第20話 エミリーの日常①

 入学式から研究室でエマに会うまでのエミリーの話


 ───


 入学式を終え、寮の部屋に戻る。二人部屋のため、そこには知らない女生徒が一人机に向かっていた。私の目的はヴェンを死なせないことだ。それにこの女生徒はほとんど記憶にない。関わりが薄いのだろう。

 最初に部屋割りが決められているが、研究室が決まってしまえば研究室内で寝泊まりすることになるか、もしくは部屋の交換が起こる。同じ研究室の生徒同士で集まれば研究の進捗が早くなるからだ。ここまで自由を認められている魔術学部は自分を律していないと研究を進めることが難しいのだ。部屋の移動は学院側が認めているし、むしろ魔術学部では推奨されている。かたや剣術学部は個の技能を高めることが主な目的である。部屋の移動というよりも、退学になった学生の空き部屋を利用し、一人で生活することが多いらしい。ヴェンがかつて話していた。

 

 研究室を決めてからというもの、朝起きて学院内を散歩し、学院でなにか変化がないか確認する。男子寮に向かい、ヴェンの朝の修練に付き合い、部屋に戻りシャワーを浴びる。シャワーが終わればヴェンと一緒に研究室に向かい転移魔術について研究を重ねる。お昼は食堂にいき、意味のない会話で笑いあう。食事を済ませればまた研究室に向かう、もしくは図書館にいき研究につながりそうな本を探す。本に載っている魔術を試し、新たに記述を増やしたり、魔術起動の流れを書きだす。魔術が起動するまでの流れをつかむことでどういった原理で起動しているかがわかってくる。この原理が理解できれば、転移魔術起動につながるのだが、これが手っ取り早くまとまっている本がいくら探してもみつからなかった。

 かつて見たことがある本、


 【転移・転生魔術理論】


 たしか図書館にあったはずなのだが、見つけることができない。これさえあれば研究は容易い。ほとんどこの本の中に記述されている魔術を起動していけば転移魔術を起動できる。アイリーンが己の魔力総量にものを言わせて、起動させる転移魔術。それを一般的な魔力総量においても起動できるようにすることが私たちの研究テーマであった。もちろん、アイリーンの転移魔術はまだ世の中には発表されていないので現状、いまだかつてだれも到達したことのない魔術という位置づけになっている。だからこそ、このテーマを選ぶ学院生はほぼいない。実現できないと考えるからだ。このテーマにヴェンが乗ってきたのは意外であったが、都合がよかった。あまり他の学院生たちと同じ研究室になるのは好ましくない。ヴェンを守るので精いっぱいなのに他の学院生まで守ることは難しい。それに研究室に二人きりというのは嬉しい環境だった。


──────研究テーマ決定する最終日、突然研究室の扉が開いた。


 そこには赤毛の可愛らしいメガネをかけた少女が立っていた。ヴェンがさきに会話をする。なにかを見つけたようだ。それをみて私も驚いた。探していた本に限りなく近い内容の本をそのメガネの少女が持っていたのだ。話を聞いていると図書館の1階にあったという。私たちが見つけられなかった? あんなに隅々まで本をみていたのに? なにかが変わったのか、事象が変化したということ?

 あの本を読まなくてはいけない。彼女が持っていた本は【転移魔術論】という。すごくお気に入りのようで、彼女はその本を片時も離さないいきおいで常に持ち歩いている。彼女と仲良くなって、同じ部屋になって、彼女が出ている隙間に本を読むしかないか。いや、そんなことをしなくても読ませてくれるだろう。


 まぁとりあえず、彼女と仲良くなることから始めよう。


 私の日常にエマ・オグレディとの交流が追加され、転移魔術論の読解という課題が追加されたのであった。それもこれもヴェンを死なせないためだ。私がしっている本の名称とは違うが、内容が近しいものであれば“あいつ”が必ず狙ってくる。目に留まらないようにするか、やられる前にやるしかない。


 そうすべてはヴェンが死なない世界をつくるためだ。

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