第13話 ゴブリン討伐⑦ できることだけ

 アイリーンはなにかが原因で戦意喪失している。動きはないが、生きていることからそういった推測はできる。それでもいまヴェンは呼びかけ続けることしかできなかった。

 左手には魔法陣を記述しているが乱発してしまってはヴェンの魔力総量は低く、魔力がつきて終わる。

 できるだけ自力で倒していくしかない。もしエミリーの居場所がばれてしまったときのためにも魔力は温存したい。


「アイリーン起きてくれ! 動いてくれ。君が逃げる時間くらいは作れるはずだ。だから、起きてくれ!」


 アイリーンに声をかけ続けながらゴブリンを相手するのは急速に体力が奪われる。まとめて攻撃してくるとはいっても、やはりゴブリン単純な攻撃しかしてこない。なんとかもっているが、増え続けるゴブリンに体力が失われ続ける。打開策が見えない。1体ずつ、単純な攻撃しかしてこないはずのゴブリンが統率され、人数をかけて棍棒を振り続ける。剣で棍棒を弾き続けるのも限界だった。打開するためにはアイリーンの力がどうしても必要だった。ヴェンはアイリーンに向かって叫び続けた。

 それでも叫び続けるとアイリーンが一瞬動いたように見える。声は届いているのかもしれない。双剣流の教えの通り、手を止めずに足を止めずに剣を振るい続ける。


「はぁはぁ・・・・・・。いつまででてくるんだ」


 台座のゴブリンがなにかを発した。全く理解できない言語。あの大きいゴブリンはなんだ。そこまで思考が回らない手を止めるな。


「ヴェンな、なんでここ・・・・・・に」


 アイリーンが言葉を発した。顔を上げたのだ。声がやっととどいた。

 希望がみえたと思った矢先。ゴブリンたちの動きがかわる。ただ棍棒を振り下ろしていただけだったのが、棍棒を盾にする個体もいれば足元を狙ってくる個体もいる。対応が難しくなってくる。


「はぁあっ!?」


 足元を狙っていたゴブリンの攻撃がヴェンの右足をとらえる。痛みとともに体制を崩す。一斉にゴブリンが群がり、棍棒を振り下ろす。頭を守るので精いっぱいだ。


 痛い痛い痛い痛い痛い


 何も考えられない。僕はここで死ぬのか。結局アイリーンのことを助けられずに終わってしまうのか。


「ヴェン、あきらめないでーーー! お姉ちゃんと一緒に帰ろうよぉ」


 大きな声が響く、迷宮の中にいるからよりいっそう響く。

 突然エミリーの声が聞こえた。

 そうだ。アイリーンはいつも言っていた。

 

<どんなに窮地でも常に考えるの。相手の動き、いま自分にできる最善の動き、思考を止めたらそこで終わり。生きてる限り、戦ってる限りは思考を止めちゃダメ。まっゲームの受け売りだけど>


 そんなことを言っていた。げーむとはなにかわからなかったが、思考を止めるなということはヴェンの心に刻まれていた。

 思い出した。まだ生きている。あきらめるにはまだ早い。状況を整理しろ。アイリーンが正気を取り戻しつつある。そして今しがたエミリーが僕を鼓舞するために大声を上げた。ということはエミリーの位置はばれたはず、何体かエミリーに向かうはずだ。エミリーもただ大声をだすわけではないだろう。魔術は準備した上で声をだしてる。その一瞬のすきに動くんだ。


 考えろ考えろ。思考を続けろ。


 ゴブリンは単純な上、急な出来事に対応が大きく遅れる。さきほども、エミリーの大声でゴブリンたちの動きは一瞬止まった。なにか手はないか。再び殴打の応酬に身をかがめながら耐える。


 コツ・・・・・・


 なにかポケットから落ちた音がしたかと思うとそれはヴェンの目の前に転がってきた。光水晶だった。これに魔力を込めてもただあたりを照らす程度の光しか出てこない。こんなときに・・・・・・いや、使えるかどうかまず思考しろ。使えないとそれだけで片付けるな。この光を大きくすることができれば、目くらましには使えるかもしれない。新しい魔術はできるだろうか。アイリーンとの会話を思い出す。


 *            *           *


「新しい魔術ってどうやって考えているの?」


 アイリーンが青い炎の攻撃魔法を見せてくれたときに思わず聞いてしまった。いつか隣に立つと決意してからアイリーンからアドバイスは受けないと決めていたが、青い炎がかっこよくて気になってしまったのだ。


「珍しいねヴェンが私に聞いてくるなんて。聞かれたから答えるけど、原理を考えてさらにそれをイメージとして膨らませるの」

「原理ってどういうこと?」

「詠唱したり、魔法陣を記述して、魔術を起動させるじゃない。なんていうかな、例えば火を出す魔術なら、空気中の酸素を燃やす、自分の魔力を空気とこすらせることによって酸素を燃やすイメージ。これが魔力を流すと同時にイメージすることができれば長い詠唱も、複雑な魔法陣もなしで威力の調節ができる。要はイメージしたものが強さになるの」


 さっぱりわからなかった。サンソってなに空気はわかるけどと思っていた。


「うーん・・・・・・とりあえずイメージが大事ってこと?」


 アイリーンは難しい顔をしながら、ぱっと明るい顔になり「そういうこと!」と説明を終わらせた。


 *            *           *


 走馬灯のように棍棒で殴られ続けながら思い出す記憶。

 イメージしろ、光を増幅させるためにはどうする。光を強く、いや、させればいいのか。体力も奪われ、左手に記述した魔法を発動させると倒れてしまうかもしれない。後だしで残していたのが失敗だった。使うなら消費魔力が小さい魔法にするか。

 いや、できるかわからないがやるしかない。目の前に落ちた光水晶を拾い、魔力を水晶に流す。


光れルミナス・・・・・・反射せよリフレクション


 詠唱すると光水晶は輝きだし、直後に目を眩ませるほどの強烈な光となって迷宮区内の空間に広がった。

 ヴェンの予想通り、ゴブリンの動きが止まる。すぐに立ち上がる。ゴブリンよりも彼女に目がいく。エミリーは予想に反して、詠唱の準備などしている様子はなかったゴブリンたちの攻撃を剣で防いでるところだった。

 まずは目の前のゴブリンたちを一網打尽にしていく。そのままアイリーンの場所まで走る。そろそろ目も慣れてきた頃か、ゴブリンたちが動き出す。


「二人とも目を閉じて!」


 再度詠唱する。


「ルミナスリフレクション!」


 もう一度まばゆい光が空間を包む。ヴェンはアイリーンを囲んでいたゴブリンたちを一気に切り倒した。まだゴブリンたちはわんさかいる。次にエミリーに群がるゴブリンへ突進する。目がつぶれているゴブリンたちをなぎ倒し、エミリーのもとへ走る。最後の光水晶を握り詠唱しようとしたとき。強い衝撃を感じた。


「ぐはっ」


 二度目の強い衝撃。台座に座っていたはずの大きなゴブリンが立ち上がり、ヴェンめがけて棍棒を振りぬいた。ヴェンは壁に打ち付けられた。壁にひびが入るほどの衝撃。口から血を吐く。

 

 このゴブリン二回目の詠唱をするとき目をつぶっていたのか? あぁでももう考えられない。全身に痛みが走る。エミリーが大ゴブリンの攻撃をかいくぐりヴェンのそばにきていた。


「ヴェン! ヴェン! しっかりして。一緒に帰るんじゃなかったの? ねぇ」


 涙をボロボロこぼしながら、ヴェンを抱きかかえる。足音が聞こえる。大ゴブリンがすぐそばまで来ていた。

棍棒を振り上げる。


あぁもうだめだ。二人とも死ぬ。


「ご、め、んエミリー・・・・・・」


 死を覚悟したが、一向に棍棒は振り下ろされてこない。代わりにうめき声が聞こえてきた。


「イデェェェエエ」


 大ゴブリンの振り上げた棍棒ごと腕が飛ばされ、地面に落ちていた。

 後ろにはアイリーンが立っていた。


「ありがとうヴェン。あの光二発で完全に目が覚めたわ。あとはまかせて」


 いつもの完全無欠のアイリーンがそこにいた。やっぱり頼りになるなぁ。ヴェンは安堵し、死の恐怖から解放される安心感で涙があふれる。


「まだ終わってないのに。相変わらず早とちりだねヴェンは」


 よくよく見るとアイリーンの後ろは炎に包まれ、大量にいたゴブリンたちが亡き者になっていた。死を悟った大ゴブリンがアイリーンになにか発した。


「コンナスガタニウマレカワリタクナカッタ」


 ヴェンはなにを言っているか全く理解できなかったが、アイリーンの表情が悲しげな顔していることだけはわかった。

 

 瞬間、距離をつめ、アイリーンは大ゴブリンの首をはねた。

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