第2話 魔術と剣術

 魔術というものは生まれたときから決定的な差が現れる。それはその本人が持っている魔力総量の問題である。魔力総量は生まれ持ったものから変わらないというのが常識である。アイリーンは生まれたときから人よりも二倍以上の魔力総量があると言われていた。本当はもっと多いのかもしれないが、魔力総量を目に見えるようにすることは難しく、使用できる魔術や、幼い頃から魔術が使えるということで魔力総量はだいたいで見積もられる。魔力総量が多いということは大規模な魔術の起動もできるし、多数の魔術を繰り出すことも可能だ。そういったところで魔力総量は判断される。


 生まれたときからアイリーンは天才だった。言葉を発することができるようになった2歳の時点で魔術を使い、大人たちとある程度会話が成立していたという。

 平凡なヴェンが天才アイリーンに追いつくためには魔術を深く理解し、工夫するしかない。いじめっ子からアイリーンが助けてくれたあの日から、ヴェンは追いつくために必死で努力を重ねていた。五年間、魔術を学び、どうすれば自分の平凡な魔力総量で強く大きな魔術が起動できるか必死で考えていた。通常魔術は早ければ五歳で使えるようになる。魔術について概念がなんとなく理解できるようになると扱えるようになり、修練を積んでいけば精度が上がってくる。修練を積むには教えてくれる先生が必要で、ヴェンはアイリーンと一緒に学ばせてもらっていた。しかし、あくまでメインはアイリーンのため自身の魔術の精度を上げることにはつながらない。自分で修練をやるしかなかった。

 そのために、なにかヒントがあるんじゃないかとヴェンはアイリーンのことをよく観察していた。ヴェンは想像もしていなかった現実を目の当たりにする。

 アイリーンは早朝から村の外れまで走り、幾重の魔術を発動し、一呼吸入れたと思えば次には剣を振るう。そうしてロクサス家に戻り、朝食を食べ、今度は師範から剣術の稽古があって、午後には魔術の教えを受ける。それが終われば今度は村の小さいがたくさんの本が置いているグレッグ家に出向き、本を読み知識をつける。家に戻ってきて食事を摂ったあと早々に魔術の研究に勤しむ。

 

 ヴェンは知らなかった。稽古には付いていって同じように指導を受けていたが、こんなにもアイリーンが日々努力していることを知らなかった。アイリーンは天才なんかじゃないちゃんと努力もしているんだって、稽古している場面だけみて知った気になっていた。生半可の努力ではなかった。一日すべて自分を高めることに使っていた。


 なんとしてでも追いつきたい。必死だった。

 アイリーンは詠唱も魔法陣の記述もせずに魔法を起動させていて、それが普通だと思っていたが、調べれば調べるほど規格外であることがわかった。

 

 無詠唱での魔法の起動は論理的に発動可能であるが、実際に行ったものはいないとどの本にも書いてある。魔法陣の記述や詠唱は魔法を発動させるうえでイメージとなるものだ。Aという詠唱を唱えればAという魔法が起動する。Bという魔法陣を記述すればB魔法が起動する。これが真実であり、常識であった。理論上、Aという詠唱、Bという魔法陣を頭の中で描くことができれば魔法は起動するはずなのだ。

 

 しかし、世界の常識では記述がなければ、詠唱がなければ起動するはずがない、この考えが根底にあるから無詠唱で発動させることは無理難題だと思われていたのだ。


 アイリーンはこれをわずか三歳でやってのけている。小さいころは何をやっているかいかにすごいことをやっているか全くわからなかったが、十歳になったいま、いかにすごいことをしているか魔術を学ぶものとして肌で感じる偉大さ。

 無詠唱についてアイリーンには直接聞いたことがない。いずれ隣に立つ男として、ヴェンの意地でアイリーンかに教えを乞うことはしたくなかった。


 五歳からヴェンも剣術の指南も受けるようになった。双子の姉妹の父で、村長であり、ネフタリ王国元騎士団長であるトラウト・ロクサスに頼みこみ、アイリーンたちと一緒に修練している。そして、ごくたまにトラウト自身がヴェンの剣術の修練に付き合うこともあった。


 今日も起きてからの日課で村を走っているとロクサス家の前でトラウトに話しかけられ、剣術の指南が始まった。


「いいか手をとめるな。相手をよく観察しろ。上半身の動きばかりみていると後ろとられるぞ」


 そういうとトラウトは一瞬にしてヴェンとの距離をつめる。下から上にヴェンの持っている剣を打ち上げ、無防備になった状態のヴェンの後ろに回り、頭の上に剣をちょこんと乗せる。


「まだまだだな」

「これからです。僕はもっともっと修練しないといけないんです」

「いいねぇ。男はそれくらいの根性がなきゃな。だが、修練ばかりで体を休めることも修行の一つだぞ。教えてもらったことを体で覚えることはもちろんだが、頭で動きを理解することも大事だ。だからちゃんと休めよ」

「わかりました」

「素直でよろしい」


 そう言って頭をくしゃくしゃにするように撫でてくる。


「ヴェンは剣術の修練は好きか?」


 少しヴェンは考える。剣術も魔術もすべてはアイリーンに追いつくため、アイリーンの隣に立つふさわしい男になるため日々修練を続けていて、自分自身が剣術を魔術を好きかどうか考えたことがなかった。


「そう、ですね。どっちかというと剣術は好きかもしれません。体を鍛え、より剣を振るうことができる者が強い剣術使いになれると思ってましたが、それだけはなく、型も覚えるし、相手の動きをとらえながら剣を振る、持ってたより考えることが多くて発見があって楽しいです」


 魔術は元々頭で考える。理論が中心であることはわかっていた。理論を勉強していくことは魔術でも発見があり楽しい。しかし、魔術は理論がわかってもどうしても自身の魔力総量によって発動できる魔術に限界がでてくる。それに比べて剣術は自身を高めれば高めるほど結果に反映される。改めて考えると剣術が好きなのかもしれないと気づいた。


「そうか。ヴェンは剣術のセンスがある。もちろん日々の努力のたまものだ。それに加えて頭で考えて動きに投影することに長けていると俺は思う。アイリーンは剣術も化け物だが、ヴェンだっていつか追いつけるくらい強くなれるかもしれない」

「本当ですか! だったらもっと修練しないと! 早くアイリーンに追いつきたいんです」

「だから休むのも修練の一つだっていっただろ。焦らず一歩一歩前へ進むんだ。急に強くなるなんてないんだからな」


 トラウトは家の中へ戻っていく。早く追いつきたい。


 あれでも、追いついて僕はどうしたいんだろうとふと疑問が浮かぶ。ロクサス家の二階を眺める。するとエミリーがこちらを見ていた。手を振るとエミリーはすぐに窓からはなれ、カーテンで身を隠してしまう。あられもない寝間着姿のエミリーが一瞬現れる。今日はいいものがみれた。


「ヴェン、うちで朝ご飯食べて行けよ。まだなんだろ?」

「いただきます!」


 汗をぬぐいながら「全然エミリーと話してないなぁ」とつぶやく。

 ヴェンは寂しい気持ちと愛おしい寝間着姿を想像しながら、ロクサス家の中に入っていった。

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