第2話 邂逅

 ヴェンがアイリーンを意識し始めたのは五歳のときの出来事がきっかけだったかもしれない。彼の両親は村で家農業を営み、生計をたてていた。決して裕福な家族ではなかったが、つつましくも幸せな家族であった。ヴェンはオースティン家の次男として生まれた。


村にはお産を行う医院は一つしかなく、村長であり、貴族のロクサス家も例外なく、そこで生命の誕生に向かい合う。ヴェンが生まれた日と同じ日にロクサス家でも双子の女の子が生まれた。アイリーンとエミリーであった。この村では貴族や平民、身分の違いで差別されることはない。村長であるトラウト・ロクサスが村民全員に分け隔てなく接し、家族にもそう接するように命じていたのだ。村人全員がほぼ顔見知り、平和な村である。


そんな中、同じ日に生まれたアイリーン、エミリー、ヴェンは生まれた日を境に母親同士が意気投合したこともあり、ほとんど毎日顔を合わせ、遊んだ。子供たちが仲良くなることで親同士の交流も盛んになる。村長である双子の父であるトラウト・ロクサスが経営についてアドバイスすることもありオースティン家の経営は上向いていき、小さな村ながら首都にも農作物を売りに出すまでになった。

 

 ヴェンたち三人は物心つくまえから一緒に過ごしていたので常に一緒にいることになんの疑問も抱かず、毎日を過ごしていた。


しかし、これをよく思わない親も小さい村ながらいるものだ。親から悪口を聞いたその子供は親が悪口を言っている子供に嫌悪感を抱く。親の影響でヴェンは村の子供たちからいじめのターゲットとなっていた。五歳にもなると自身がいじめらられていることを自覚できるようになってきていた。いじめはいつも決まってロクサス家からの帰り道、屋敷からちょうど見えなくなる雑木林の小道の中で始まる。


「村長からひいきされて、ずるーい。村長からひいきされてるならおれらが痛めつけてもいいよな?」


 ロクサス家からの帰り道、一人になったところで、意味不明な理由で待ち伏せをしていたと思われる村の子供たち三人組がヴェンに石を投げつける。ヴェンよりも大きい子供だ。主犯格の子供は少しぽっちゃり気味で、取り巻き二人は気弱そうな、細身の子供。

ヴェンは石を投げつけられても無視していた。それはアイリーンが小さい時から大人びていたことが影響している。三人でいるときから嫌味を言われることも日常茶飯事だった。そんなときアイリーンは決まっていう。


〈いじめる奴らは心が弱いだけ、自分たちを強く見せようとしているだけ。そんな奴らにかまう必要なんてない。無視すればいいの!〉 


 だからヴェンは石を投げつけられたぐらいでは動じない。無視していたほうが自分を守ることにつながることを知っていた。アイリーンに言われたことを守っていたのだ。


「・・・・・・」


いつものように無視していると、普段は遠いところから石を投げるだけの子供が近づいてくる。


「おい! 毎度毎度無視するなよ! 平民のおれらじゃ話したくないってか。同じ立場のくせに!」


 じりじり近寄ってくる。ヴェンはいつもと違う動きに少し嫌な予感を感じる。目を合わせないようにそのまま帰り道を歩き続ける。すると、とうとういじめの主犯格だと思われる子供が急に走り出し、ヴェンにとびかかってきた。

 主犯格の男の子はヴェンに馬乗りになって殴り始めた。ヴェンは自由を奪われ、拳で右に左に殴られ続ける。身動きが取れず、ただ殴られ、顔から感じる痛みは恐怖をへと変わる。このまま自分はどうなってしまうのか。


 怖い怖い怖い。


 恐怖に支配され、無視なんてできない。痛みで、恐怖で涙がでてくる。アイリーンとエミリーと仲良くしていただけでなぜ殴られ続けなければならないのか。ただいつもと同じ毎日を過ごしているだけなのに。


「うぇ・・・・・・ひぐっ・・・・・・。もう、やめっ」

「お前はアイリーン様と違って、才能がないからな! 反撃できないんだろ。なにしてんだよ二人とも手伝えよ」


 取り巻きの二人がヴェンを囲み、主犯格の子供のいじめに加勢する。主犯格の子供は一切手を緩める様子はない。手で顔を守るヴェン。もういじめではなくリンチの様相だった。無抵抗の者に一方的に振るう暴力。あまりの横暴さに取り巻き二人が躊躇し始める。


「さすがに、やりすぎだよな?」

「うん・・・・・・」


 手をとめいったん離れる二人。


「おい! こいつが悪いんだぞ、何やったって・・・・・・」


 主犯格の子供が全く理屈の通らないリンチの理由を述べてる途中、ヴェンに馬乗りになっている子供が突然ふっとぶ。


「えっ・・・・・・」

「大丈夫ヴェン? 少しの間、見ていたから事情は説明しなくていいわ」


 アイリーンだった。柄に入れたままの剣を主犯格の子供めがけてフルスイングし、子供はふっとんだらしい。


「痛ってぇ。げ、アイリーン様。これにはわけが・・・・・・」

「言い訳無用。一方的に暴力をふるうなんて許さない。私たちと遊んでるからオースティン家は優遇されているとかそんな理由でしょ。見てたからわかるし、たとえ理由が本当にあったとしても無抵抗な子を殴り続けるのはただのいじめだよ。やられた分やり返すよ」


 アイリーンは五歳とは思えない言葉遣いをするときがある。天才たる所以か。このエスコ村、いやネフタリ王国に五歳から魔術に長け、剣術を扱える子供なんていない。アイリーンを除いて。彼女は才能に溢れている。だが、それには絶えず努力しているという事実があることもヴェンは知っている。


 これから何をされるのかわからない恐怖で後ずさりするいじめっ子たち。


「に、逃げるぞ!」


 主犯格の子供が一目散に逃げだし、それに続く取り巻き。アイリーンは子供たちに向けて手を広げる。すると手の周りからどこからともなく火の粉があらわれ、その子供たちのおしりめがけて飛んでいく。


「あっち、アッツいよぉ、ママーーー」


 おしりに着弾した火の粉は服だけ燃やし、おしりが丸出しになったところで消える。いじめっ子たちは泣きながら雑木林を駆け抜けていった。


「ありぃがどう」

 鼻水を垂らしながらアイリーンに抱き着く。

「ほらよしよし、元気が出るまじないをしてあげよう」


 優しく頭をなでてくれていた手を離し、ヴェンの前に立つアイリーン。すると突然スカートをたくし上げ、ドヤ顔でパンツを見せてくる。理解のおいつかない出来事にヴェンの涙はとまっていた。


「男はこれで元気になるものでしょ?」


「なにしてるの。パンツ見たら元気になるものなの?」


 彼女はたくし上げていたスカートから手を離し、目を見開き、一歩後退する。驚愕の表情で彼を見つめていた。


「五歳だってエロに興味はあるんじゃないのか・・・・・・」

「でも、なんだか元気が出た気がするよ。ありがとう。それよりもアイリーンはやっぱりすごいね。僕たちより大きい子だったのに仕返しちゃうんだもん」


 なぜか少し残念な表情を見せるアイリーン。賞賛の仕方を間違ったかとどぎまぎする。彼女は本当にすごい。自分にできないことをあっさりとやってしまう。彼女のすごさ、努力は常に近くで見てきた。仲良しの三人でいつも同じ指南を受けてきた。


 結局、実践まで至るのはアイリーンだけだったが、自分ができないことをあっさりやってしまう彼女のすごさは五歳ながらわかっていたのかもしれない。


「ヴェン、ただじっと我慢することも時には必要だけれど、その時の状況をみて行動を変えることも必要よ。今回は助けにはいるのが遅れちゃって申し訳なかったけど」

「アイリーンに無視してれば大丈夫だって、いじめっ子が現れたとしてもそんなの無視してれば大丈夫だって言われたから無視してたけど、ダメだった」

「石投げられてるくらいだったら無視してればいいんだけどね。今回はとびかかってきそうな雰囲気だしてたから、走って逃げたり、うちに戻ってきてもよかったかも」

「フインキ? そんなのわからないよ!」


 ときおり彼女は難しいことを言ってくる。ただ言われたことをやってみただけだったのに。


「ただ教えられたことを実践してもダメなの。教えられたことを元に、その場の状況に合わせて考える。相手がどんなことを言ってきているのかとか、自分までの距離がどれくらいなのかとか」

「全然わからないよ」

「要は相手のことをよく観察するってこと。まっこの村にいる間は私がヴェンを守るから大丈夫。安心して!」

 そういうと満面の笑みでヴェンの手をとり、立ち上がらせてくれる。


 彼女はいつでも前を歩いている。いつか自分もアイリーンを守れるようになりたい。今日のように誰かを守れるように強くなりたい。天才に追いつきたい。隣で立って、一緒に、同じスピードで歩みたい。


 ヴェンは五歳にして強烈な憧れを抱くことになった。

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