第32話 ヴェンを死なせない
「ヴェンはいったんついて来なくていいよ」
突然、突き放す言葉を発するアイリーン。ヴェンが転生したことも記憶を辿る魔術で見事に解明し、ヴェンにはやらなければならないことがあると言い放った彼女は今度はついてこなくていいと言う。ヴェンは眉間にしわが寄っている。どこを目指しているかわからないが一緒にあるいていた彼は足を止める。
「それはどういうこと」
「どういうことって、言葉通りだよ。ついてこなくていい」
「アイリーンはあの道化師を殺しに行くんでしょ? それなら僕も手伝うよ。実力は足元にも及ばないかもしれない。けれど、君を一人で行かせるなんてできない。僕は君が好きだから」
アイリーンはふぅーっと息を吐く。表情は変わっていないように見える。凛々しい姿だった。
「正直なところはヴェンの良いところだと思う。だから忘れないで。そしてその言葉は本当は私に言うべきじゃないんだよ。ヴェンも薄々気が付いているんじゃないの? 私を好きだと、愛しているって言うことに違和感あるんでしょ? 記憶の中の君は初めての時真剣に私だけを見て伝えてくれたけど、だんだん歯切れは悪くなってくるし、表情も浮かないんだよ。告白してるのにさ。言われる身にもなってよね」
眉間にしわがよっていたのが緩み、今度は困ったように眉毛が垂れたような表情に見える。そして、頭を掻く。ヴェンはアイリーンに言われた言葉を苦虫を嚙み潰したような表情でその言葉を咀嚼している。
「私はヴェンを死なせることはできない。君を必ず生かさないといけない。今とこれからのためにも。だから私が道化師を殺す。もちろん私は死なない。ヴェンはただ、ただエミリーのそばにいてあげて。最後まであの子のそばで」
「どういうことだよ。全然意味が分からない。僕は足手まといだってこと? 違う次元の僕は僕に託したんだ。それを全部アイリーンに押し付けてエミリーと二人で待ってろって言うのかい」
「待っててというかね。うん・・・・・・。変えられない現実があるんだよ。それを少しでも緩和したいというか悲しみを少なくしたいというか」
「はっきり言ってくれよ! アイリーンだけで背負い込まないでくれよ!」
彼は叫んだ。心の底から思っていることを。彼女の隣に立てるように自己研鑽を続けたのは紛れもない事実であったし、この時のために小さい頃から努力を続けたのだ。最後の結末に自分がいないことを彼は許せなかった。アイリーンは一瞬の間を置いて答える。
「ヴェンはお荷物なんだ。道化師を殺す戦いに君がいると自由に動けない。だからこないで」
彼女は苦虫を食い潰したような表情で答え、ヴェンに背を向ける。無詠唱で転移魔術を起動する。ヴェンは立ち尽くす、そして答えをだす。
「それでも僕は行くよ」
アイリーンの転移魔術に一緒に行こうと足を動かす。しかし、その歩みは止められる。ヴェンの手を誰かがつかんだからだ。
「行かないでヴェン! 死なないでヴェン!」
エミリーの悲痛な叫びとともに、アイリーンの姿は魔力の残滓を残して消えた。
「どうして止めたんだエミリー。僕はアイリーンと戦いたいんだ。そのためにここまで努力したんだ! エミリーを失わないために。アイリーンとエミリー二人を救うために!」
エミリーはヴェンに言葉をかけられ、手を振りほどこうとされてもその手を離さない。
「私は繰り返してきた。なにかのきっかけに触れるたびにヴェンの死の記憶が流れ込んでくる。私は転生してるの! そして同じ結末。姉さまは生き残ることはあってもヴェンは死んじゃう。私はあなたを愛していたし、ヴェンも私を愛してくれていた。でも、繰り返していくうちにヴェンの想いは姉さまに向いた。それでもヴェンが死なないのならいいと思った。たとえ私のことを愛してくれなくても、あなたが生きている世界で私は生きたい。だから行かないで・・・・・・」
振りほどこうともがいていた動きを止める。エミリーを見据えるヴェン。
「僕はアイリーンを愛している。でも、エミリーも愛している。だんだん時間が経つにつれてアイリーンの憧れは愛情に変わったし、エミリーがいつもそばにいてくれているんだと気が付いたときには君を放したくないと思った。最低だね」
「女性からの告白に対しての答えとしては最低だと思う。でも覚悟してたことだから、私に気持ちが向いてくれないとしても私はヴェンを死なせないって。そう考えると、最低な答えだけど、少しは救われるかな」
「エミリーが僕を守ってくれよ。僕はアイリーンを助けるから」
「何言ってるの? 私はヴェンを死なせたくないんだよ。行かせるわけないじゃない。それに毎回守れないから、死んでいるんだ。守り切れないよ」
「そっか・・・・・・。でも、それは違う次元の話でしょ? 今回は違う結果になるかもしれない。二人で、二人でアイリーンの元に行こうよ」
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