第22話 はじける

 ヴェンはエマをつれて女子寮近くまで歩いていた。涙を流し、自分の力では歩けなくなったのだ。日も沈み、学院は暗闇の中で小さな街灯が道を照らしているた。魔術学部ではまだ研究している学生も多く、各々の部屋の灯りがついている。エマは自分殺されてしまう夢をみたと言って泣いてから一言も話していない。自分が殺されてしまう夢、さらには痛みも現実かのように感じると言っているくらいだ。エマの心身には辛いことだろうとヴェンは思う。それにしても、女子寮までの道のりはもう少し明るくてもいいんじゃないかと思うくらい薄暗いし、人通りが少ない。研究室にこもっている生徒が多いせいか、日も沈んでいるというのに女子寮で灯りがついている部屋はぽつりぽつりとしかない。そしてどの部屋もカーテンを閉め、外からは見えないようになっている。まぁ当然のことか。色々と考えながら歩いていると女子寮に続く、門の前についた。


「オグレディさんついたよ。これ以上は僕は中に入れないから、歩けるかい?」

 泣きはらした目が見えないようにか、ヴェンに顔が見えないように下を向いたままうなずく。

「研究している間は僕もいるし、部屋にはエミリーもいるから大丈夫だよ」

 ヴェンから離れ、歩き出そうとしたその時だった。


「ちょっといいかな」


 後ろからかなり低い声のおそらく男性であろう人物が話しかけてきた。おそらくという言葉を使ったのはマントで顔を隠した上に、ちらっと見えた顔の部分には道化師のようなマスクを被っていたからだ。身長はヴェンと同じくらいか、体つきは細身のように見えるので性別の判断がつかない。聞こえてきた声からは男性だと思うが、それ以外に判断材料がなかった。


「あなたは誰だ?」

 エマは突然現れた人物に驚いたのか、しりもちをついてしまっている。見えた表情は恐怖を感じているように青ざめている。声も出せないような状態に見えていたのでヴェンが謎の人物に話しかけた。


「私はこの学院の関係者だよ。こんな格好なのはちょっと顔に傷があってね。あまり見せたくないからで、マントは魔術学部っぽいからっていう特に理由もないんだよ」

「関係者だと? 怪しすぎる。学院の関係者だという証拠はあるのか」

「まぁしょうがないねぇ。こんな格好だから怪しまれるだろうとは思っていたけど、ほらこれ」

 相変わらず、青ざめて固まったままのエマをゆっくりみながらヴェンの前に星のオペンダントを見せる。

「これは上位学部以上の生徒と教授が持っているペンダントか」

「だから言ったでしょ。関係者だって」

「関係者なのはわかったけど、用はなんだ」

「態度が全然改まらないねぇ。まぁいいけど。用があるのは君じゃなくてそっちでしりもちついている女の子。魔術学部の女子を対象に魔力総量の確認と状況によっては魔力総量を増やすアドバイスをして回ってるの。魔術学部の研究とはまるで関係ないからこうして一人一人に声をかけているっていうこと」


 ヴェンは疑うような視線を崩さないまま話を聞き、エマは相変わらずしゃべることが出来ず座ったままだった。


「魔力総量って調べることができるのか? 魔力総量という概念はあることはわかっているけれど、それを目に見えるもにできるっていうのは聞いたことないぞ。結局使える魔術の規模だったり、起動までの速さで多い少ないを判断していると思ったが」

「一般的にはそうだろうけど、私には目に見えるものにできる。それじゃ見ちゃうね」

 マスクのしたの表情は全くわからないし、こいつが何を考えているのかもヴェンには全く見当がつかない。マスクの男は手を広げ、エマの前にかざす。無詠唱で魔術を発動させていた。謎の男が光につつまれる。ヴェンには以前も感じたことのあるような感覚に襲われながらその光景をみていた。エマは体が震え始めていた。


 どれくらいの時間がたったかわからない。光がしだいに消えていき、マントの男がはっきり確認できた直後だ。一瞬だったか、数分経ったか。警戒は怠っていなかったし、このマスクの男がなにかしだしても動けるようにとヴェンは気を張っていたが、一歩も動くことのできないまま、事は起きた。

 突然魔力が増大したかと思えば、一瞬にしてエマ・オグレディは。はじけたという表現が正しいかはわからない。ただ、魔力の増大を感じてエマ・オグレディの体が光の玉となってはじけた。はじける前にそのマスクの男が発した。その一言には怒りがにじみ出ているようにヴェンは感じた。なぜそう感じたかはわからない。あくまで感覚としてだが。


───お前がっ・・・・・・。


 その一言が聞こえたと思うと光とともにはじけた。状況を把握できないまま、ヴェンはそのマスクの男から距離をとる。


「お前、なにをしたんだっ!」


 マスクの男は両手をだらんとさげたままヴェンに体を向ける。表情はわからないが、呼吸が荒くなっているのがわかる。肩が大きく上下し、呼吸の音が聞こえるからだ。


「こいつが・・・・・・。こいつが元凶だったんだよ。私にはやることがある。見られたからには君も生かしてはおけない」


 ヴェンはなにもかも理解できていなかった。

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