第9話 彼は先のことを知らない

 ヴェンは扉のない部屋の隅で、膝を抱えうつむく。アイリーンの言っていることはもっともだ。自分はせまい世界しか知らず、その世界の中でしか考えていなかった。たった一度の敗北で世界が終わってしまったかのような感覚になってしまった。だが、たしかにそこには超えられない壁を感じたのだ。ここであきらめるか、もう一度立ち上がるかは自分次第。立ち上がろうとすれば辛く長い道のりになるだろう。あきらめたとしても、なんら問題はない。この村で生きていくだけだ。このままでいいのだろうか。


 どれだけ自問自答しても答えはでない。でないなら動くしかないんじゃないか。ごちゃごちゃ考えていても始まらないか。


 ヴェンは立ち上がり、家をでた。湖に行こうと思ったのだ。このごちゃごちゃした思考をいったん整理しようと。

 湖に向かっている道中も、考えはまとまらない。アイリーンを追って、学院に行くべきか、あきらめて新たな人生を歩むのか。自分なりには精一杯やったのだ。


 だが、それも自分なりなんだとアイリーンには指摘された。まだ頑張らないといけないのか、剣術も魔術も手を抜いていたつもりはない。

 もう少しでいつも修練していた湖が見えてくるころに、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。いや、誰かはわかっている。いつも聞いている足音だ。


「エミリーどうしたの?」

「えっ?」


 突然振り返りかえったので、エミリーは急に足をとめることになり、ヴェンによりかかるようにとまる。エミリーはヴェンの胸に両手を置き、息が切れているのを落ち着かせるためか、深呼吸しようと方が上下に動いている。


「はぁ・・・・・・はぁ、どうして私だってわかったの」

「どれだけ一緒に修練してきたと思ってるんだよ。音でわかるよ」

「ヴェンはやっぱりすごいね」


 すごい? なにもすごくない。できることはなにもない。アイリーンに一度負けただけで心が折れて引きこもるくらい心が弱い。


「で、そんな息切らして走ってきてどうしたの」

「あの・・・・・・、お姉ちゃんからヴェンと話したって聞いて・・・・・・」


 エミリーの眼は下を向いたり、ヴェンを見つめたりいったりきたりしている。不安そうな表情のように見えた。


「うん、来たよ。僕の部屋の扉を燃やしていったよ」

「え、扉燃やしたの?」

「扉燃やして、クレスに来いって言って出ていったよ」

「そんなこと言ったんだお姉ちゃん」


 今度は眉間にしわがより、怒ったような表情になる。


「ヴェンはクレスに行かないよね。学院に行ったりしなよね?」


 もたれかかっていた状態からエミリーは後ろに下がる。


「正直、アイリーンに言われて迷ってる。もう超えられないと思ったりもしたけど、まだできるかも・・・・・・」


「無理だよ‼」


 エミリーはヴェンの言葉を遮るように叫ぶ。


「ヴェンはもうお姉ちゃんに負けたんだよ。本当はもっとさきに決闘する予定だったけど、でも修練してどうにかなるような差ではなかったじゃない」


 ヴェンは困惑していた。エミリーなら話を聞いてくれると思っていたからだ。この湖に来たのも、自分の考えを整理するのとエミリーにどう相談しようか考えようと思ってだ。だが、現実は違う。


「学院に行くべきじゃないよ。ヴェンはこの村で一生過ごせばいい。私もいるから。行かないでよ」


 涙が流れていた。なぜこんなにもクレスに行くことを止められて、エミリーが涙を流しているのかわからなかった。


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