第8話 限界を作っているのは自分自身

 勝てる・・・・・・とは考えていなかった。でも、紙一重で勝てる可能性はあると思っていた。なにかの不測の事態があれば、アイリーンの裏を一つでもかいていれば、勝てるかもしれないと。


 見当違いも甚だしい。いままでにない魔術を使っても一瞬で破られ、磨き上げた剣術も威圧感に圧倒され、足が動かなくなった。

 

 技術もなければ、覚悟もなかった。現状を見つめられていなかった。手も足もでない。ただただアイリーンの前では無力だった。


 アイリーンに助けられたあの日から隣に立てる男になろうとアイリーンに手を差し伸べることができる男になろうと必死で過ごしてきた。アイリーンを助けるためにゴブリンに立ち向かって、返り討ちにされて、最後にはまた彼女に助けれ、かっこ悪い結果になっても前を向き続けた。


 彼女に追いつくために、彼女と同じくらい、いやそれ以上に強くなって守れるようにと、毎日修練を重ねた。彼女の魔術の知識に追いつけるように、彼女の研究の手助けができるように、毎日知識を積み上げてきた。


 どれも無駄な努力だった。


 手がボロボロになるまで剣を振るった。剣術の修練もかかさずしてきた。アイリーンが技術だけではなくて、原理を理解することが重要なんだというから、魔術の歴史も学んできた。無駄というよりもアイリーンにはそもそも隣に立つ男なんて必要ないのだ。


 だって、あれだけ強くて、新しい魔術を目にしてもすぐに対応することのできる知識と魔力量がある。そんな天才は負けるはずがないし、手助けもいらないだろう。ヴェンには自分にできることはなにもないという現実があの決闘の日を境に頭から離れなかった。


 目標に近づいていると思っていた。日々の修練で自分の成長を感じていた。でも、それ以上にアイリーンは成長し、高みを目指していた。学院にいく理由も、この村では学べることに限界があると、もっと強い人間にあって剣術も高めたいと上を見ていたのだ。

 僕はアイリーンを見ているようで、見ていなかったのかもしれない。もういいや。この村で一生を過ごし、幸せな家族を作るんだ。そしてアイリーンは僕の幼なじみなんだぞって子供に自慢するんだ。最後までアイリーンを見上げ続ける人生でいいんだと思う。あぁお腹減ったな。でも、動きたくないから寝よう。それでいいんだ。明日は、明日は動くから、今日は寝よう。


ドンドンっ!


 ヴェンの部屋の扉をたたく音が聞こえる。エミリーはつい先日追い払った気がするが、また来たのだろうか。この前きつめに言ってるから、無視していれば帰るだろう。今日までは家をでたくない。今日までは家の中に引きこもりたい。


 ドンドンっ!!


 まだいるのか。


 ドンドンっ!!!


 無視無視、今は人に会いたくない。


 音が消えた。やっと帰ったか。そう思った矢先。

 扉が燃え、一瞬にして黒い燃えカスとなった。驚きの余り目線が扉があった方向にいく。そこにはアイリーン・ロクサスが仁王立ちしていた。


「ヴェン、いつまで部屋に引きこもってるの? そんなに私に負けたことが悔しかった?」

「あっいや・・・・・・」


 状況を把握できずにいた。今日はアイリーンが首都クレスに旅立つ日のはずだ。

 

 入学はまだ先だが、入学前から首都クレスで暮らし、生活に慣れておきたいという話らしい。決闘に負けてからアイリーンの顔をみるとみじめな気持ちになるので、もう顔を合わせないつもりだった。けれど、目の前にはアイリーンがいるのだ。


「歯切れが悪いわね。男が一回負けたからって、まぁ女の子に負けるのは悔しいと思うけどね。一回負けたぐらいで心折れてるんじゃ、情けないよ!」


 アイリーンに負けた。完膚なきまでに負けた意味をアイリーンはわかっていない。おれだけ彼女に恋焦がれ、憧れ続けたのかを。


「君は知らないんだ。僕がどれだけ追いつきたいと、隣に立てる男になりたいと思っていたかを! あの日僕は自分がどれほど無力だったかを思い知ったんだ」


「そんなの知らない! 知らないけど、ヴェンがどれだけ努力してきたか、剣術も魔術も真剣にやってきたかは見てきたつもりだよ。それをたった一回でなかったことにしていいの?」

「その努力だって、なんの意味も成さなかった。ただ追いつけないって知らされただけだよ」


「ダサいね。たかが小さいこの村で、修練しただけで限界まで努力したつもりなの? 私はたしかに他の人よりも魔力総量が多い。でも、それだけだよ。あっ知ってることも多いかもしれないけど・・・・・・でも、それだけ。あとは自分でなんとかしてきたんだ。冒険者になるために魔物を討伐したり、クレスに行ったり、ヴェンはそこまでしたの? ただこの村で努力を続けてただけ。だけど、その努力は凄まじいものだったと思う。だからヴェンはもっと上を目指すべきだよ」


「上? 僕にはそんなことを目指す権利なんてないよ・・・・・・」


「権利は人に決めてもらうことじゃないよ。自分でつかみなよ。外の世界に自分から飛び出しなよ。案外、かわれるかもしれないよ」


 そう言うと、先ほどまでのきつい表情とうってかわり、アイリーンはぎこちなく笑う。


「待ってるからクレスで! ヴェンも学院にきなよ! じゃ私は行くから」


 やりきっていると思っていた。限界まで努力していると、まだやれることはあるのかもしれない。


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