第15話 ゴブリンは人間に戻れる日をただ夢見ていただけ
目を覚ました時には薄暗い空間に座り込んでいた。どこかもわからない。目を凝らすとここはどこかの洞窟のようだ。オレはさっきまで警察から逃げていたはずでは・・・・・・。すぐには思い出せない。ひとまず、状況を確認せねば。なぜかおぼつかない足。壁をつたりながら歩いていると徐々にここに来るまでの記憶を思い出していった。
二十二歳の誕生日。安いカップ酒と、コンビニで売っているちょっとしたケーキを買い。自分の誕生日を祝う。当然、祝ってくれる人なんていない。両親もどこにいるかわからない。高校卒業以来、家を飛び出し、連絡もとっていない。貧乏だった生活から抜け出したいと田舎から東京へ飛び出したが、結局、駅から遠い安いボロアパートで安いカップ酒を飲み、日雇いのバイトでその日をしのぐだけ。オレが悪いんじゃない。手を差し伸べない、弱者を見殺しにする社会が悪いんだ。そう思わないとやっていけなかった。
二十二歳の誕生日を境に、なにか変えないと思い、SNSを徘徊していると、高額のバイトの募集を見かけ、応募した。強盗の実行役だった。店に押し入るとすぐに警察が駆け付け、追い回された。なんでなんでだよ、ただオレはお金が欲しかっただけなんだ。助けられなかったんだから少しは悪いことしてもばちは当たらないだろうよ。そんなことを考えながら逃げていた。
そして、車に轢かれた。
そうだ。オレは犯罪を犯し、逃げているときに事故にあったのだ。ここは地獄なのか。裸足で石がゴロゴロしているような道を歩いているようだが、痛みは全く感じない。当てもなく歩いていると、洞窟の出口だろうか光が見えてくる。これでやっと暗い場所からでられる。ふと下を向くと、わずかな光に照らされ水たまりに映るオレが見える。
いや、オレではない
なんだこれ
顔を触る。ごつごつとした肌。口元に手をもってくると牙のように生えた歯がある。
皮膚の色はわからないが、たぶん人間のような肌色はしていないだろう
水の鏡に映る姿は化け物そのものだった。
「ゴアァアアァ」
泣き叫ぶ。聞いたこともないような声。自分からでているとは思いたくない声。オレは化け物に生まれ変わってしまったのか。
そのあと気が狂ったように壁に頭を打ち付けたが死ねなかった。小さい傷程度では回復してしまうのである。自分で死ぬことをあきらめたオレはしばらくじっとしていることにした。その中でわかったことがある。オレが洞窟にいるとどこからともなく自分より小さい化け物が発生してくること。腹が減るとオレは本能的にその化け物を襲ってしまうこと。餓死することを考えていたが、本能に抗えず生きながらえ続ける。
どれだけ経ったかわからない。ある日、かつてのオレの姿をした者がきた。人間だ。そうだ人間に助けを求めよう。空腹でなければ、理性を保てる。人間に接触を試みた。いや、試みることすらできなかった。オレをみると、その人間は恐怖に顔が歪み、一目散に逃げていった。
そして数日後、今度はオレを攻撃する人間が現れた。柄の長い日本刀とは違う、西洋の剣のようなものを振りかざし、なにかを口にしたかと思えば、火が吹きオレを燃やすように襲い来る。
逃げた。怖かった。人間の殺意が。オレが強盗に入ったときも、「殺すぞ」と脅していたが、こんなに怖かったのか。オレはなんてことをしたのだろう。後悔してもしきれない。
この襲い来る人間たちに殺されるのも悪くないかと考えたが、これもダメだった。
死を感じると、この化け物の生存本能かわからないが、反撃するのだ。生きるために。
もう一つわかったことがある。オレは一般的な化け物より強いらしい。どこからともなく発生するオレを小さくしたような化け物はすぐに人間にやられる。そりゃそうだ。相手に真っすぐ向かい一対一でしか戦わない。これじゃ勝てないだろ。
オレはできるだけ襲われないように洞窟を転々とした。外に出るのは怖かったが、この現状を打破するには動くしかないとそれにくらいには回復した。
人間と対峙する中で少しだけ言っていることがわかるようになってきた。自分では話せないけど。それとちょっとだけカタコトだが日本語を話せるようになった。
今日も今日とて洞窟を探す。
良い場所を見つけた。外観は遺跡のようで、中は洞窟さながら。遺跡にはいる入り口のほかにゲートの形をした石がある。それにふれると光に包まれ遺跡の中に入れるのだ。とても便利。道も狭く本数も少ない。小さな化け物たちは日本語で話しかけると指示に従うくらいにまでは手懐けた。こいつらを配置しておけば人間たちは踏み込めないだろう。オレはここを拠点とすることに決めた。
最近の流行りは侵入してきた人間を捕まえて尋問することだ。日本語で話しても通じなんだけど。泣き叫んでなにかわからないが許しを請う姿は哀れだ。オレのように哀れだ。同じなんだ。
「オマエハナニカシッテルカ」
聞いても答えてくれる人間なんていないけれど。泣いて叫べ、哀れな姿をみせてくれぇ。オレを安心させてくれ。
「え、日本語?」
うん? まさかオレの言葉に反応したのか。
「ニホンゴシャベレルカ」
「ゴブリンなのになんで日本語を・・・・・・」
ゴブリン? この種族の名称なのだろうか。
「モットハナセ」
長いローブのようなものを被った男を生け捕りにした。手足をしばり、ゴブリンに命じて棍棒でいたぶりながら、叫び声を聞きながら、話を聞く。
と言ってもこいつもたいしたことは知らないようだ。この世界には魔法が存在し、倒すべきものとして魔物がいる。その魔物のうちの一体がオレだ。転生したものはまれにだがいるらしい。首都クレスには転生者がいて、学校に行っているものが多いという。オレはいけないが。そして転生は王族のものたちによって執り行われているという噂があるらしい。
こんな状況になったのは王族が悪い。こんなに気が狂ってしまったのは王族たちのせいだ。話をしているうちにその人間は死んでしまった。
待ち望んでいた。王子と呼ばれる男がオレの前に現れた。こいつから真実を聞き出して、戻るんだ元の世界に。それでこの気が狂った状況から抜け出して・・・・・・。
まっとうに生きるんだ。
やばい、やばい、やばい。殺される。本能がそう訴える。意識を失っていた女も立ち直って、オレらに対峙している。こいつはやばい。
こんな姿じゃなければまっとうにやり直せたのに
こんな姿に生まれ変わりたくなかった
*
アイリーンは意識を取り戻す。一瞬のできごとだったのだろうか。魔術は成功したようだ。
これで死者からでも魔物からでも記憶を取り出せる。だが、魔力の消費は激しい。足元がふらつく。転がっている王子を担いで出口へ向かっていた。
思ったよりも転生者はいるらしい。この村だけでは情報が足りない。人間だけでなく、魔物へ転生する者もいるとは非情だ。本当に王族が転生に関わっているのであれば目的が不明だ。知りたい。こんな魔物を生み出してはいけないとアイリーンは思った。
このイヴァゴブリンがやってきたことは許されないし、前世でやったこともただの犯罪であるし、心の弱さ故だ。常に他人のせいにし、自分は悪くないと言い続ける。自分で変えようとしない。
まあ同じく前世で引きこもりだった自分が言える立場ではないが。アイリーンとして転生し、私はかわれた。
ゴブリンは人間に戻れる日をただ夢見ていただけ
救えるなら救いたい。たとえ醜い魂だとしても。
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