第35話 アイリーンは憂鬱⑥
幾重の映像の中で探していた魔力を感知した。現実と異世界への狭間の次元。すべてがぼやけてみえるような、ねじれて見えるような。地面に足がついている感覚さえあやふやな場所。テレビの砂嵐のような映像が広がる空間。薄暗い中に目的の人物は立っていた。
「さすがですね。私のことを見つけるなんて」
道化師の仮面を被った彼女は嫌がっていた低い声で言葉を発する。
「自分の声が嫌いだったんじゃなかった?」
「もちろん嫌いです。けれども、この声とももう少しでおさらばです。次元を移動できた段階でほぼ私の実験は成功なんです。ただ一つの問題は魔力が足りないということですが」
「そうだろうね。次元を飛び越える魔術なんて起動したら、君は間違いなく死ぬ。まぁもしかしたら次元を飛び越えた先で生きてるかもしれないけど。そもそも魔力が足りないなら魔術を起動することなんてできない」
そう言うと彼女は右手で仮面を多い体を震わせている。
「何が面白いの?」
「そこの問題はね解消したんですよ」
再び体を震わせ笑いだす。アイリーンは極々わずかな可能性としては考えていた。彼女がこの世界の理を覆すなにかを、魔術を作り出したのではないか。学生の消失、魔力残滓が見られたあとにきれいに人の痕跡が消える現象。恐怖で血の気が引いてくる。
「そんなことできるはずがない。この世界には上限が設定されている。誰が設定したかはわからない。生きている者それぞれに魔力総量として割り振られている。この割り振られた魔力を上限まで使うとこの世界の人は死んでしまう。それが私が生きてきた理解したこの異世界のルールだ」
「ヒントをくれたのはあなたですよ。アイリーン。あなたが私の記憶を盗み見たときに」
アイリーンは血の気が引いたにもかかわらず、顔に汗がだらだらと流れ出していた。あの魔術がヒントになる? 自分でしか感じ取れないはずだと。たしかに生きている人に対して魔術を起動したのは初めてだった。
「まさか魔力が増えたの?」
道化師の彼女は震わせていた体をピタッと止め。仮面の奥からこちらを見据えるように真っすぐこちらに近づいてくる。アイリーンは警戒しつつも体を動かせずにいた。そして耳元でささやかれる。
「その逆です。私の魔力が減ったのを感じたんです。そして少し魔力が交じり合っているのを感じました。この世界の魔力総量は決まっています。でも、相手に干渉する魔術を起動すると交じりあうんですよ互いの魔力が。そして起動した相手に交じり合った魔力のほとんどをもっていかれる」
アイリーンは勘違いしていた。レムナント・レコレクトの魔術を使用したあと、たしかに魔力の増大を感じてはいた。だが、それは使用できる魔力総量が新たな魔術を起動したことによって広がったのだと思っていた。魔力総量は自身でその量をはかることはできない。アイリーンですら、肌感覚的に理解しているだけで、実測値がわかるわけではなかった。
「じゃあ君は学生の魔力を吸収したの? でも、なんで完全に消失してしまうんだ」
「吸収というと少し違いますが、干渉したんです。私の魔力に完全に交じり合うように。いやぁ面白かったですよ。この世界の魔力総量は下限値もあるんです。下限値を下回ると生命活動が停止してしまうという魔力下限値が。生命活動は停止しますがそこで体は保持されます。いわゆるこれがこの世界の死なんですよ」
「体が消えてしまうということは、人の魔力を完全に奪っていると跡形もなく消えると」
「しかも、この世界に存在すら消えてしまう。ただ魔力残滓が残っていればうっすら記憶に留まる人もいるみたいですが。こんな何十人もいなくなっているのに大騒ぎになっていないのおかしいと思いませんでしたか?」
アイリーンはたどり着けなかった事実に打ちひしがれ茫然としている。道化師の彼女はいつの間にか距離をとり、壁もない空間を行ったり来たりしていた。
「ここまでの魔力の増大の実験でした。そこらの学生じゃ全然魔力が足りませんからね。だから最後の仕上げなんです。アイリーンの魔力を奪って私は魔術を起動させる。元の世界に戻ってまた高校生活を続けるんだ。私はなにも不自由していなかった満足していたのにこんな世界に飛ばされて最悪だよ」
道化師は手を広げアイリーンに向ける。魔力弾が飛ばされ、アイリーンは間一髪のところで自身の魔力ではじく。
「なんだぼぉーっとしているわけではなかったのか」
「いまので少し目が覚めたよ。この世界を守るためには私はあなたに負けられない」
アイリーンは腰にある剣を抜く。剣を扱いながらも魔術を起動できるように頑丈勝軽量化した細身の剣だ。魔術を起動する。空間移動だ。同じ空間を移動するだけなら転移魔術の応用でなんとかなる。道化師の眼のまえから一瞬消え、背部に移動する。剣を振り下ろす。
空気を切り裂く音が轟き、その一瞬道化師は振り向いた。鋭い刃は仮面を襲った。衝撃の瞬間、装飾的な表面が剥がれ落ちた。
鋭い眼光の彼の苦悶の表情は、暗闇の中に浮かび上がる。顔の真実を覆い隠す仮面がはずれ、その下に隠された感情が一気に露わになった。目的達成のために血眼になっている彼いや彼女の目が広がっている。それは無言の叫び、哀れながらもあの輝かしい人生に戻りたいのだと力強い証言のようだ。
だが、すかさず反撃に転じる。仮面は剥がれ落ちたが、鍛えられた体は微動だにしていなかった。左頬に強い衝撃を感じる。そのまま顔を下に倒れこむ。強い衝撃で脳天が揺れる。視界がぼやけるがすぐにたたなければやられる。上から魔力を感じる。干渉する魔術を起動されればどうなるかわからない。アイリーンは剣を持っていない左手に魔力をこめ、上に放つ。
魔術がぶつかり合い、爆発が起こる。そのまま地面というか自分が立っているなにかに押し付けれ、近くに感じていた相手の気配は消える。
「私のために魔力くださいよ。なにか知っているんでしょ? 同じ世界から来たんですよね」
その質問に汗が止まらなくなる。真実を言うべきかどうか。実力は拮抗していると思っていたが、魔力の増大が想像している以上であった。魔術による干渉を防ぐので手一杯になることは目に見えていた。真実を伝えて動揺でもしてくれることを期待するか・・・・・・。
「私は、・・・・・・。僕は君を助けようとした男性なんだ。たぶん・・・・・・。助けることはできなくて、二人とも車に轢かれてしまったんだと思う・・・・・・。僕は君を助けることができなかった。君を呼んだのはエマ・オグレディだけれど、そのきっかけというか始まりを作ってしまったのは助けきれなかった僕の責に・・・・・・」
謝罪を言い切る前に強力な魔術を放たれ、寸前のところで避けた。
「お前の・・・・・・。お前せいじゃない! ちゃんと助けてよ!!!」
低い声の叫びだったが、その悲壮な姿は助けきれなかった女子高生の姿と重なった。
「許さない・・・・・・。許さないんだから」
アイリーンは体が拘束される感覚になる。手も、足も動かせず。体中鎖で巻かれたかのような感覚に陥る。体が浮遊する。魔力すら拘束されているようだ。
「もうただ魔力を吸収するだけじゃ許せない。こんな男の姿になってしまったあなたを私が苦しんだ分痛めつけてやるんだから」
道化師もとい、エレラ・オーランドの右手からどこからともなく死神が使いそうな鎌が現れる。この世界でも誰も助けることができなかった。エミリーは転生魔術をまた生み出せるだろうか。あぁ私のせいだ・・・・・・。死と後悔を感じたとき、拘束がとかれる。そして魔術をぶつけられる衝撃を感じる。そのままふっとばされ、どこともない壁のようなものにぶつかる。
「うぅぅあぁ・・・・・・。痛いぃぃい」
うめき声を上げていたのはオーランドだった。鎌は手からはなれ、持っていた手から血が流れている。いくつも切り傷が現れている。オーランドは見えない攻撃で魔術を維持できなくなったのか、空間が歪む。
めまいのような感覚に襲われたあとに見慣れた景色と人物が目に入る。
そこにはむやみに剣を振り回しているヴェンと魔術をいたる方向に飛ばしているエミリーがいた。
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