第7話 愛する幼馴染は転生者

 あの日から数日後、エミリーはヴェンの家に向かった。


「あらエミリーちゃんじゃないの。もうすっごくきれいになちゃって」

「マーサおばさんこんにちわ。ほぼ毎日顔見てるじゃない。顔なんてかわらないよ」

「子供が思っている以上に毎日の成長はすごいのよ」


 ヴェンの母は優しい笑顔を彼女に見せる。


「ヴェン大丈夫?」


 決闘から数日が経っているが、エスコ村でヴェンの姿を見ていなかった。

 アイリーンとの決闘では二人とも手も足もでなかった絶望的な実力差であった。彼女はすぐに切り替えたが、ヴェンの姿を数日みなかったので心配になり、彼女はヴェンの家を訪ねたのであった。


「全然部屋からでてこないのよね。ご飯も全然食べないし。相当アイリーンちゃんに負けたのが悔しかったんでしょうね」

「そうですか。部屋に行ってもいいですか?」

「いいのよ。むしろお願いしたいわ。部屋から引っ張り出してもいいから、お願いねエミリーちゃん」


 階段を上りきると、すぐ右にヴェンの部屋はある。こんこんと二回ノックする。


「ヴェン、起きてる? 部屋に入ってもいい? 少し話さない?」


 ノックしても、声をかけても返事はない。扉を開けようとすると、扉の前にはなにか置いて、開かないように細工していた。


「ヴェンでてきてくれないなら、魔術で無理やり開けちゃうけどいい?」


 あと少し待って、なにもなければ本当に魔術を使ってしまおうと思っていた矢先、扉が少しだけ開く。


「帰ってくれ。僕はアイリーンのとなりにたつことなんてできないんだ。どれだけ努力しても超えられない。どれだけ知識をつけても考えに追いつけない。無理だった。こんなみじめな姿でエミリーも幻滅しただろ。帰ってくれ」


 そういって、扉を閉めてしまった。



 エミリーは安堵していた。


 ヴェンはこの決闘での敗戦によって心が折れてしまったように見える。目に見えて、意気消沈している。修練にはこなくなり、家に引きこもってしまったようだ。決闘のあとにヴェンの家を訪ねたが、部屋には入れてくれなかった。少しだけ顔が見えたが、目が死んでいた。返事もうつろで、エミリーがいままでに見たことがないくらい絶望していた。


 でも、これでヴェンは。死ぬことはないのだ。


 私の愛する人は


 学院に行くことで出会うはずだった人、磨かれるはずだった剣技、知識を深めていった魔術、その力で幾重の人を助けるはずだった事実をすべて投げ捨てても、生きててほしかった。


 ヴェンは廃人のようになったとしても、私と愛しあう日々が思い出から妄想と変わったとしても。ヴェンがいない世界で生きていく苦しみに比べれば、この小さなエスコ村でただヴェンがいる日常を過ごす方がいい。馬鹿を演じて、ヴェンのフォローとお姉ちゃんを焚きつけてヴェンを助けさせたり、転移魔術に興味を持つようにゴブリンをけしかけたり、できることはすべてやった。ヴェンがお姉ちゃんに憧れて、実力差を早くに突きつけられれば学院にいくという決断はしないだろうと思った。


 思った通り、ヴェンの心は折れてしまった。心が痛むほどの落ち込み様だったが、全員を、ヴェンを、お姉ちゃんを、家族を、死なせないためにはこれしか思いつかなかったのだ。


 ヴェンがいなくなってから転移魔術について研究し、世界を壊したお姉ちゃんを探し出し、さらなる研究を重ねた。

 ヴェンがお姉ちゃんを転生者だと知らない世界を作り出すため、ヴェンが異世界というものを認識しないような世界を私は作った。


 これからの行く末を私はみていかなければいけない。

 愛する幼馴染は私が転生して守る。

 ヴェンが生きていられる世界を私は作る。

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