愛する幼なじみが転生者だった件
古希恵
序章
第1話 告白したはいいけれど、元男らしい
何度だって繰り返す
君が生き続けている世界が見つかるまでは─────
***
十五歳を迎えた誕生日の翌日、ヴェン・オースティンは今まさに思いを伝えようとしていた。
小さいころから憧れ、とんでもない才能に追いつけるようにと日々努力を重ね、そして今しがた決闘を申し込み、ぼろぼろになりながら辛くも勝利を収めたこの瞬間に膝をつく彼女に手を差し伸べる。先ほどまで息つく間もなく、戦いつづけ、草原の匂いも感じられていなかった。澄み切った空気が深く息をすることで全身を巡る。ヴェンは意を決して、彼女を抱きしめ耳元で囁く。
「アイリーン。君のことが好きだ。小さいころに僕が村の子供たちにいじめられて、助けられたあの時から。いや本当は出会ったときから、生まれた時から隣にいて、そこから君に惹かれていたのかもしれない。僕はそう君を愛しているんだ」
剣技を磨き、魔術を極めるこの世界において、自身の出せる最高の剣術と魔術をぶつけ合う決闘で勝利するというのは大きな意味をなす。決闘の勝利は優劣を決めるものだが、長年追い続け、前を走り続けていたアイリーンに勝てたということは隣に立てる男になれたということの証明だ。
好きだと伝えるには十分すぎるほど条件は整っていた。
「アイリーン結婚を前提に僕と付き合ってほしい」
まだ十五歳の彼が考えうる最高の告白はプロポーズだった。
プロポーズを受けたアイリーン・ロクサスは嬉しそうな、頬を赤らめながら、悶えるような表情をしている。
透き通るような白い肌、彼女の瞳は大きく鮮やかな青色で見つめていると吸い込まれそうになるくらいだ。華奢な体ながらも力強さを感じ、服の上から胸のふくらみがわかる。少々控えめであるが。
赤茶色の髪は艶があり、耳上よりももみあげが短いショートカットが鼻筋の通った美人顔によく似合っている。
アイリーンは小さなころから天才と言われていた。早々に魔術をコントロールし、剣術もすでに二つの流派でマスターレベルである。才色兼備な完璧な女性であった。たまにおじさんくさい発言があるのがたまに傷であるが、その傷すら、普段と違う一面が見えることで愛おしく感じる。
想いを伝えてから一時の静寂が流れる。夕日が沈んでいき、あたり一面オレンジ色に染まってきている。風に揺られ草花が擦れあう音が聞こえるくらいの静寂。
「うーん・・・・・・うれしいんだけど・・・・・・」
歯切れの悪い返事にヴェンは不安を覚える。決闘で勝利し、これ以上ないシチュエーションを作れた興奮は静まってしまった。
「けど? なにか僕に足りないことがあるのかな」
同じ日に同じ場所で生まれた僕たちは十五歳を迎えてもなお、家族と同じくらいいやそれ以上に同じ時間を共有してきた。アイリーンの気持ちは少しはわかるつもりだったが、今はまったくわからない。
「ヴェン! 違うの、けどっていうか、なんていうか」
「え、なにか条件でもあるのかい? 僕はどんな条件でも応えるよアイリーンのためならね」
ふん! と鼻をならし、不安をかき消すために自信のある態度をとるヴェン。才色兼備な彼女はエスコ村の村長の娘で、ネフタリ王国の王族の血縁である。貴族と平民では身分の差もある。壁はあるかもしれない、だが超える覚悟はもとよりしている。
「・・・・・・私ね。転生者なの」
???
思考が停止した。何を言われたのか全く理解できず言葉にだすこともできない。
「そしてね、私は転生前の世界では男だったの」
彼は頭を猛スピードで回転させる。
てんせいというのは、どういうことだ。
テンセイ?
聞き覚えがあるというよりも、どこのか文献で見たことがあるような・・・・・・。
そうだ! 上位魔術の本を読んでいたときだ。
テンセイはたしか・・・・・・。そう! 転生だ!
その本の一節には転移術について書かれており、理論上転移魔法陣を書いて転移させることは可能であるが、それを実現したものはいまだにいない。
もしかすると転移魔術を何者かが実現させた先に世界を転移する上位の魔術への発展もあるだろう。これは転生といえるであろうと書かれていた。
いや、どういうこと!?
転生前は男って、いや男だったなんて信じられるわけがない。
こんなにも可憐でスレンダーな体型で細身ながらも凹凸が感じられるこの魅力的な体をしたアイリーンが男・・・・・・。
たしか転移魔術についてはアイリーンが成人を迎える前に完成させている。アイリーンはすごいんだよなぁ。魔術だけじゃない、剣術だってマスタークラスの腕前なんだから、それに才能に溺れず、鍛錬を続ける精神力の強さ、強く凛々しくそれが愛するアイリーン・ロクサスだなんて混乱した頭で彼は考えていた。
「ヴェン、大丈夫?」
ヴェンはアイリーンの声で我に返った。転生者でその前が男でにわかに信じられないことばかりで現実逃避していた。まだ言葉を発することができない。頭の中のことが言語化できないのだ。
「なんだか信じられないな。生まれたときからヴェンはエミリーのことを見ている気がしていたよ。私に興味ないとも思ってたのに。びっくり」
僕の愛の告白は信じてもらえなかった。いや、そもそも生まれた瞬間のことなんか覚えてないよね一般的に生まれてきた人は。エミリーはアイリーンの妹で、これまでずっと一緒に修練してきたし、たぶんアイリーンよりも過ごした時間は多いと思う。
でも、恋愛感情を持ったことはなかった気がする。気がする・・・・・・。
っていうより、なんで生まれたころからの記憶があるの?!
「生まれてきたときのヴェンは目が線みたいになってて、でもその線みたいな目でエミリーをみるとにへらってだらしない顔するの。それみた母さんたちが可愛い~って騒ぐの。」
あぁもう知らない事実とアイリーンにそんな風に思われていたという現実を直視できずヴェンはうつむく。そして、なぜ生まれたときの記憶があるのか。普通覚えていないでしょ。でも、アイリーンは転生したのか。いや転生ってなんだよ!
ヴェンは混乱していた。
だが、そんな状況でも彼は覚えていた。
今日決闘に勝ったら愛を伝えるということを。
「それでも僕はアイリーンをあい・・・・・・、あいし・・・・・・てると思う」
やっと言葉がでてくるが、曖昧な言葉しかでてこなかった。告白する前に感じていた澄み切った空気は全くわからなくなっている。むしろ、息が苦しい。
「ありがとう。いままで私はアイリーンとして十五年間生きてきた。転生前の記憶を持ちながら女の子として生きてきた。最近、自分自身が男なのか女なのか自分でもわからなくなってるんだよね」
アイリーンの顔は少し困ったような十五歳のあどけなさをそのまま切り取った。普段の大人っぽさなんて微塵も感じないような笑顔をしている。とても男だったとは思えない。
「今すごく前の記憶と今の記憶が曖昧になっているから、答えは少し待って欲しいなって。ヴェンが信じてくれているかどうかはわからないけれど、ストレートに思いを伝えてくれたから、私も素直に気持ちを伝えなきゃなって思って」
「まぁ周りの人に転生だとか話しても知識が足りなくて全然信じてくれなさそうだし。ヴェンはすごい勉強家だからある程度理解してくれるかなとも思ったり」
「・・・・・・。そうだね。全然理解が追い付いていないんだけれど、たしかに僕は転生については知識として持っていたし、アイリーンのことを信じているし、そうだね・・・・・・うん」
本当のところは転生者ということは嘘だといって欲しかった。
「転生する前の世界でアイリーンは実際何歳だったの?」
少しばかり落ち着いてきた。転生についての記述もだんだんと思い出してきた。ヴェンがギリギリ耐えられる妥協点。
もし仮に本当にアイリーンが転生者だとするならばそれはどれくらいの年齢でこの世界にアイリーンとして転生したのかとうことだ。文献には小さいころに病気だったり、過酷な環境下で生きることができなかったり、この世をしっかり生きられなかった人間が転生するって書いてあったから、まだ小さいときにアイリーンとして転生したなら大人の事情なんて知らない、まるでなにも知識も持ってない、実技なんて経験してもないだろう無垢な体から転生されているはずで、そんな前世が男性っていう壁なんて超えられるとヴェンは考えていた。
「うーんとね、たしか三十五歳とかだったかな」
あぁもうこれは今じゃ受け止めきれない。ヴェンは再び思考停止に陥った。
「じゃもう私先に帰るね。あといきなりプロポーズするのはやめた方がいい。イタイ男だと思われるゾ」
告白を断ったのが気まずかったのかアイリーンは足早に去っていく。
アイリーンは転移魔法陣を発動させ体が赤みがかった光につつまれ、決闘の舞台となった村から歩いて三日程度かかる草原からいなくなった。
イタイってどういうこと・・・・・・。
決闘の場となった草原には一本の木が立っており、そこにはアイリーンの双子の妹、エミリー・ロクサスが隠れながらこちらを見ていた。
アイリーンがいなくなった途端に木に隠れていた。エミリーがヴェンに向かって走り出す。不安そうな顔でヴェンを覗く。彼女は姉のアイリーンとはまた違う。腰の近くまである艶のある長い黒髪、しっかりと凹凸を感じられる胸。細すぎず、ふと過ぎない健康的な体つき。アイリーンは美人よりであるが、妹のエミリーは可愛いよりの少女であった。
「何があったの? お姉ちゃんいなくなっちゃったけど。伝えられたの?」
エミリーはヴェンの思いを知っている。アイリーンのことを憧れ続けていたのはヴェンだけはない。双子の妹のエミリーも同じだった。
生まれた時から天才といわれていた姉。妹も同じく天才なんじゃないかと言われて、同じようなことを叩き込まれてきたが、才能が発揮されることはなかった。姉と比べられ続け、自尊心は傷つけられた。
だが、彼女の心は折れなかった。そばにアイリーンに負けじと努力し続ける男の子がいたのが大きかったかもしれない。愚直に知識を積み重ね、実直に鍛錬し続けた。エミリーとヴェンは同じ時間を過ごすことが特に多く、今回のアイリーンへの告白も、彼女が考えたものだった。
「伝えたには伝えたんだけどね・・・・・・」
「なんでそんなに歯切れが悪いの?」
「とりあえず保留になったというか」
「保留? お姉ちゃんがそんな中途半端な答えをだすかな。とことん最後まで追求する人だし、今言われたことを紡いで、今出せる答えを導き出したんじゃないの?」
そうアイリーンは真っすぐな女性だ。はいかいいえの結論をだして、それに納得ができないならまた考える、行動する。こんな中途半端な答えは普段ならださない。こんな状況普段とは到底かけ離れているけれどとヴェンは思っていた。ひとまずはここまで応援してくれたエミリーに事実を伝えなければと。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど、アイリーンはね転生者で前世は男らしいんだ。それでいま自分の中で曖昧になっているから答えをまって欲しいといわれたんだ」
頭の上にはてなマークがいくつも浮かんでいるような顔をするエミリー。彼女もヴェンとともに勉強に励み、転生という記述については知識として持ち合わせているはずだが、全く状況をつかみ切れていない様子だった。
「小さいころ一緒にお風呂にはいるとやたら鼻の下を伸ばしていたのは・・・・・・そういうことだったの? お父様に欲情している変態姉さんと思っていたのに私のことをみて鼻の下を伸ばしていたのかしら」
エミリーは神妙な面持ちでつぶやく。
最低だよアイリーン、ただのエロおやじじゃないか。いや年齢的には何も間違っていないかと彼は心の中で突っ込んでいた。
二人はそれぞれの思いにふけりながら、ただ夕日が沈みゆく草原に立ち尽くしていた。どれくらい時間が過ぎたかわからないが、いよいよ夕日が沈み切るときにエミリーがいう。
「私たちどうやって村に戻るの?」
転移魔術はアイリーンが開発したのだ。ヴェンは使うことはできない、もちろんエミリーも使うことができない。三日かけて歩くしかほかない。
「アイリ────ン‼」
ヴェンは草原の中心で愛する人の名前を叫んだ。
そして、ふと思う。
アイリーンに憧れ始めたのは、好きになったのはいつだっただろうかと彼は思う。
その後三人は青春を謳歌し、エミリー・ロクサスを残して二人は死んだ。
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