第2話 異世界転移

「ここはどこだ…?」


祐希ゆうきは眩い目蓋をゴシゴシしながら立ちあがり周囲を見渡す。


「洞窟?でも、明るい?なんか青くないか?っって!!みんなは?!」


祐希は慌てて自分が寝転がっていた場所に目を向けた。


「良かった〜。」


安堵の声が漏れた。

クラスメイトは祐希と同じく寝転がった状態でいた。

そんな寝転がっている状態のクラスメイトを祐希は片っ端から起こしていき、クラスメイトみんなで状況確認を始めた。

少し明るい髪色をした頭をゴシゴシと掻きながら祐希と同じアニメ好き・高山晴人たかやまはるとが口を開いた。


「これ異世界転移だよね?」


「何それ??」


女子たちは晴人に問い掛ける。


「異世界転移っていうのは、その名の通り異世界に転移すること。僕たちは何者かによってまた、何かの理由で異世界に召喚されることを言うんだよ。アニメとか小説でよくあるやつだね。」


晴人の言葉を聞いても、クラスメイトの反応はあまりよくなかった。

異世界と聞いて「はい、そうですか!」と納得する人はいないだろう。

そんな異世界に来たとかどうこう話しているうちに、穴の奥から人足の音が聞こえてくる。


祐希たちはその足音に気が付き身構える。

足音は次第に近づき、さらには人影も見えてきた。


「******」


聴き慣れない言語が聞こえる。声の出元は人影からだ。


「******」


人影は大きくなり、その声の正体が明らかになる。


「******」


祐希たちの前に現れたのは、白く艶のある長髪に銀色の瞳をした眼、身長は180くらい、腰の高さまである長い髭を持つ老人だった。

老人は祐希たちを見つけ、何かを問いかけているように見えた。

しかし、祐希たちには伝わらない。

老人は長い髭をもしゃもしゃと弄りながら、祐希たちを舐め回すかのように凝視した。

その結果、何か気付いたようだ。


「(言葉を理解できるか?この声が聞こえるのならそこでジャンプしてくれ)」


祐希たちの脳裏に声が聞こえた。

祐希たちは戸惑いつつもその場でジャンプした。


「(やはりそうか…お主たちは異世界から来た人間じゃろ?)」


祐希たちは「そうです!」と老人に言いかかるが老人はポカンとしている。


「(すまぬ、すまぬ。わしの声が一方的になっているみたいじゃの〜)」


老人は笑いながら、また髭をもしゃもしゃと弄っている。

先程まで何語を話しているかわからなかった老人は髭を弄るのをやめると同時に急に日本語を話したのだった。


「どうかの?わしが何を言っておるか分かるかの?」


祐希たちの曇った顔は老人が発した日本語によって多少なり緩和された。


「はい!通じます!ここはどこですか?なんで俺たちはここにいるんですか?あなたは誰ですか?」祐希たちの疑問が老人を襲う。


「待て、待て。わしが一つずつ説明していく。その前に場所を移そう。ここじゃと狭いじゃろ〜、ついてこ〜い」


祐希たちは老人に言われた通り素直についていく。というか、日本語が通じた相手に少し気が緩んだのだろう。

とりあえず、(今頼れるのは日本語が通じるこの老人だ)ということは皆思っている。

だが、なぜか老人の顔は最初から明るいとは言えなかったむしろ暗かった。


青い洞窟を祐希たちは老人を先頭にぞろぞろと歩く。

洞窟だと理解できるが、祐希たちが知っている洞窟とは異なり、洞窟内は明るく、エメラルドに輝く苔が辺りに生えており、所々には色とりどりの鉱石が埋まっている。

そんな洞窟を歩いた先には祐希たちが驚愕するような光景があった。


その空間は先ほどいた空間とは全く異なり、天井はとてつもなく高く見えない、野球場のドームくらい広い空間だった。

その広い空間にはいくつかの部屋があり、大きなテーブルに、調理場、図書館かと間違えるほどの本棚など、とてつもなく広い空間はまるで研究場のようだった。


老人は祐希たちをリビングかと思われるところにある長机に座らせ事の経緯を説明し始めた。


「わしの名はジャスミン。世間からは賢者と呼ばれている者じゃ。そして、賢者であるわしは今ある研究を行っているんじゃ。その研究の名は『時空変換理論』と言い、簡単に説明すれば、名の通り時空を変換することについての研究じゃ。その研究の実験として今回、理論を元に初の実験を行ったのじゃ」


元はじめが賢者を鋭く睨みつけた。


「その実験の結果、俺たちは異世界に召喚されたと言うことですね?」


「そ、そういうことじゃ…。すまぬ…」


自分の不甲斐なさに賢者が深く頭を下げる。

さらに元がきつい口調で質問する。


「何か解決策はあるんですか?」


賢者が申し訳なさそうに唇を噛み締めながら元の質問に答える。


「正直に言って、ない…。すまぬがまだ研究の当初であって、その最初の実験で…」


ドン!机を叩きつけ、茶髪ショートカットがふさっと揺れる琴の友達・加藤美鈴かとうみすずが立ち上がった。その目は潤んでいた。


「私たちはもう帰れないってことですか?!一生ここで生きていかなきゃいけないってことですか?!」


賢者は何も言い返すことができずに黙り込んでいる。


「何か言ってくださいよ!!てか言えよ!!」


美鈴の口調が次第に荒れ始める。

美鈴の発言にクラスメイトは便乗し賢者を問い詰めるが「すまぬ…」と賢者から返ってくる言葉その一言のみであった。


ずっしりと重い負の空気に耐えきれず、祐希は席を外した。

それを見た拓たくが祐希の後を追いかける。


「祐希この先どうする?」


「…、わからない…」


「本当に俺たちはここで一生を過ごすのか?」


「…。わからない」


祐希と拓は壁にもたれかかり尻込みすると同時に深いため息を吐く。

深刻な状況下で混乱するのは当然だが、祐希だけは誰よりも冷静であった。冷静であるしかなかった。


もし、本当にこのまま一生この世界でいることになるのなら、この世界について詳しくなる必要があるなぁ。ましてや、あの賢者を見るかぎり言語も覚える必要性が出てくるだろう。この世界がアニメや小説で見るような世界であるのならば結構楽なんだが、どちらにしろある程度の職には就いておきたい。後、……


祐希の真剣に何かを考える表情を見て、拓が聞く。


「何か考えがあるのか?」


「正直に言って賢者である人がこの状況をどうこうできない時点で元の世界に戻ることは諦めた方が良いだろう」


「そ、そんなっ!!」


「俺も正直辛いし、混乱しているし、状況もよく理解できていない。だから、この世界で生き抜くことを優先して考えた方が得策かもしれない…」


「俺たち二週間後には高校生だったんだぜ?!なのに何でこんな事に…」


「あぁ、知っている。俺たちみんな同じ気持ちだよ…」


しばらく二人の間には沈黙が生まれた。


沈黙が続くなか拓が先に口を開いた。


「…祐希、この世界で生き抜くって言っていたけど具体的にはどうするんだ?」


不安げに祐希を見る拓を祐希は今後どうするのか説明した。




一方、賢者たちがいる空間は責任の押し付け合いで、その様子はまるで地獄であった。


「あんたたち男子が集まろって言い出したのが悪いんでしょ?!」


「何で俺たちなんだよ!!」


「女子たちだって、神社で話そうって乗り気だっただろ?!」


「うるさい!あんたたちのせいで高校も行けないじゃない!!」


「それはみんな同じだろう?!てか、ここに召喚しやがったクソジジが悪いだろ?」


この状況下であっても賢者は口を出さす顔を下げただ、じっとしている。

その賢者の言動に見かねた、身長180後半ツーブロックのバスケ部キャプテン・佐々木浩也ささきこうやがその長い腕を振るい賢者に手を出す。

鈍い音がすると同時に賢者は椅子から転げ落ちる。

浩也の声は怒り、憎しみで震えていた。


「おめぇのせいでクラスがめちゃくちゃになったじゃねぇかよ。どうしてくれるんだ?あぁん?」


「…すまぬ」


「謝ることしかできねぇのか?おい!」


浩也が賢者の胸ぐらを掴み上げ激しく揺する。

このままではまずいと思い、元が止めに入るも振りほどされる。

男子数人が浩也を止めに入る。

暴力的な光景を目にして泣き出す女子たち。

まさに地獄である。


「おい、もうやめろよ!」


拓が精一杯の声で叫んだ。

地獄に祐希と拓が戻ってきた。


祐希と拓が冷静に場を宥め、クラスメイトを席に着かせた。

祐希は賢者をそおっと起こし、椅子にゆっくりと腰をかけさせた。

そして重い雰囲気の中、祐希が発言する。


「みんな聞いてくれ。俺たちの状況は深刻だということは言うまでもない。正直に言って、俺たちが元の世界に戻ることは現時点では不可能と言える。賢者が解決策を見出せていない時点で不可能だ。だから、俺はこの世界で生き抜くことを決意した」


祐希の突拍子な意見にクラスメイトたちは理解ができなかった。


「お前頭おかしくなったのか?この世界で生き抜くって、ここ地球じゃないんだぞ?」


浩也が苛立ちながら祐希を睨む。


「あぁ知ってるよ。だから、この世界のことを学ぶしかない」


「学んで何になるんだ?そんな世の中は甘くねぇぞ?」


「俺もこの世界の仕組みを知らないから浩也が言うことも分かる。でも、他に方法がないし、じっとしていても何の解決策にもならない。文句や言い訳はいくらでもできる。俺は生き抜くって決めたから、この世界で生き抜く」


浩也も文句を言っても何も解決できないことは知っている。だからこそ祐希の発言に言い返すことはできなかった。


「別に今、元の世界に戻ることができないだけであって、賢者がこの先『時空変換理論』を解明した時には、元の世界に戻ることができる。ただ、最悪のことも考えた方が良い」


祐希の意見にクラスメイトは真剣に聞き入れ、お互いの顔色を窺っている。


互いの顔色を窺うなか、不安を抱えながら拓が意を決した。


「祐希、俺この世界で生き抜くよ。この世界から戻れないかもだし…俺、頑張る」


拓の覚悟を決めた姿を見てクラスの皆までとは言わないが、次々に「俺も、そうするよ」「私も」「うちも生き抜く」と言い始めた。

しかし実際は、皆内心しかたがないという気持ちでいっぱいだったであろう。

皆の目には不安が宿っている。


賢者はその姿を見て、何を感じたのだろうか。

自分が情けなく感じたのか?どう思ったのだろうか。

読めない目で祐希たちを眺めボソッと呟いた。


「お主らは強いの…」


何か投影させたかのように祐希たちを見る賢者に祐希は近寄り頭を下げた。


「お願いします!どうか、どうかこの研究を成功させてください!そして、この世界のことを俺たちに教えてください!!」


賢者は目を丸くした。


「おいおい!何で祐希がクソジジに頭を下げるんだよ!!」


「そうだよ!!」


浩也と美鈴が声を荒げた。


「浩也、美鈴。俺も賢者を許してはいない。だが、賢者という存在はおそらくこの世界で最高峰の地位だと思っている。だから、俺は頭を下げる」


賢者を含め、祐希の言動に皆啞然としている。

賢者はゆっくりと椅子から立ち上がり、祐希の肩に優しく手を添えた。少し表情が緩くなったように見えた。


「…すまぬ。そして、ありがとう。お主らのためにも、わしは絶対に『時空変換理論』を解き明かす。当然わしにはお主らを召喚した責任がある。じゃからお主らをこの世界で生き抜くための術を教える義務がある」


賢者の顔には罪悪感が残りつつ、意を決した表情だった。


「ありがとうございます。そして、よろしくお願いします」


祐希はもう一度賢者に深く頭を下げた。

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