第31話 すべてを告げることはない

 アイリーンは本の記憶を辿る長く一瞬の時間が終わり、意識が今いる世界に戻ってきていた。泣いたように見えた顔は今は険しく、ヴェンから見ても良いことが起きたわけではないことがあきらかだった。女子寮の前にはちらほら研究を終えて部屋に帰る女生徒が現れていた。そして、その女子寮の前に立っているヴェンは悪目立ちしている。研究棟から真っすぐ行くと広場があり、そこから右に行けば女子寮、左に行けば男子寮となっている。そのためまずなにも用事がなければ女子寮の前に男子がいるはずがないのだ。さらにアイリーンとヴェンは魔術起動後の反動でアイリーンを受け止める形で抱き合っており、はたからみればお付き合いをしている男女である。


「なんでアイリーン様の横に男子がいるの? まさか彼氏?」

「そんな彼氏がいるんなんて聞いたことがないわ。それにアイリーン様、すっごく険しい顔をしているわよ。とても楽しそうな雰囲気ではないわ」


 二人に近くを通過する生徒たちがそれぞれコソコソ話しているのが聞こえてくるヴェンはいたたまれないのか肩をすくませている。


「ねぇアイリーン、君は‘様‘って呼ばれているの? 田舎出身なのに身分が高いね・・・・・・」

「まぁ私は首席で入ったし、Sランクの冒険者だし先輩たちよりも経験値も知識も上なの。だから当然じゃない?」

 アイリーンはさも当然かのように険しい顔をしたまま右手をあごにあてながら答える。

「それよりもヴェンさっきまでオグレディさん? だっけ、いなくなったことに取り乱してたけど落ち着いたの?」

「落ち着いてはいないけど、一瞬のできごとで僕も殺されかけたし、なにがなんやら混乱してるんだよ。アイリーンが泣いているように見えて、それですごく冷静になった。さっきの魔術でなにか知ったんだよね? そしてそれはいいことではない」


 一瞬驚いた顔になり、すぐに険しい顔に戻るアイリーン。なにかを考えているように口を真一文字に結んでいる。


 少しの間、時間が空く。その間にも学生たちは二人の横を興味津々に見ながら通り過ぎていく。


「ヴェンは転生したんだよね?」


 真剣にアイリーンを見つめていたヴェンの表情がみるみるうちに青ざめていく。焦点はアイリーンから合わなくなり、そわそわしだしている。


「え、いや・・・・・・。そんな転生だなん・・・・・・て。これは伝えていい? うん、伝えちゃいけないとかは特に書いてなかったし・・・・・・」


 ヴェンはぶつぶつ独り言を言っている。


「ヴェン、隠さなくてもいいよ。私は魔術で記憶を辿ったんだ。それで君が転生しているのがわかった。だから、言っても大丈夫だし、君自身が転生したわけじゃないのもわかってる。違う次元の君からの手紙でももらったんでしょ?」

「・・・・・・アイリーンはすごいね。僕は僕からもらった手紙のせいで一生懸命になんでも取り組んできたよ。でも全然なんにも起こらなくて、エミリーは元気だし、みんなで学院に行くことが決まって嬉しかった。そしたら、これだよ。違う僕が言ってたできごとはこのことなんだよね。魔術学部の学生が消えていく事件、これから起こるエミリーが死んでしまう出来事が起こるのも」


「そうだね。たぶんヴェンが想像している以上に虐殺が起きるし、被害も大きいと思う」

「僕からもらった手紙にはエミリーを救え、自己研鑽を続けろ、学院では悪夢が起こるって書いてあった。だからエミリーをずっと見ていたし、それでダニーから助けることもできた。自己研鑽を続けていたおかげでアイリーンにも勝つことが出来た。手加減してもらってたのはわかっていたけど」

「よくそんな簡潔なメモみたいな内容でここまできたね」

「エミリーは大事な人だから」

「そっか、君たちはやっぱり・・・・・・」

「やっぱり?」

「いいやなんでもないよ。ヴェン、君にはやらなければいけないことがある。あの道化師を殺して、君はもう一度転生する。今度は記憶を保持した状態でね。そして転移魔術論を完全にこの世から抹殺するんだ」

「アイリーンは死なないで済むの?」

「まぁそうだね。頑張って生き残るよ。この世界には上限が決まっている。魔力総量という概念があるように、この世界に上限があるから、それに溢れないように頑張る」

「なにそれどういうこと?」


 アイリーンはそれ以上なにも言わずに歩き出す。なにか隠していることを悟られぬようにと顔を見られないように歩き出していた。




 

 

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