第36話 上限値

 最初は本当にただの思い付きで、むやみに魔力を込めて空間を切り裂けないかと剣を振っていた。ヴェンは何度か剣を振るったところで違和感を感じていた。なにか手ごたえを感じる。魔力を込めた剣が目に見えないものを切り裂く感覚が手に残る。そのまま何度か続けると、今度は低い声の男のうめき声が聞こえるような気がした。さらに振り続ける。目の前の景色は何一つかわらない。剣を振るう音が聞こえる。そして遠くからうめき声が聞こえる。それはしだいに大きくなっているようだ。


「ヴェン、なにか変だよ。空気が変わったというか、魔力を感じるどこからともなく」

 エミリーが異変に気付き、むやみに放っていた魔術を止める。

「たしかに、ここになにか来るようなそんな気が・・・・・・」

 急に立ち眩みのような症状に襲われる。強いめまいを感じ立っていられなくなる。そのまま地面に膝をつく。

「なんだこれは・・・・・・。エミリー大丈夫?」

「・・・・・・大丈夫・・・・・・じゃないかもすごく気持ち悪い。なんか姉さまの声が聞こえるような・・・・・・」


「ヴェン! エミリー! 二人ともなにしていたの!?」


 二人の目の前には血を流しながらなんとか立っているような状態のアイリーンがいた。


「アイリーン! 見つけた! すごいボロボロだ・・・・・・。あの道化師はどこにいるの? まさか倒した?」

 ヴェンは強いめまいがあったことも忘れアイリーンに駆け寄る。その体を支え矢継ぎ早に話す。アイリーンは返事もせずにヴェンの背中の先を指さす。そこには入学式の日に出会ったアイリーンと同じく主席のエレラ・オーランドの姿があった。

「道化師はオーランド? アイリーンを押しのけて首席のあいつが? なにかケガしているような血を流してるけど・・・・・・。君があそこまで追い詰めたの?」

「いいや、私ではないよ。たぶんだけど、ヴェンが魔力を込めて振っていた剣が空間を超えてオーランドに届いたのよ。なんでかは・・・・・・、わからないけど」

「え、僕が? まさかね・・・・・・ってエミリーなにしてるの!?」

 エミリーは真っすぐにオーランドを見据え魔術を起動していた。水系統の魔術。アイリーンとの決闘の時に無詠唱で起動した魔術だ。水で相手の動きを封じる。あっさり打ち破られた魔術のはずだったが、決闘のときとはくらべものにならないほどの大きさ、魔力の規模だ。あの主席のオーランドが水の中に囚われ続けている。

「やめて! エミリー! そのままだとあなた・・・・・・」

「姉さまは黙ってください! 私はこのときを待っていたんです。ありったけの魔力を使ってあいつをとらえます。だから、姉さまはあいつの息の根を止めてください!」

「そんな! それは私が転生した意味がなくなるじゃない!」

 ヴェンは二人の会話の意味がわからずただ聞いていることしかできない。支えていたアイリーンはヴェンから離れ妹のエミリーに近づく。

「私はいいの。ただヴェンに生きていて欲しいだけ。ヴェンを死なせたくないだけ」

「覚悟は決まっているんだね・・・・・・。ヴェン! さっきの魔力を剣に込めた魔術、詠唱がどれだけ遅くなってもいいから起動させて、ヴェンが今出せるありったけの魔力を込めて! 私はあいつの魔力を吸収する。とどめはお願い!」


 ヴェンが答える間もなく、アイリーンは詠唱する。


「レムナント・レコレクト・コンバージョン」


 オーランドとアイリーンの間に魔力のかけ橋のようなものが見える気がした。水に囚われているオーランドからどんどん生気がなくなっていく。


「ヴェン! 遅くてもいいって言ったけど、できれば早くして! 私の魔力上限こえちゃいそう。どうなるかわからないから早く!」


「もう全然なにがなんだかわからないけど、わかった!」


 魔力をありったけ込め、ヴェンはオーランドに向かって剣を振り下ろす。水の魔術ごと切り裂く。水の魔力結界ははじけ、アイリーンとつながっているように見えた架け橋も崩れ去るように見えなくなった。


「これで・・・・・・。よかった・・・・・・の?」


 わけもわからぬまま剣を振るったヴェンから当然でてくる疑問であった。そう言って姉妹の方に顔を向けると、アイリーンは白目をむいて倒れ、エミリーは両膝をつき放心状態になっているように見えた。


「エミリー! アイリーン!」


 倒れかけていたエミリーを受け止める。受け止めたはいいが、受け止めた感覚がない。雲のように軽く、手ごたえのないなにかを受け止めているようだ。


「ヴェン・・・・・・。やっと目的を達成できた・・・・・・よ? 私はただあなたを死なせたくなかった。なんどもなんども繰り返して、そのたびにヴェンが死んでたけど、このときのために私は何度も繰り返したん・・・・・・だね」

「どういうことだよエミリー・・・・・・」

「何度か繰り返して気が付いたんだ。私の魔力総量が上がっていることに。繰り返すたびに魔術の威力があがったり、使える魔術の規模が大きくなったりしてたの。そして魔力総量が生まれたときから決まっていることや、その魔力がなくなってしまったらどうなるかってこと、私たちが生きている世界には死なないために使える魔力の上限値が決められていることにね。だから私はその上限値を突破して私が使える魔力をすべて使い切ったの。だから、ヴェンお別れだよ。しっかりこのまま生きてね。姉さまもいるから大丈夫だよね。末永く二人で・・・・・・」


 エミリーは何かを言い切る前にエマ・オグレディが消えたときと同じように小さないくつもの光を放って消えた。


 ヴェンはなにも理解することができないままただただ涙を流していた。

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