかった場合のことだよ」

「それが、その時はそう思わなかったんだ。むしろ、その冷蔵庫に呼ばれているような感覚でね」

「でも、おかしいな、あんなところに冷蔵庫なんかあったかい?」

 と、まわりに聞くと、皆首をかしげて、

「いや、冷蔵庫があったのなら、気づくはずだし、ましてや閉まっているのなら、まさかこの中にないだろうかと、危険に感じるはずだと思うんだ。それがないということはどういうことなのか、自分でもよく分からない。皆はどうだったんだろうね?」

 と一人がいうと、

「俺も、冷蔵庫を見たという意識はないんだ。隠れようと思ったくらい、目立っていたのであれば、すぐに分かるはずだ。一人が気づかなかっただけなら、まだ分かるけど、皆であのあたりを何度も探したんだから、あれば分かるはずだ」

 という。

「そんなバカな、じゃあ、俺が隠れたあれは、何だったんだろう?」

「それを言うなら、どうして、冷蔵庫の中から出て、どうやって家に帰りついたというんだ? そのことを家族に聞いてみた?」

 と聞くと、

「うん、ちょっとだけ匂わせるように聞いてみたんだけど、俺が帰ってきた時、気配がしたので。俺だと思ったらしいんだ。廊下を通り過ぎるのが、扉のすりガラス越しに見えたらしいんだけど、ハッキリと見えたわけでもないし、声も聴いたわけでもないけど、いつものことだからと、気にもしていなかったというんだ」

 というのだ。

「なんか不思議だよな? 誰も、お前の姿をかくれんぼの最後に皆散り散りになって隠れた時から見ていないことになる。そして、帰り着いたのも分かっていない。まあ、お前のところの親の立場からすれば、気配がしたというのであれば、疑うこともないだろうな」

 というのだった。

「俺が気になっているのは、冷蔵庫の扉が閉まったのだと思うんだけど、その時に、中が急に真っ暗になったんだ。その時、真っ黒というわけではなく。真っ青な感じがしたんだ。暗い中で、見えないが、壁のようなものがあれば、その壁がペンキで塗られた真っ青な色という感覚なんだけどね。それを思うと、次に感じたことが、今となってみれば、一番印象に深いことだったんだ」

「それはどういうことなんだい?」

「あの時の真っ暗闇が、初めて感じたのではなく、前にも感じたことがあるような。しかも、それも頻繁に感じられるような気がする感覚なんだよ」

「それもおかしな感覚のようだな」

 というのを聞いて、行方不明者は、一瞬ムッとした表情になったが、

「だけど、本当のことなんだから、しょうがないよな」

 と、少し投げやりに答えていた。

 少しだけ間があったが、

「あっ」

 と、行方不明者が何かを感じたようだ。

「どうしたんだ?」

 と聞くと、

「実は今まで話していたわけではないんだけど、実は俺には弟がいて、よく親に叱られては、押し入れに籠って、出てこなかったりしたんだ。俺が感じる、あまりにも親のいう理不尽な態度に、弟は完全にキレた時など、学校にいかないといって、閉じこもっているんだ。本人は、登校拒否だって言っていたんだけどね。そんな時、俺も弟の身になって押し入れに閉じこもっている感覚になったことがある。あの時も真っ暗な中で、足場も分からない中で、急に奈落の底にでも叩き落されたような気がしてきたことがあったくらいなんだよ」

 というではないか。

 それを聞いた、もう一人のやつが、

「そうそう、お前の弟のことは聞いたことがある。その時、先生が話をしていたのを偶然聞いたんだけど、先生は、登校拒否とは言わずに、不登校って言っていたような気がする。不登校と、登校拒否って何が違うんだろうね_-?」

 といった。

 今でこそ、登校拒否という言葉はあまり使われず、

「不登校」

 という言葉が非常に多い。

 これは、中学に入ってからくらいから、苛めの問題というのが本格的な問題になってきた。

 その卑劣さは、自分が苛められている頃とはまったく違う。

「数年しか違わないのに、ここまで違うものなのだろうか?」

 と、感じたのだ。

 ただ、まだ塚原が小学生の頃、自分が苛められている頃は、苛めというのがそこまでs社会問題になっていなかったが、それは小学生の世界でのことだからだろう。

 これが、中学、高校ともなると、小学生の段ではない。

 なんといっても思春期が絡んでくると、身体も精神も、子供から大人への変革期にあたることで、その程度は果てしないものになってくるだろう。

 嫉妬が渦巻き、自分で自分を抑えることのできない子供が、パワーだけは大人になってしまったことで、抑えられるはずもないのだった。

 中学生になってから、実際に自分のまわりでも苛めの問題は結構あった。しかも、小学生の頃に自分が感じた。

「傍観者も苛めっ子と同じだ」

 という意識であるが、今度は自分が傍観者になってしまうと、

「傍観者になるのも仕方がない」

 と思うようになった。

「なるほど、下手に庇いだてなんかすると、今度はターゲットが自分に代わるだけで、何ら解決にはならない。苛めがこっちに移ったことで、苛めから回避できた人が、こっちwp助けてくれるはずもない。そんなことは分かり切っていることなのに、本来なら後ろめたさがあるはずなのに、感覚をマヒさせることで、自分は悪くないと思わせることになることに、嫌気がさしているはずなのに、どうすることもできないのだ」

 と考えていた。

「不登校と、登校拒否」

 何が違うというのだろうか?

 登校拒否というと、自分から、学校には行きたくないという気持ちの表れで、普段は、別に変わった態度をとっているわけではなく、まさか親も、子供が学校に行っていないとは思っていないこともあったりする。

 しかし、不登校というのは、基本的に陥った理由は、いじめ問題が一番多く、家庭でも、

「引き籠り状態」

 になっていて、親がいくら言っても、部屋から出てこないという場合が多い。

 一つのクラスに一人だけというレベルではなく、何人もいたりする学級があるというから厄介だ。

 親も。引きこもりの原因が苛めにあるということは認識しているので、学校に当然相談に行くだろう。

 すると、先生の方も、なるべく、問題を家庭に引責しようとする。たぶん、数が多すぎて、一人では捌ききれないという感覚があるからではないだろうか。

 捌くなどというと、嫌な表現になるが、先生としても、形式的にならざるおえない感覚で、一つ一つを解決していくしかないという思いから、

「捌く」

 という言い方になってしまうに違いない。

 学校で、先生と面談をしようと思っても、どうやら、学校側は、最初から身構えているようである。

 たぶん、苛められている生徒の親が学校に来るというのは、当たり前になっているようで、先生が親の立場でも、きっと学校に怒鳴り込んでいるに違いないと思っていることだろう。

 だから、先生も、

「またか」

 ということで身構えてしまう。

 学校側に、苛めを相談に来る保護者に対して、どのような対応をすべきかというマニュアルのようなものがあるのかも知れない。もっと社会問題が大きくなってくると、学校だけではなく、教育委員会、もっと大きくなれば、文部省(今の文部科学省)の方から、マニュアルとして、全部の学校に配布されていたかも知れない。

 だが、まだそこまで大きな問題になる前だったこともあって、マニュアルが存在するとすれば、それは、学校が作ったものでしかないのではないかと思うのだった。

 両親が学校に行った時は、そこまで、

「怒鳴り込んで」

 というようなことではなく、どちらかというと、

「藁をも掴む気持ち」

 とでもいえばいいのか、

「親としては、子供が何を考えているのか分からない。だから、まずは子供の教育の専門家である先生に聞くしかない。しかも、原因が学校にあるのであれば、学校側から、家庭内での対応の仕方をご伝授いただきたい」

 というような気持ちだったに違いない。

 しかし、実際に話をしてみると、完全に学校側では、構えてしまっていて、防御一方にしか見えず、知らない人が見れば、

「父兄が、学校に因縁か何かをつけに行ったので、学校側が身構えている」

 という構図にしか見えなかったりする。

 家族としてはたまったものではない。そんなつもりもなく、まったく何も分からない状態なので、少しは学校に聞いてみようとするのを、まるで親が引き籠りを学校のせいにしているとでも言わんばかりの態度に、身構えているとみられているのだ。

 きっとまわりもそう感じていることだろう。親とすれば、まわりから変な目で見られているように感じてしまい。普通なら、逆ギレするか、それとも、その圧力に屈するような形で、

「学校なんて当てにならない」

 と、決定的な溝を、家族と学校の間に作ってしまうかというのが問題となるのだ。

 学校側は、できれば、家族と連絡というホットラインを壊したくないのだろうが、いきなり怒鳴り込んでこられたと思い込んでしまうと、対応のしようがない。

「先生だって、人間なんだ」

 とまるで、どこかのカレンダーの標語を思い起こさせる言葉であるが、家庭は、先生をそのような目では見ていないことが、両者の間の決定的な結界となってしまっているのだろう。

 そんな学校に両親揃ってやってきた。実際に、父親も母親も、

「一人だと自分が怖い」

 と思っているほどに、いわゆる、

「瞬間湯沸かし器」

 である。

 こんな言葉、さすがに昔にしか使わないだろうが、実際に、両親ともに思っていたのだ。

 要するに、相手から言われた言葉に対して、一瞬にして怒りがこみあげてきて、冷静さを失ってしまうということである。普段は少々のことでも、怒りを抑えられるのだが、一言で変わってしまうというのは、ある意味悪いことではないと思う。

 なぜなら、その一言というのが、自分に対して言われたことではなく、他人、子供に対しての誹謗中傷などであれば、黙っている親はいないはずだ。怒りがこみあげてくるのは誰もが同じなのだろうが、一旦怒ってしまうと、そこから先、自分でもどうすることもできず、怒りに対しての感覚がマヒしてくると、何を言い出すか分からないくらいになってしまう。

 特に感覚がなくなってくると、相手が言われて一番辛いのは何かということに敏感になり、一気にまくしたてるようになると、その時点で収拾がつかなくなる。

 話し合いなどできるはずもなく。こみあげてくる怒りは、爆発するまで収まることはない。

 なぜなら、収める気持ちが本人はなく、怒り狂ってしまうと、まわりのことへの気遣いすらなくなり、誰のために怒ったのかということすら分からなくなるというほど、豹変してしまうことになる。

「一番怒らせてはいけない人を怒らせてしまった」

 と、よく言われるが、両親が単独で怒りを感じてしまうと、どうしようもなくなる。

 そういう意味では、もう一人抑えとしての意味を込めて、両親二人が揃っている方がいいというものだ。

 もちろん、二人が一緒になって、怒り狂うこともあるだろう。そうなってしまうと、本当に収集がつかなくなるのだが、塚原は、

「それならそれで仕方がない」

 と思っている。

 二人いて、どちらも収拾がつかなくなるほどに怒らせたのであれば、怒らせた方が悪いのだ。そういう意味で、怒らせた人間には、それなりに、責任を取ってもらう必要がある。

 それだけひどい言葉をぶつけたのだろう。誰であっても、怒り狂うような言葉を吐いたのであれば、本当はいけないのだろうが、殴られようがどうしようが、本人の責任だ。

 しかも、それが学校の先生というのであれば、論外である。

 少なくとも、教育に関しての仕事に従事していて、それで生活をしているのだから、相談にきた親を怒らせるなど、言語道断だといえるだろう。

 確かに、先生たちにもストレスが大いにたまる仕事だというのは分かっている。変に生徒への教育で、

「鉄拳制裁」

 などをすると、PTAや教育委員会から責められ、

「暴力教師」

 というレッテルを貼られてしまう。

 そんなことはあってはならないとは思いながらも。理不尽な生徒たちに対して、教育者としてのやり方にかなりの制限があるのだから、まるで、機関銃を持って迫ってくる相手に、竹槍で向かっていくようなものではないか。

 今の日本は、平和憲法であり、専守防衛しか認められていない自衛隊なので、自分の部隊の人間が攻撃されているのに、反撃ができないというのと似ているではないか。

 それを学校で先生が教えてくれた。

「なんで、そんなに興奮しているんだ?」

 と思うほどに、声に力が入っていて、抑揚もすごいものだった。

 きっとそれだけ、いつも感じていることと、自衛隊の話をしている自分とを重ねてみているうちに、怒りが自然とこみあげてきたのだろう。

 それから、三十年近くのちになって、

「コンプライアンス」

 などと言って、ほとんどの人間に、昭和の教師や、自衛隊員の憤りに似た気持ちをやっと感じさせるようになって、

「どうだ、俺たちは、ずっとこんな思いをしてきたんだぞ」

 と、どれだけまわりかの攻撃が大きなストレスを産むか、思い知ったかとでもいう気持ちになっていたのだ。

 だが、その時は、両親も必死に堪えた。先生のいうことは、かなり理不尽であった。帰りながら、母親は父親にあたったようだ。

「あの先生、どうしてあんなにひどいことをいうのかしらね? まるでうちの子供が悪いことをしているかのように」

 というと、父親は少し間をおいて、

「先生は、子供が悪いとは言ってないじゃないか。子供の世界のことだから、大人には干渉できないって言っただけだ」

 というと、

「それがあざといっていうのよ。そうやって、大人が逃げたら子供はどうすればいいのよ。そもそも、私たち親は先生に預けているようなものなんですからね」

 と。怒りが収まらないようだ。

「だから、相手の子供だけが悪いと言っているわけではなくて、喧嘩両成敗だと言っているんだよ。悔しいけど、先生の言う通りだ。とりあえず、今のところは、原因に関しては変に追及するよりも、これからどうするかということを話し合いたいだけなんだろう?」

「そうなんだけど、原因も分からずに、どうやって解決するっていうの? 何から手を付けていいのか分からないでしょう?」

「だけど、子供たちの世界にだって、ルールのようなものがあって、大人が踏み込んではいけない領域だってあると思うんだ。俺たちだって先生だって、子供の頃というのはあったんだ。先生もその辺りは分かっていると思うんだ。だから、変に触れちゃいけないところをいかに、気持ちを和らげてやるかというのが問題になってくるんじゃないかな?」

「あなたの言っていることも分からなくもないけど、しっくりこないのよね」

「それはそうだろう。ここで、ああだこうだと言っても、机上の空論でしかない。どうするかは結論が出ない。だからと言って、俺たちがここで先生に突っかかっていってもしょうがないだろう。先生の方も、親が興奮して話ができないのが一番困るんだ。お前だって、人と話をする時、相手が頭にきているのに、こっちも一緒になって喧嘩になってしまったら、話ができなくなることくらい、想像もつくだろう? それと一緒さ」

 と父親は、あくまでも、興奮が冷めやらない母親をなだめていた。

 だが、この辺りはさすがに、母親の扱い方には慣れているようだ。

 もう、この頃になると、母親も不倫を解消し、

「これからは家族のために」

 と思っていた矢先だったので、興奮するのも無理もないことだ。

「出鼻をくじかれた」

 こんな状態で、どうすればいいのか、考えても仕方がなかった。

「それにしても、先生は不登校という言葉を口にしていたけど、登校拒否じゃないの?」

 と、母親が思い出したように言った。

「ああ、登校拒否というのは、子供の意志で学校に行かないというもので、不登校は、行こうと思えばいけるんだけど、行こうと思わない場合を、そういうと聞いたことがある。だから、登校拒否は、広い意味の不登校になるんだそうだ」

「じゃあ、最近問題になっている苛めだったり、引きこもりというのは、不登校の部類に入るのかしら?」

「そうなんだろうね。でも、引きこもりというのは、苛めが原因かも知れない。俺が考えているのはこういうことなんだ。子供が学校で苛められているとするだろう? そんな時、家に帰ってきて子供はどう思うかな・ それまでのように、家族団らんで、ニコニコ笑っていられると思うかい? 苛めが気になって、表情も怖ってしまうだろう? そうすると、親はどう思う? 心配になって、何かあったのかって聞くだろう? それって、子供にとっては一番辛いことだと思うんだ。放っておいてくれって思うんじゃないかな? だとすると、親となるべく顔を合わせたくない。部屋に引きこもって、ゲームだけをして暮らそうって思わないかい? あれは、親に対しての反抗ではなくて、親に気を遣っているからなんじゃないかな? 下手に言われて言い返せないと、苛立ってしまって、逆ギレしかねないだろう? それよりも、引きこもって、何も会話がない方が、お互いに嫌な気分にならない分、いいんじゃないかって思うんだろうね」

「でも、それだったら、何の解決にもならないんじゃない?」

「それはそうさ。元々子供は解決するつもりはないのさ。解決できるくらいなら、最初から引き籠ったりなんかしないからね。それに、学校では先生も当てにならない。そう思うと、もう誰も自分の味方はいないと思い込む。そうなると、もうどうしようもないさ。家にいても、部屋だけが自分の憩いの場所になるのさ。とにかく、今は誰からも触れられたくないと思っているんだからね」

「そういうものなのかしら?」

 と母親も最初よりもかなりトーンが下がってきている。

 納得まではできていないが、旦那の説得力には一目置いているので、溜飲が下がるまでに、そんなに時間はかからないということだ。

 さて、そんな弟のことで親が学校に行っている間、少し表に出てきた弟と、少し話ができた。弟は、兄が苛められっ子で、その苦しみを分かってくれているということで、よく話をしてくれていた。今度は塚原が恩返しをする番なのだが、何もできないでいた。それでも、たまに親がいない時に、話をすることがある。場所は塚原の部屋が多い。弟の部屋は散らかっていて、何がどうなっているか、自分でも分からないという。

「実は俺、最近不思議な力が自分の中にあることに気づいたんだ。それをまわりのやつに話すと、完全にバカにされて、それが苛めのようになってきたんだ。露骨な嫌がらせのようなことが多くて、俺は学校に行く気がしなくなったんだ。行こうと思えばいけないわけではないんだけど、学校に行くと、何かよからぬことが俺に起きそうな気がしてね」

 と弟が言ったが、

「どういうことなんだい?」

「この間、学校にいる時、授業中だったんだけど、自分でも気づかない間に眠ってしまっていたらしいんだ。全然眠いとも思っていなかったし、眠ってしまったという感覚もなかったんだ。その時、自分の身体を表から見ているような気がしたんだ。まるで幽体離脱とでもいうのかな? で、それを先生にいうと、先生は皆の前で、俺が変なことを言っているって、大声で発表しちゃったんだよ。俺の気も知らないでさ。それで、俺は先生が信用できなくなって、学校に行かなくなったわけなんだけど、そのあとにも、何度か同じようなことがあって、気が付いたら、目が覚めているって感じなんだ」

「先生は、無視していたということか?」

「いや、そうじゃなくって、どうやら、俺が眠っていたっていうのはまわりには分かっていないらしいんだ。だから、当然起こそうともしないし、まわりも意識しない。でも、気が付いたら、机に顔を伏せるようにして眠っていたんだよな」

「夢は見たのかい?」

 と聞かれて、

「それが、どこかいつも別の場所にいるようで、何か、このまま自分が死んでしまうのではないかという意識だけが残っているんだ。それが夢なのかどうなのか、自分でもよく分かっていないんだけどね」

 というので、

「やっぱり幽体離脱なのかな?」

「そうかも知れないね。でも、それは教室だけのことではないんだ。学校に行かなくなって久しいんだけど、家で横になってゲームをしている時も、急に眠ってしまったかのようで、目が覚めると、コントローラーを握りしめたまま、眠っていたようなんだ」

「それも、どこかに行っている夢を見たのかい?」

「うん、そうなんだ。それでね。昨日なんだけど、初めて知っている人が夢に出てきたんだよ。それが、お兄ちゃんの友達だったんだ」

 というではないか?

 それが誰なのかというのを聞いてみると、どうやらこの間行方不明になったその友達だというのだ。

「どこにその友達はいたんだい?」

「あれは、真っ暗な部屋の中だったんだ。ただ、それがどこなのか、俺には分かった気がした。根拠はないんだけど、あれは、スクラップの冷蔵庫だったんじゃないかな?」

 というので、驚愕した塚原は、

「どうして分かったんだい?」

 と聞くと、

「匂いかな? 何か冷蔵庫の中に入れる脱臭剤のようなものがあるでしょう? あれは冷たい冷蔵庫の中だから匂いがしないんだけど、冷蔵庫が冷たくない時って。独特の匂いがするんだよ。その時に感じたのは、間違いない。冷蔵庫の匂いだったんだよ」

 というのだった。

「それで、どうしたんだい?」

「お兄ちゃんの友達は、別に死んでいるわけでも、死にそうなわけでもないんだ。それで少し様子を見ていると、どうやら、僕がその真っ暗な冷蔵庫の中にいて、いつの間にか、その友達は表に出てしまったような気がしたんだ。だから、僕は、身体がないまま。冷蔵庫の中にいるという感覚に陥ったんだね。そう考えていると、自分からその場所に望んで入ったような気がしたんだ。だから、怖いという気がしなかったし、身体がないのだから、抜けることも簡単にできるということでの。怖さはなかったんだろうね」

 という。

「今までに、そんな感覚になったことは?」

 と聞くと、

「前にも何度かあったけど、今回のお兄ちゃんの友達のようなケースは、珍しいんじゃないかな?」

 というのだった。

 弟がいうのは、どうやら、友達と入れ替わったような感じなのだろう。しかし、弟はあくまでも、

「乗り移った」

 という感覚しかないようだ。

 それは、もし友達にあったとしても、同じく誰かに乗り移ったという感覚だけであり、もしその意識がなかったとすれば、それは、あまりにも唐突なことで、

「夢でも見たのではないか?」

 と感じたとしても無理もないことであろう。

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