第33話 アイリーンは憂鬱⑤
お荷物という言葉は良くなかったし、今の実力を考えればヴェンは戦力になる。ついてきてもらったほうがいいに決まっている。けれど連れていくことはできない。アイリーンは転移魔術を応用し、空間に作用する魔術を試していた。起動と同時に自分の体は現実の世界から消えたんだろう。目の前が早送りで流している動画のようになにもつかめないけれど世界が動いているような映像が流れ続けている。そのとらえきれない映像の中に探している人物を見逃さないよう、魔力を感知できるように感覚を研ぎ澄まさなくてはならない。さきほどのヴェンの出来事は頭から離さなければならないのだ。
「なかなか見当たらないな・・・・・・」
道化師を探すアイリーン。最悪の男であり、悲劇のヒロイン。アイリーンはあの道化師を救いたかった。彼いや彼女の記憶を覗いたときに見えてきた世界。女子高生が楽しく日常を、青春を謳歌している世界。そして、その記憶はアイリーンが転生するきっかけとなった事故と重なる。アイリーン、いや彼は最初で最後の善良なる行動をとった。いままでは怠惰で自堕落な生活をすごし、淡々と回る人生を歩んできた。たった一度だけ、勇気をだして轢かれそうになった女子高生を助けるために走り出した。助けられたと思っていた。そのたった一度の善行で転生できたのだと思っていた。だが、それは違った。助けたと思っていた女子高生は自分とともに命を落とし、同じ世界に転生させられていたのだ。
しかも、二人は性別が入れ替わった。
アイリーンとしての人生を楽しんでいた私とは違い、彼女はキラキラ輝いていた女子高生時代を一瞬にして奪われ、わけもわからない世界に転生し、男として生きなければいけなかった。受け入れられなかっただろう。記憶を辿ったが、一度たりともこの転生したきた世界を楽しんでいる様子はなかった。女性という意識は消えないのに、見た目はどんどん精悍な男の子の顔つき、体つきになっていく。声は低くなり、声を出すことすら嫌になっていたようだった。鏡に自分の姿が映るのが嫌だったから髪を伸ばし顔を隠した。
何度も自殺しようと考えていたようだったが、彼女は死ねなかった。元の世界にあった自分の未来を家族を友人を取り戻したかったからだ。
彼女は道化師の仮面を作り、研究に没頭した。元の世界に戻る方法を探るため、ひたすらに研究し、魔力を高めるように尽くした。
その結果がこれだ。幾度となく繰り返される殺戮。この殺戮の先に彼女が戻れたかどうかはわからない。一つだけわかる。これは誰もが望んでいない結果でしかならない。この上限の設けられている世界に置いて、自分たちが転生してくることの意味。転生に連なる者たちから必ず二つの命が奪われる。元凶はエミリーでもオグレディでもない。あの交通事故から助け出すことのできなかった自分が元凶なんだと流れる映像の中でふと思う。
この悲劇のヒロインの結末は同じ転生者の自分自身で終わらせるしかない。アイリーンは憂鬱だった。
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