第37話 まだやることがある
「なんで、なんでだよ・・・・・・」
ヴェンはただただ泣き続けた。状況が呑み込めないまま色々なことが起こり、なにが真実かもわからぬまま、犯人と思われるエレラ・オーランドを剣で息の根を止め、その代償なのかは知らないがオーランドととらえるために魔術を起動していたエミリーが腕のなかで小さな光となって散り散りに消えた。なにも、なにも理解できていなかった。
手はレンガが敷き詰められた道を力いっぱい押さえつけていたため石のかけらと血が交じり合っている。手のひら全体に痛みがあるが、それを気にしている余裕はなかった。地面になんども額を打ち付け、夢から覚めるようにと願うほかなかった。なんど打ち付けても痛みがくるばかりで中々覚めることはない。
「・・・・・・ん、ヴェ・・・・・・」
なにか遠くで声が聞こえるような気がした。いや近くからか。理解できない状況に身を置かれ音とという感覚を忘れていた。無我夢中で自身を傷つけ、ただ泣き叫んでいたが、額を打ち付けていた地面から急にすくいあげられ、背中に強い衝撃が与えられる。星が輝く暗くも明るい空が見えたかと思うと、アイリーンの顔が見える。
「ヴェン! しっかりして。あなたにはまだやることがある」
アイリーンは無事なのだ。でも、エミリーはいない。跡形もなく消えた。二人で末永くと言われた。エミリーがいないとそんなこと思えない。元凶は倒したかもしれない。けれど、代償が大きすぎる。返事もしないでいると次は首根っこをつかまれ持ち上げられる。そして、往復で平手打ちされた。
「まだやることがあるの。私とヴェンにしかできないこと。エミリーを救うの」
「エミリーを救える・・・・・・?」
「そう救えるの。まぁ実際にはこの世界にいるエミリーはもう救えないけれど。でも、結果的には救うことになる。ヒロインだった君は主人公にならないといけないんだよ」
また意味の分からないことを言う。
「意味がわからないよ!!! なにが主人公だ! 主人公ならエミリーを救えるだろ? 道化師の仮面を被ったオーランドが襲ってきても返り討ちにできるだろ? 僕は何一つ達成していない。別の次元の僕からメッセージを受け取って、ここまで必死で努力してきたんだ。それでも何も救えない! 僕はなにも救えないんだ!」
叫びきったあとにもう一度強烈な平手打ちがヴェンを襲う。その勢いにヴェンは地面に倒れる。そのまま横たわったまま無言で涙を流している。
「それは私も同じだよ!」
短く言い切ったあと、アイリーンは下唇を強く噛む。血が流れるほどの強さで。
「私も同じなんだよ。なんのためにエミリーが私を転生させてきたと思う? ヴェン、君を救うためだよ。この世界で君を救うためだけにエミリーは私を転生させ、自分も何度も転生しているんだ。いずれも君は死んでいる。けれど、やっと前回から君が生き残った。そしてまた君はエミリーを救うために私の力を借りて転生してオーランドに挑んだ。今度はエミリーが死ぬんだ。私はなにも救えていない。今も未来もそして過去も救えなくてこの状況を生み出してしまったんだよ」
「しかもエミリーは私をも救おうとしてくれている。違うんだよ。私は本来生まれるはずじゃなかった。エミリーが天才のはずだった。呼ばれた私があいつさえ殺していれば何度も苦しいことをやる必要はなかったのに。君たち二人は幸せなはずだった」
「アイリーン、それはどういうこと? エミリーと僕は本当は結ばれていたっていうの? 僕が君を愛したことは偽りだっていうのかい」
「偽りとは言わない。けど、起こるはずじゃなかったことだよ。ヴェン、君は一番初めに戻ってこの元凶を絶たなければいけない。でもそれはすごく簡単だよ。ただ膨大な魔力が必要だから、違う次元をやり直すんじゃなくて、一番初めの、この悪循環が起こり始めた一番初めの次元に転生させないといけないから。新たにつくりだすんじゃなくて、元のあったはずの次元に転生させる。これはすごく魔力が必要」
「始まりってどこのことを言ってるんだい。そもそも僕は今までの記憶はもっていないんだ。どうすれば・・・・・・」
アイリーンは優しく微笑む。そしてヴェンを抱き寄せる。
「この世界の次元で起きたことを繰り返せばいいの。学院に来るまでのことをね。今度こそヴェンの力だけで。そして君はエミリーと一緒に学院にいけばいいの。最後までエミリーのそばにいて、それだけいいから」
「アイリーンもいるんだよね? だって同じことを繰り返すんだよ? もちろんいるよね?」
アイリーンはヴェンに背を向け、魔術起動の準備を始める。魔力が一点に集中するように瞑想するような格好をとる。そして答える。
「もちろん。今度こそ主人公になってねヴェン」
アイリーンの最後の一言を聞いてヴェンは光に包まれた。
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