第4話 彼は颯爽登場し、彼女の心奪う

「エミリー、もうアイリーンとヴェンは修練始めてるわよ。あなたはいかないの?」


 母が呼ぶ声が部屋の前から聞こえる。再び寝てからまだ時間はそこまで経っていないのか。ヴェンと姉のアイリーンは時間があれば修練をしている。エミリーはここ数カ月、ほとんど修練を行っていない。


「調子悪いから今日も修練はいいよ」

「そっ、無理しないでね。なにかしてほしいことがあったら言ってね」


 母は彼女に無理強いせず、ただ見守ってくれている。姉と比較され傷ついているさまを見てきたからか、彼女は母のやさしさに甘えていた。

 家の外からは剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。ヴェンはアイリーンと剣術の修練についていけるようになってきていた。彼の努力のたまものだろう。どんどん置いていけれてしまっている。わかっている。私が努力を怠っているからだ。近づく努力もせずに追いつけるわけがない。

 修練の音が聞こえてくることが耐えられなくて、家をこっそり抜ける。家には裏口があってそこから抜ければ修練している場を通らずに済む。魔力感知されれば家から抜けたことはばれるかもしれない。しかし、彼女も最近修練していないとはいえ、小さい頃から魔術に触れてきている。魔力感知されないように魔力をコントロールすることは造作もない。魔力をコントロールし、修練しているヴェンたちにばれないように村の外れに湖に向かった。


 お姉ちゃんがヴェンを助けた後、いじめの対象はいつしかエミリーに代わっていった。エミリーは修練を途中で抜け出すことがあった。だが、父はいつも姉のアイリーンのことばかりみていて、エミリーが抜け出しても意に介していなかった。それが悲しくもあり、私は必要とされていないのだと考えてしまう。


 いつも決まって一人でいるときにいじめられる。取り巻きたちはお姉ちゃんがきたらすぐわかるように監視、主犯格の子供が罵詈雑言を浴びせ、石を投げる。狙ってくるのは傷が見えない下腹部の部分ばかりだ。ヴェンをいじめていた子供たち。もはや少年となり、もうすぐ成人となる十五歳手前だろう。少し頭を使うようになったと思ったら悪い方向に育っている。

 今日も痛みに耐えて無視していれば大丈夫。ヴェンがやっていたようにやり過ごすんだ。反応さえしなければあきてくるだろう。誰も私を見てくれていない。自分でどうにかするしかない。助けてくれる人はいない。だって、頑張っていないから。努力していないから見てくれないんだ。


「全然面白くないんだよな」


 突然主犯格の少年がエミリーに向かって話しかける。


「最初はさ、石ぶつければ泣くし、暴言吐けば泣くし、面白かったのにさ。最近は全くだもんな。前から無視はされてたけど、泣きもしなくなってつまらん」


 エミリーはその言葉すら無視していたが、自分に向けられる視線に嫌悪感を覚える。体が震えてきていた。


「エミリー様は十歳だけど、いい体していますよね。アイリーン様は顔は美人だけどちょっと筋肉質で男っぽい。エミリー様は胸も少し大きくて肉感がありますよね」


 逃げないとと思った。これは今までと違う。石を投げつけられるだけではすまないと頭では理解していた。だが、恐怖が勝って足がまったく動かない。ここで抵抗してさらにひどいことをされるかもしれない恐怖。誰も助けてくれない恐れ。村の外れの湖にはちらほら人もいるが、木々が生い茂っており、何をしているかまでは見ることが出来ない。声をだせばいい。


「い、いやっ・・・・・・」


 最近人とあまりにも話していなかったので急に大声をだすことができなかった。そんなうちに少年はエミリーに距離を詰め、押し倒す。口をふさがれ、両腕をつかまれ抵抗できない状態にされる。恐怖から涙がとまらない。助けて。


「おい、周りに誰もいないか」

「へい! 今は近くにだれもいないですよ」

「いいかお前ら誰も近づけるなよ。大人がきたらすぐに報告しろ」

「わかりました!」


 片手で両腕をつかまれ馬乗りの状態になっている。これじゃヴェンのときと同じだ。でも、あのときと違うのは彼女の尊厳が奪われようとしていること、助けてくれる人は誰もいない。彼女は絶望し、ただひたすら涙を流す。

 口から手が離れるが恐怖で声がでない。

 外した手で上から一つずつ紐をほどかれていく、下着が見えてくる。


「十歳でもうつけてるのかぁ。泣きながらだとそそられるねぇ」


 あぁ私はこんなところで最悪の思い出を刻まれてしまうのか。いつまでたってもお姉ちゃんには届かない。一人じゃなにもできないんだ。


「随分お楽しみだね」


 少年の後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。突然聞こえてきた声に少年も驚き、拘束していた腕がほどかれる。


「エミリーこっちにこい!」


 声の聞こえるほうに精一杯の力を振り絞り、馬乗り状態だった少年を倒し、声の方向に走る。突然下から押され不意を突かれた少年はしりもちをついていた。


Light a fire火を灯せ


 少年に向けられ詠唱された魔術は実態となり、しりもちをついた部分から火がともされる。


「アッツ、あちぃぃぃぃ」


 少年は叫び声を上げながら湖にむかって走る。少々大きく灯っている火は湖に入り沈下された。先ほどしりもちをついたときと同じような格好で湖のほとりに座る少年。


「大事な幼なじみに手だしたら次は全身まるこげか、お前の棒を叩き切るからな。不能にしてやるよ」

「ヴェン・・・・・・。てめぇ。村長の娘と仲が良いからひいきされていい教育を受けてぇ、それで俺に攻撃かぁ?いいご身分だな」

「とんでもなく小物な意見だな。ってかな、いい教育っていってもあれはアイリーンのためにやっているやつでな。こっちはほとんど独学に近いんだよ。あとなお前にいじめられてアイリーンに助けてもらってから僕は必死だったんだ。ひいきとか言うな!」


 ヴェンだった。颯爽と登場し、私を助けてくれた。


「今回は尻のやけどで済ませてやったからな。もう二度と、エミリーに手出すなよ。襲ってなかったから多少放し飼いにしてやったが、今回は許さん」

「うるせぇただ運がよかっただけの野郎がよ」

「運だと? 運なら最悪だよ。あの天才と同じ日に生まれて、自分がどれだけ無力か毎日まざまざと見せつけられて、小さいころにはあの可憐な少女に颯爽と助けられてんだぞ。男としての尊厳なんてボロボロだよ。なんも努力もしないで弱い者を狙うクソやろうにはなりたくないから頑張ったんだよ。これでも全然追いついてなくて。あぁでもアイリーンは強いし、美人なんだよな」


 最後、急にお姉ちゃんを褒めだした。少し気持ち悪い。お姉ちゃんを思い出したのか少し顔が緩んでいる。ますます気持ち悪い。


「エミリー前はだけてるから」

 緩んだ顔で指摘してくるヴェン。たしかに今私はあられもない姿をしていた。

「ッ!」


 声にならず恥ずかしさと助けられた安心感から体から力が抜ける。その場に座り込んでしまった。


「湖で座っている少年! 取り巻き二人は寝てるから尻が冷えたら連れて帰ってね」


 少年は茫然としたまま何も発さなくなっていた。


「監視していた二人はどうして寝てるの?」

「あの二人は魔術で驚かせて、みねうちしたら失神したよ」


 なんてことはなかったというように笑顔を見せるヴェン。小さい頃はあんなに無抵抗でなにもできなかったのに。今はこうして助けに来てくれた。


「じゃ、エミリー帰ろうか。ほら手だして、立てる?」


 差し出された手。

 私も助けられるだけじゃ嫌だなと思う。あの時のヴェンもこんな気持ちだったのかな。自分も努力すれば人を助けられるくらい強くなれるのかな。ヴェンの隣に立っていたいな。頑張れるかな。

 いや、頑張るんだ。いつかヴェンがピンチの時に助けられるように。


 エミリーは淡い想いと自分への期待を込めてヴェンの手を握った

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