第二部 

第1話 恋心を自覚する

 ゴラス迷宮区攻略後に村に戻ると、ヴェンとエミリーはこっぴどく叱られた。結果的にはアイリーンに助けられたも同然。 

 子供だけで迷宮に挑むなどありえないなどと延々しかられた。あの日を境に、アイリーンはより一層修練に励み、学ぶことにも大いに力をいれるようになった。

 積極的に迷宮区攻略にも参加するようになり、三人で修練する時間はどんどん減っていった。


 それでも日々は過ぎていく。


 ヴェンがいつものようにロクサス家を訪れる修練していると、首都クレスから使者が一通の手紙を持って現れた。現騎士団長エラクス・ロクサスからアイリーン宛ての手紙だった。


「やっときたんだね」


 アイリーンが使者から手紙を受け取る。


「騎士団長から手紙なんてどうしたの」

「二年前にゴラス迷宮を攻略したでしょ。そのときに助けたドミンゴ王子に頼み続けてたの。スターズ学院の上位学部に特待生枠で通わせろって」

「お姉ちゃんスターズ学院にいくの⁉」


 スターズ学院とは十五歳の成人を迎えたあとに通う事のできる学び舎である。成人後に冒険者になるものも多い中、優秀な人材を首都に留まらせるという学院が存在する理由もある。

 スターズ学院には魔術学部、剣術学部がありそれぞれ四年間通う。優秀な成績を残し、試験に合格することができればさらに上の上位学部へ行くことができ、合計で九年間、学院で学べる。上位学部卒業となると内政干渉できるほどの地位を得られると言われるほどだ。


「上位学部の特待生って一年生から上位学部に貢物なしで通うってことでしょ。それって国賓級の扱いなんじゃ・・・・・・」


 上位学部には優秀な人材の中でもさらに優秀な人材しか通う事のできない選ばれた人間が通う学院である。小さな村で神童といわれているだけでは中々認められにくい。


「そうだよ! だから王子に頼んだの。こんな田舎の村の出身だけど、特待生枠で入れるようにしてねって」


 小悪魔のような表情をみせウインクするアイリーン。めちゃくちゃ可愛いなとヴェンは眺めていた。突然尻に衝撃を受ける。


ドンっ!


「急に痛いよエミリー・・・・・・」

「お姉ちゃんその学院に行くの?」

「うん。まだ十五歳になってないし、行くのは次の春。私、この村を出るわ」


 もうすぐ僕らは十五歳になる。成人と認められる年齢だ。ヴェンは複雑な表情を浮かべていた。


「僕はてっきり冒険者になるものだと思っていた。一緒に行こうと思っていたよ」

「ごめんねヴェン。私はまだまだ学びたいの。父様のところに話にいってくるね」


 アイリーンは家の中へと入っていく。取り残される二人。


「お姉ちゃん村をでちゃうんだって。どうするのヴェン」

「どうするのって、冒険者になるならついていこうと思ってたけど、スターズ学院に行くんじゃ・・・・・・。しかも上位学部なんて通えるわけないし」

「そういうことじゃなくて! 学院に通いだすとしばらく会えなくなっちゃうよ?」


 黙るヴェン。もうしばらく会うことはできない。三人で修練することも、湖で話すことも、ごはんを一緒に食べることも、できなくなる。アイリーンのことだ。学院を卒業しても村には戻ってこないだろう。考えがまとまらなかった。


「ヴェンはお姉ちゃんのことが好きなんだよ。追いつくために必死で毎日頑張ってきたじゃない。ゴラス迷宮のときだってお姉ちゃんを助けるために向かった。想いを伝えなくてもいいの?」


「いや、好きとかそういうのは・・・・・・な、いと思う」


「もうヴェンは無自覚なんだから。お姉ちゃんのことは可愛いと思う?」

「めちゃくちゃ可愛い。特に最近髪を短くしてますます可愛い」


「・・・・・・。お姉ちゃんに追いつきたい?」

「そりゃもちろん。アイリーンに追いつけるように隣に立てるように毎日頑張ってきたんだから。修練しているときの凛とした表情も美人だよね」


「顔気持ち悪いよ。まぁいいんだけど。お姉ちゃんが誰かと結婚するって言ったらどうする?」

「え、すごく嫌だ。誰かのお嫁さんになるなんて。でも、ドレス姿は想像しただけでも可愛い」


「いや、もうそれ好きってことだよ!」

「えぇ! 僕はアイリーンのこと好きなの⁉」


 五歳で初恋をして、十五歳を迎える前に、ヴェンは恋心を自覚した。


 エミリーに指摘されてからというものついついアイリーンを見てしまう。僕はこれを一種の憧れだと思っていたが違うらしい。そんなことない気もするが。

 好きだと自覚したとしても問題は何一つ解決していない。来年の春にはアイリーンは首都クレスにあるスターズ学院に入学してしまう。今日も修練のあとにグレッグ家の図書庫にて勉強に励みつつ、エミリーと作戦会議を行っていた。


「もう想いを伝えればいいじゃない!」


 エミリーはこれしか言わなかった。そして毎回ヴェンはそれじゃただの告白じゃないか。僕がいままで頑張ってきたことは何一つ報われていないなどと反論する。


「中々、熱い議論をしてますな。さぁこれを飲んで少し落ち着きなさい」


 優しく柔らかい口調で紅茶を運んでくれたのはこの図書庫の持ち主、モーガン・グレッグさんだ。知識をつけたいのならグレッグさんを訪ねなさいとトラウト村長に言われ、通い始めてからすでに十年くらいになる。

 グレッグさんの入れる紅茶は熱すぎず、冷たすぎず。カップを口元に持っていくと香りがふわっと香ってくる。グレッグさんの人柄はでているような優しすぎない紅茶だった。二人ともこの紅茶がすきだった。ひと口のむとほっとしたからかついアイリーンのことについて話してしまった。


「ほうほう、なるほど・・・・・・」


 グレッグさんは長いあごひげを左手で上から下へと繰り返し撫でる。


「一緒に入学してみては?」


 その案については考えたことはあったが、二人は上位学部へ行ける実力はない。


「上位学部へ入るというわけではなく、最初に剣術か魔術学部に入って上位学部へ編入する方法があります」

「それは知っていますが、まずスターズ学院の試験を受けることができません。学院へ入学するには相当なお金が必要と聞きます。エミリーはともかく、僕の家庭ではそのようなお金を準備することはできません」


 一度、父エドウィン・オースティンに相談したが、そんなお金はないからうちで働くんだ。アイリーン様とは違うんだからと言われてしまっている。


「わたくしが推薦状を書けば、優良枠として学費が免除される可能性はあります」

「そんなことができるんですかグレッグさん!」


 ヴェンとエミリーは顔を見合わす。


「元校長ですからね。ですが一つ懸念が」

「懸念とは・・・・・・?」


「お二人が、ヴェン君がなんの実績もないということですかね」


 ヴェンたちには全く実績はなかった。いままでアイリーンとともに修練してきたといはいえ、ただ修練を重ねていただけだった。ゴラス迷宮には入ったが、結局はアイリーンがすべて解決、あれ以降迷宮に近づくことさえ許されなくなってしまっていた。もちろん冒険者登録はしていないし、魔物の討伐報告だって統治ギルドに上げていない。


「なにか有名な冒険者とパーティを組んで迷宮区を攻略したですとか、決闘で勝利したなどの実績があれば推薦状は認められやすくなると思います」


しばらく三人で唸っていると、突然エミリーが立ち上がる。


「作ればいいじゃない実績!」

「だからそれをどうやって作るかってとこで・・・・・・」

「だから作るのよ」


「お姉ちゃんと決闘して勝つの。そして想いも伝えちゃえばいい」


 沈黙が流れる。あの天才に決闘で勝つ? あれだけすごい魔術と剣術をみてきたヴェンが力の差をはかれないわけがなかった。いまだに差は絶望的だ。


「どうですグレッグさん!」


 エミリーは本気で考えているようだった。


「それが本当にできるのであれば、実績としては十分でしょう。最近はアイリーン様も名が知られてきているようですし、Sランクの冒険者に決闘で勝利となれば推薦状としては十分でしょう」

「勝てるわけないよアイリーンに」

「やってみないとわからないよ! ゴラス迷宮のときだって無理だって言われていたのにお姉ちゃんのこと助けられたじゃない。できるよヴェンなら! 私がフォローするから」


 なぜか自信満々のエミリー。だが、それをみたヴェンは奮起する。


「たしかにやってみないとわからないよね! 最初からあきらめちゃだめだ。すぐにでも挑もう」


「まぁまぁ落ち着きなさい二人とも。成人前の決闘では子供のお遊びだと言われてしまう可能性もあります。ですから決闘を申し込むなら成人を迎えてからにしなさい」

「わかりましたグレッグさん。そうと決まればいますぐ修練だ」

「いいねヴェン! 決闘の作戦も考えないとね」


 開いていた本を勢いよく閉じ、図書庫から走り出す。


「知識を蓄えることも忘れてはいけませんよー」

「はーい!」


 アイリーンに決闘で勝って、想いを伝えるんだ。そう決意したヴェンだった。

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