愛する幼なじみが転生者だった件

古希恵

序章

アルバイト店員は女子高生を救う?

 俺の人生最悪だ。


 たった一度のミスだ。そのせいで俺は会社の社員たちから白い目でみられ、罵倒され、周りの目が気になって気になって仕方がなくなった。さらに周りばかり気にするようになって仕事に集中できずにミスが重なる。もっと白い目で見られる。陰口を言われている気がする。気が気でない状態になった。仕事はやめた。


 学生ヒエラルキーの中で中間層を維持してきたと思っている。周りの空気を読みながら空気を壊さないように発言し、適度に努力して、周りからある程度は認めてもらえるようにと少しばかり頑張った。大きなもめごともなく、凪のような人生を歩んでいたのに。たった一度のミスで俺の人生最悪になった。


 仕事を辞めれば収入はなくなる。働く気が起きなかった。またミスをしてあの疎外感を味わう可能性があると考えただけで仕事なんていけない。社員で働くなんてできない。責任を負いたくない。収入がなくなれば当然家賃も払えなくなる。3カ月滞納したところで強制退去となった。35歳にして実家に戻り、引きこもりの生活だ。ただ実家に戻る条件として家に少しでもいいからお金を入れることを条件とされた。仕方なく俺はコンビニのバイトをすることにした。ある程度単純作業だし、アルバイトだから責任は負わなくていいし、この年でアルバイトとなると他のアルバイトの高校生や主婦から哀れな目でみられるが、元会社員というなんの根拠もない優越感でなんとかやり過ごしていた。

 

 もうすぐ22時だ。本来なら俺は夜勤だからこの時間から出勤となるが、高校生のアルバイトがバックレたため、急遽代打で夕方の勤務となった。急な出勤はただただだるい。22時で夕方の勤務は終わる。あと少し、客よ来ないでくれ。


「いらっしゃいませー」


 

 ちっ。女子高生が一人、店に入ってきた。22時は本来であればまだまだ活気のある時間帯のはずだが、今日は穏やかであった。すぐに上がれると思っていたのにこれだ。女子高生は砂糖入りのカフェラテとシュークリームを一つレジに持ってきた。


「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?」

「・・・・・・」

「レジ袋はおつかいになりますか?」

「お願いします」


 なんて不愛想で腹が立つ客なんだろうか。こんな奴は轢かれてしまえばいい。

 不愛想な女子高生の客がいなくなったのでスタッフルームに引き上げようとするとまた客が入ってきた。その客の顔をみた瞬間に血の気がさっと引くような感覚に襲われる。女性で髪は肩にかかるかかからないくらいで、少し丸顔だがすっとしている顔に良く似合う髪型だ。優しい目元、誰に対しても屈託のない笑顔をみせられる女性。かつて自分が働いていた職場の後輩だ。最悪だ。こんなところで会うなんて。夜勤のやつ早くレジにこいよ。あぁ最悪だ。

 彼女はお茶とおにぎりを一つ選び、レジに向かってくる。何事もなくやり過ごそう。

「・・・・・・いらっしゃいませ・・・・・・」

 ごくごく小さい声で対応してやり過ごそう。幸い彼女はこちらには気づいていないようだ。手元にあるスマホをみながらなにか操作している。結局この子もさきほどの女子高生と一緒か。

 操作していた手を止め、スマホの画面を見せてくる。表示画面をよくみるとコンビニのポイントカードの画面であった。俺の顔をみてにこっと微笑みながら差し出す。できるだけ目を合わさないように対応していたが彼女は俺のことを思いだしたのか、俺の顔をみながらだんだん顔を傾けて覗き込んでくる。


「あっ! 相川先輩じゃないですか! お久しぶりです!」


 コンビニ店員と元後輩というどちらの立場となっても気まずい状況ながら彼女は屈託のない笑顔でこちらに話かけてくる。


「やっやぁ・・・・・・えぇと・・・・・・元気、だったかな?」


 返事しないわけにもいかず、かといって話を長引かせたくもない。俺のことを嫌って今後、このコンビニを選ばなくなる可能性すらある。もう会わない可能性があるのならば、会話もせずに不愛想に対応すればよかったもののこの屈託のない笑顔の前にはそんな邪見に対応することもできず、たどたどしい態度になる。


「私は元気ですよ! 相川先輩にたくさん教えてもらいましたから。先輩もお元気そうで・・・・・・いや元気ではないか・・・・・・」

「やっぱり聞いて・・・・・・るよね」

「そうですね。社内で噂になってましたから。でも、私は先輩のこと嫌ってないですよ!」

 そう彼女は俺がどれだけひどい扱いを受けていても、かわらず接してくれていた。先輩からも関わるなくらいは言われてそうだったが、平等に一人の先輩として接してくれていた。でも、その態度が辛かった。

「あれだけのミスをしたらね、まぁ俺が悪いよ」

「いえ! 人は誰にでもミスはあります。強いて言うなら、ミスをしたあとの相川先輩はちょっと、あれかもしれません、なんか人のせいばかりにする・・・・・・と、いうか・・・・・・」

「え、最後なんて言ったの? まぁでも俺はミスする前もミスした後もダメな人間だったんだよ。だから会社から追い出された」

 それまで笑顔だった彼女の表情が曇ったように見えた。

「ほら今も人のせいにしてます。私が入ったころの先輩は活力に溢れていましたし、真剣に取り組んでいたし、真摯に誠実な人でした。一つミスをしてから、やる気も活力もなくなった気がします。一回のミスがなんだっていうんですか! 私は悲しかったです。始めに指導してくれていた相川先輩は憧れでしたから。だから立ち直ってほしいです!」

 そんな風に見られていたのかと思うと嬉しいやら悲しい、いや自分が不甲斐なさ過ぎて悔しいやらで言葉がでない。

「あぁっと・・・・・・ごめんなさい。あのお会計は?」

「ごめんごめん、458円になります」

「人生七転び八起きですよ!」


 そう言うと彼女はコンビニから走り去っていった。俺はまだやり直せるのかなぁ。


──────



 帰り道、ひと気のない道を実家まで一人歩く。そこそこの交通量はあるが、22時を過ぎて人はまばらだ。もう少し先に信号がみえる。信号の近くには女子高生らしき人物が見える。よくよく見るとコンビニに着ていたあの不愛想な女子高生だった。手元のスマホに集中し、まるで信号を見ていない。


「あれじゃ車が近づいても気づかないんじゃ・・・・・・」


 思わず口にだしてしまった。信号が赤に変わり、止まらなければいけないところを女子高生はそのまま直進する。そして、その向こうにはスピードを全く落とさずに侵入してきそうなトラック。これはまさか双方気が付いていないんじゃ。


 そのとき俺は走り出していた。会社の後輩に発破をかけられたからかもしれない。まだ自分はかわれるんだと信じたいからかもしれない。俺は走り出していた。引きこもり生活の弊害か自分で考えているよりも足は前に進まない。でも、なんとか女子高生だけは助けたい。無我夢中で走っている。女子高生のそでをつかむ。すべてがスローモーションのように見える。今までの記憶がよみがえる。これが走馬灯ってやつなのか。女子高生を押し出すには間に合わない。せめて自分が轢かれて女子高生だけでも守らないと。トラックが近づく。




 そのあとの目が覚めたときには、自分の知らない世界が広がっていた。


 あの女子高生は助けられたのだろうか・・・・・・。

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