第23話 対峙
なにが起こったかは全く把握できてない。ただ自分の身に命の危険が迫っていることはわかっていた。目の前の道化師の仮面を被った男から底知れぬ殺気と怒りをヴェンは感じていた。魔力が制御されていない。なんの魔術にも使われることのない魔力が外に漏れだしているようだ。魔力は目に見えることがヴェンにはできない。ただ肌にピリピリと感じるものがあった。相手の魔力がただ体にぶつかっているからだろうと考えてはいたが、今はそんなことを優先して考えている暇はない。今にもとびかかってきそうだし、そもそもオグレディをどうしたのかも理解できない。危険を感じつつも、この状況は長く続かないとヴェンは考えていた。ひるんではいけない。背を向けてはいけない。こいつが原因だ。自分の身に危険がせまっていようとここは逃げてはいけない。
「そんな魔力がもれだしていたら、周りが気が付くんじゃないか? ここで騒ぎが起これば教授や上級生たちが集まってくるんじゃないか?」
精いっぱいの強がり、しっかりと道化師の仮面を見据える。汗が顔を伝う。仮面の下はなにを見ているのかさっぱりわからない。ふと、魔力が弱まったように感じた刹那、腸が捻じ曲がるような感覚に襲われ、めまいがした気がした。目を一瞬閉じ、開いたさきにヴェンは目を疑った。見たことのない空間が広がっている。自分が地面足をついているのかもわからない。景色が反転してみえる。目の前の道化師は手を前に広げただ立っている。
「たしかに、そうだな。こんなに魔力を放出してしまっては周りに気づかれてしまうね。私はまだやることがある。邪魔されたくはない。君は良いことを言ってくれた。おかげで空間移動の魔術も複数人で実行することが試せたよ。意外とできるものだな」
「言っている意味が全くわからないが、ここはどこなんだ」
道化師が広げた手を額に持っていき、肩を震わせている。笑っているのか。
「ここはどこなんだ? それは私にもわからないよ。ただ言えることはさっきまでいた学院とは別の空間にいるってことかな」
どれだけ頭で考えても理解が及ばない。
別の空間?
さきほどまで学院の魔術学部女子寮の前にいたというのに。
「理解できていないようだね。それはしょうがないよ。私だってこの魔術をまだすべて理解できているわけではないから。次元を超える研究をしていたら偶然できた魔術なんだ。ここは同じ時間を流れている次元と次元の間だと私は考えている。次元を超えるには空間に干渉して、過去未来の次元をつかまないといけなかったからね」
「お前はなにを言っているんだ?」
「もういいよ。理解しなくたって。どうせ君は死ぬんだから」
ヴェンは剣を抜く。肌で感じる圧倒的な魔力総量の差、これはどうにもならない。そして、理解が追いつかないこの空間。どうなっているのか理解できないままだ。逃げるとしてもどこににげればいいのかわからない。ならば攻めるしかない。
「死ぬわけにはいかないんでね。守る人がいるもので」
ヴェンは一歩踏み込み、道化師に一瞬にして近づき、剣を振り下ろす。が、その振り下ろされた剣は無常にも空を切る。
「どこにむかって振ってるんだ? それは飾りなのかな?」
「ちっ・・・・・・。お前は瞬間移動でもしてるのか」
「ここは私が干渉して発生した空間だからね。自由自在に動き回るなんて造作もないよ」
再び、道化師に向かって剣を振り、その一撃はまるで光のように速く飛んだ。しかし、ヴェンが魔術師に接近すると、突然、その姿が歪み、ヴェンの手元から逸れていく。空間を自在に操るとはやっかいすぎる。
「考えろ、考えろ。この状況を打開できる方法を。自分がとれる最善策を」
「何をぶつぶついってるんだい?」
ヴェンは剣を逆手に持ち詠唱する。
「ルミナスリフレクション!」
まばゆい光が空間を包む。どこからともなく光が発せられ、予想以上の魔術が起動したことにヴェン自身も動けなくなる。そして、まばゆい光は一瞬にして消える。
「あぁがっ・・・・・・。目が真っ白になって見えない。なんの真似だ!」
「魔術で新たに作り出した空間だったら、魔術起動したほうがいいかと思い付きでやってみたんだけど、思いのほか強力な魔術が起動した。うーん、これはどういうことなんだろうか。そもそもこの魔術は光水晶ないと起動させたことのない魔術だったんだけれど。常に魔術が干渉している空間だから?」
「言ったでしょ。まだ研究途中だって。君は早とちりだね!」
道化師は手のひらを前にだすと、ヴェンは見えないなにかに体ごと吹っ飛ばされる。見えない壁にぶつかり、体に衝撃が走る。
「がはぁっ・・・・・・。なんだよそれ・・・・・・」
「魔術だよ魔術。空気を圧縮して相手にぶつけるシンプルな魔術だ。ただ空気弾は目に見えないから避けるのは至難の業だろうけど」
実力差がありすぎる。
「なんだい。もう降参なの? いじめがいがないなぁ。私だってこんなことしたくないってか、がらじゃなかったんだけど。だけど・・・・・・だんだん楽しくなっちゃうよね」
「ルミナスリフレクション!!!!!!」
「そんな目くらましの魔術ばっかりつかってどうしたいんだよ!」
道化師は再び手をヴェンに向け魔術を放った。
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