第21話 エミリーの日常②

 エマとは話しているうちに、転移魔術論を読むために仲良くなるという目的だったが、いたって普通に仲良くなることができた。彼女は思ったとおりの引っ込み思案で、内気な子であったが、自分の興味あるもの、好きなことについては饒舌になる。特に好きなのが魔術だ。魔術学院に通うべくして生まれた子のようだ。


 普通に仲良くなったので、転移魔術論はあっさり貸してくれた。そもそもエマはもともと読み込んだ後に私やヴェンに貸すつもりだったらしい。


「読んでみてどうだった?」


 エマは目を輝かせて聞いてくる。きっと共感が欲しいのだろう。転移魔術なんて世の中はみ出し者が選ぶ研究テーマだ。それを嬉々として学んでいこうというのも珍しい。エマは元々この研究テーマで進める予定などなかったのだが、転移魔術論との出会いによって大きく事態は変わった。


「面白かったよ。まさに私たちが探していた本だったわ。でも、これ読んでいくと少しむずむずするというか、恥ずかしくなってくるというか・・・・・・」

「えぇーなんで、恥ずかしくなるの? もうキュンキュンするじゃん。村で出会った幼馴染が離れ離れになるけど、心はつながっているっていうかさ。会いたいっていうその一心で魔術を作り出すって愛じゃない?」

 エミリーは苦笑い浮かべその話を聞いていた。なぜかむずむずするような感覚に襲われる。幼馴染の二人が同じ時間を過ごし、惹かれていき、愛し合う。二人は離れ離れになるが、会いたいがために転移魔術を生み出した。転移魔術についてがメインで書かれているが、転移魔術を生み出すきっかけになった二人の出会いや、相手のことをどれほど想っているのか大事にしているのかが術式の説明の合間に長々書かれているのだ。思わず顔を赤くしてしまうような、ポエムのような内容で相手への愛が語られている。主題は転移魔術なのに。この書き方じゃなければ書けなかったのだろうか? それともただ単にこの著者の趣味なのか、見当がつかない。そして、E.Oというイニシャル。あいつも同じイニシャルだ。


「エミリー大丈夫? なにか難しい顔をしているけど」

「あぁ、ごめんごめん。まぁキュンキュンするかもしれないねぇ。なんだか私は少し恥ずかしいかも」

「エミリーはうぶだね。オースティンくんは彼氏じゃないの?」


 エマがそう言うと、エミリーは悲しげな表情をしているように見える。さきほどまで赤らめていた頬は赤みが引き、目線は机にうつる。エマの質問に答えるわけでもなく、無言のままだ。


「やっぱり調子悪いの? 今日はもう部屋に戻ったら? 私はこの本また読みこんでから戻るから」

「ありがと。でも大丈夫だから、ちょっと研究室で休んでいるから一緒に部屋に戻ろうよ」

「大丈夫ならいいんだけど、それならいまハーブティー入れてくるね。飲むと落ち着くと思うよ」

 エマは研究室奥にある、部屋に消える。エミリーは椅子に深く座り、大きく息を吐く。本当のところは部屋に戻り、このもやもやを整理したい。生徒が消えているいまの状況でエマを一人にするのは不安が残る。エマが行使している魔術はとても小さいものであったが、よくよく見るとうまく使えていないだけで、魔力総量は相当なものであるのではないかとエミリーは感じていた。起動した魔術は残滓が多く感じられ、無駄が多く、起動までに時間がかかっていた。時間がかかるということは、そのかけている時間で常に魔力を流している必要がある。魔力をうまく使えていないが、魔力総量が多いため、枯渇せず起動までもっていくことができる。もしかしたら彼女はうまく魔術を使えていないふりをしているだけではないのか。エミリーはエマのことを見ている。転移魔術論を読むだけではなく、エマ・オグレディのことも観察しているのだ。


「やること多いなぁ。でも、やるしかないんだよね。ヴェンを死なせないためにも」


 今日も夜にはヴェンの生存を確認して、学院を見回らないといけないとエミリーは考えていた。

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