第25話 エマの持っていた本は何を語るか

 ヴェンとアイリーンは女子寮の前の広場に戻っていた。先ほどまで対峙していた道化師の姿はなく、転移魔術論が無造作に落ちている。その本をアイリーンは手に取る。

「それはエマ・オグレディって子が持っていた本だよ。すごい気に入ってたみたい。その子はさっきの道化師に一瞬で消されちゃったんだ。どうなったのかは僕にはわからない」

「なるほどー。なんか言ってたさっきの子」

「うーんと、お前かとか許さないとかそんなこと言いながら、彼女になにか魔術を起動していたかに見えたけど。起動した後はなんかこう・・・・・・魔術が増大していくというかすごく残滓を感じたというかそんな感覚になった」

 アイリーンは下を向く、数秒その状態から急に天を見上げる。

「たぶん私のせいだなぁ。話すんじゃなかったよ」

「それってどういうこと? アイリーンはさっきの道化師のこと知っているの?」

「え、ヴェンだって大方見当はついているんでしょ? あの子に記憶をたどる魔術のこと話したからなにかこの本に触れて見えたんだろうな」

「なんでアイリーンはそんなに冷静なの? 人が目の前で消えたんだよ? 僕はなにがなんだかわからないよ!」

 頭を掻きむしる。わけもわからぬまま語気を強めてしまった。アイリーンは相変わらず落ち着いている様子だ。


「私もこの本を辿ればなにかわかるかもしれない。ヴェン、無詠唱と詠唱だとどちらが魔術として強いと思う?」

「いきなりなに? いまこの状況と関係あるの」

 ヴェンは今の状況と全くそぐわないアイリーンの言動に苛立った。しかし、彼女はそんなことも意に介さないようで、ただ真っすぐにヴェンを見つめている。

「・・・・・・。やっぱり無詠唱の方が詠唱せずに魔術を起動できるから強いんじゃないの? あと、魔術の起動までが早そうだとは思う」

「いいセンスだよヴェン。実際は魔術師の魔力総量によるところが大きいとはおもうけれど、基本的には詠唱する方が魔術は強くなる。そして、ヴェンが言ったことも当たっていて、無詠唱魔術は起動が早い。まっどっちもどっちってこと。つまり何が言いたいかというと、状況に合わせて魔術は使い分けるべきだと思う。だから、私は今から魔術を詠唱する。もちろん魔術が起動できないわけじゃない。より深く、記憶をたどりたいだけなの」


 なにを言いたいか理解しきれず、しかめっ面になっているヴェンだった。そしてその間にアイリーンが持っていた本に手をあて詠唱する。

 

残滓を回想するレムナント・レコレクト


 アイリーンは光に包まれ、意識を失ったかのように背中から倒れこむ。しかしその体は浮いている。光によってアイリーンが見えなくなる。どれくらいの時間がたったかわからない。一瞬の出来事ではなかったが、それでも短い時間で光はしだいに消えていき、意識を失ったように見えたアイリーンは元の姿勢に戻り、地面に着地する。持っていた本は手から落ち、倒れそうになる。ヴェンは反射的にアイリーンを受け止める。ヴェンの胸から倒れるような形になった。


「アイリーン? 大丈夫? さっきの説明はいつも無詠唱で魔術を起動させているのに詠唱するなんて恥ずかしいと思ったんだよね。僕はなんとも思わないのに。そんな恥ずかしがらなくてもってなんか服が濡れてきたけど、まさか泣いてる?」


「え?」


 意識が回復したアイリーンがヴェンを見上げる。やはりその顔には涙が流れていた。


「どうしたのアイリーン。なにかわかった? ってか、さっきの魔術はなんだかわからないけど」


「・・・・・・。私はこの世界にくるべきじゃなかった。いや、転生したことに意味はあったけれど、それはきっと最終的には無なんだとわかった」


 ヴェンにはなにを言っているのか理解しきれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る