第3話 それは少年への裏返しの気持ち

 ヴェンが日々鍛錬を重ねる中、アイリーンの双子の妹、エミリー・ロクサスはいつも三人で一緒にやっていた修練をサボるようになっていた。

 アイリーンが十歳になり、冒険者としてネフタリ王国の統治ギルドから史上最速でSランク認定されて、迷宮区攻略に行くこともしばしばあった。そのため修練にアイリーンがときおりいないということもあり、父の剣術の修練やグレッグ家での勉強も行かなくてもいいかと思いこもうとしていた。だって修練はアイリーンのためにやっているのだから。


 だが、実際は違う。


 本当のところは才色兼備の天才アイリーンと比べられ続け嫌気がさしたのだ。小さい頃から魔術が使え、五歳にして剣術の指南を受けたいと言い出したかと思えば、十歳を迎える前に双剣流でマスターレベルの腕前になり、さらには新たな流派を取得しようとしている。そんな姉とは違い、魔術はやっとコントロールできるようになってきたが、剣術なんてお遊びレベルにしかなってないとエミリーは思っていた。姉には劣るが、魔力総量は一般的に比べると多いと言われていたので、生まれてから間もなく双子で天才と呼ばれていたそうだが、年数を重ねてみればあっという間に姉の姿は見えなくなっていた。

 

 アイリーンは魔術も剣術も使えるのに、エミリーはなにもできない。


 エミリーはいつも後ろにくっついているだけだ。


 みんな好き勝手言ってくる。好きで天才の妹として生まれてきたわけではない。物心ついたときにはたかがこんな小さな村ですごいと言われてもと自分に言い聞かせていたけれど、統治ギルドでSランクの冒険者認定されては村だけではなく、王国まで名が知られるということだ。村だけにとどまらない、エミリーの自分を慰める言い訳は意味をなさない。


 エスコ村はネフタリ王国のアンバギ領にある小さな村だ。ネフタリ王国の外には魔物がいるといわれている。森もあれば荒れ果てた大地、洞窟、様々な世界が広がっているという。

 さらにその外の世界には迷宮区といわれる場所があり、ここで回収できる水晶石が生活にかかせないものとなっていた。


 火を使うにも、水を使うにも水晶石が必要であり、冒険者は主にこの水晶石を安全に回収できるように迷宮区を攻略していくことが主な仕事であった。迷宮区内には魔物が多く、攻略は至難の業だ。迷宮区が攻略できなくとも水晶石を回収してくれば大いに讃えられる。無理に攻略しようと、進んでいけば命を落とすこともある。冒険者は死と隣り合わせの仕事であり、生活を支える仕事であることからネフタリ王国では冒険者は羨望の眼差しを送られる。


 一攫千金と名誉のため冒険者が急増し、それに比例し死者が増えていった時期があり、人口減少を危惧したネフタリ王国の騎士団長エラクス・ロクサスが統治ギルドを立ち上げ、統治ギルドより認定された冒険者のみが王国外での活動を許されることになった。活動内容や迷宮区にいくためのパーティの編成などがランクによって制限されている。A~Eの五段階で分類され、Aが一般的な冒険者の最上位ランクである。

 

 アイリーンはその上をいくSランクである。冒険者は統治ギルドに申請、その実績によってランク付けされるが、Sランクは統治ギルドより直接付与される。魔術剣術、なにかに秀でて単独での迷宮区攻略も視野に入る実力者のみ付与されるランク。アイリーンの無詠唱魔術は小さな村からでも王国の首都まで届き、統治ギルドより派遣された使者に実力を見せ、アイリーンはSランク認定された。


 こんな優秀な姉なのだ。小さい頃はわからなかった。姉はなんだかすごいらしく、すごいから魔術も剣術も先生がいて教えてもらっていて、一緒に遊んでいたヴェンとともに教えられていた。

 だが、彼女にはさっぱり才能がなかった。高度な内容を小さい頃から受けていたこともあり、同年代から比べれば魔術も剣術も扱うことのできる優秀な人材であったが、あまりにもアイリーンが優秀すぎた。常に比較され、比較されるたびに向けられる落胆の表情を見るのがエミリーは苦痛であった。


 十歳になり、ある程度知識もついてくるとできることよりもできないことばかり目を向けてしまう。一緒にいたヴェンはいつも努力していた。彼が変わったのはおそらくいじめられたところお姉ちゃんに助けられてからだろう。

 

 あのころの彼は顔に小さなケガが増えていた。なにかあったんだなと小さいながら理解していたし、お姉ちゃんも気づいて彼に助言していたと思う。顔に傷ができてからというものエミリーは心配でロクサス家を後にする彼をいつも隠れながらついていっていたのだ。

 あの日も後をつけていた。すると、いつもは石を投げるだけで終わるいじめが、馬乗りで殴り続けるというただの暴力になっていた。お姉ちゃんを呼びにいき、助けを求めた。少しの間殴られ続けるヴェンを見ていた。あの時、なぜお姉ちゃんはすぐに助けにいかないのだろうといら立っていた気がする。

 周りを囲んでいた二人の男の子がいったん離れた途端、お姉ちゃんは走り出し、いじめっ子を撃退したのだ。私はなにもできず、ただ見ているだけで、そのまま家に戻った。

 

 あの日からだ。彼がより一層努力を重ねるようになったのは。前のめりで剣術も魔術も修練を重ねるようになり、お姉ちゃんには及ばないものの動きはよくなっていることは私でもわかった。

 今日も朝から走り込みをしている。お父様が声をかけ剣術の修練が始まっていた。お姉ちゃんもすごいと思うけれど、こんなに頑張り続けるヴェンもすごいと常々思う。それに比べて私はなにも頑張っていない。同じように時間を過ごしているのになにも進めていない気がした。


 あぁまた嫌な気持ちになる。

 

 修練が終わり、こちらをみた彼が手を振ってくれた。いじめられていた頃のあどけなさは残っているが、いつの間にか精悍な顔つきへと変わってきている。私は思わずカーテンを閉めて隠れてしまった。もう少し寝よう。

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