第12話 ゴブリン討伐⑥ 奥底の記憶にしばられる

 ヴェンとエミリーがゴラス迷宮を訪れる前、ドミンゴ王子の初めての迷宮区攻略当日


 アイリーンは村をでたところで、ドミンゴ王子一行と合流していた。馬車に揺られながら今回の作戦について話していた。


「ありえない! この僕が迷宮区攻略についていかず、ただ前で待っているだけだのと!」


 王子は憤慨していた。アイリーンは今回の攻略に不確定要素が多く、一人だけで攻略しようと考えていたのだ。


「ですから王子、今回はゴブリン相手ということですが、攻略した迷宮区に大量発生したという前例のない事態です。ここはわたくしが先行いたしますので、安全が確認されしだい調査、攻略するということで・・・・・・」


「断じて否だ。僕もついていく」 


 王子は全く耳を貸そうとしない。


「アイリーン様どうか王子の意向に沿っていただけないでしょうか。王子はわたくしたちが責任をもって護衛いたしますので」


 同じく耳を貸さないというか王子の言いなりであるメイドのフィア・ローマンだ。

 

 なぜか右目を眼帯で隠しており、左腕には包帯がまかれている。中二心くすぐられる格好だ。この世界の武装は防御よりも動きやすさ俊敏さが重視される。ローマンの姿もメイド服を基調とした丈の短いフリルつきのスカートをはいている。

 まれに中のガーターベルトが垣間見える。本当にこの世界にきてから同性ということで覗いても胸をもんでも罪に問われないことにアイリーンは何度うれし涙を流したかわからない。

 

 ローマンさんは魔術師として後方支援役となっている。


「ですから、状況が不明のまま迷宮の中にいくのはとてつもなく危険なんです。一般的に迷宮区攻略には慎重さと忍耐力が必要です。少しずつ進んでいき、地形を把握し、魔物の力を確認し、対策をとる。ある程度手順を踏まなければいけません。今回はすでに攻略しているということで二日程度で調査となっていますが、わたくしは慎重に行くべきだと考えます」


 Sランクの冒険者がここまで忠告しているのだ。さすがに聞いてくれるだろう。馬車の揺れが収まる。おそらく、ゴラス迷宮区の遺跡前に到着したのだろう。到着したと同時に顎ひげを蓄えた眼鏡をかけた白髪の執事、ピート・ワーハスが私を諭してきた。


「アイリーン様、ここはすでに攻略された迷宮でございます。たしかに新たにゴブリンが発生するということは珍しいことではありますが、大量発生しているのはゴブリンであります。低級の魔物でございます。このワーハス、若いころに冒険者をやっていたこともございます。時間が空いたためEランクということでしたが、実力はもっと上であります。ゆえにドミンゴ王子の護衛は万全でございます。どうか同行をお許しください」


「Sランクの冒険者だか知らないが、こんな小娘の言うことなど聞く必要はない!」


 あぁもうだめだ。全然話聞いてくれない。ここネフタリ王国は成人するまでは大人のいうことが絶対という教育方針のようなのだ。

 アイリーンが転生し、ここまで育ててもらったエスコ村では比較的子供のころから大人たちと仕事をしているせいか、それほど大人のいうことは絶対という方針は感じられない。

 Sランクの冒険者になり、パーティに参加するようになってからその習わしについて強く感じる機会が増えた。

 首都クレスにいったときもそうだ。成人していないからということで何一つ意見を聞いてくれない。実力は認められているのだが、判断能力は子供だとそういう理屈だ。


 もう好きにしたらいい。


「・・・・・・わかりました。では私が先行して進みますので、王子たちはその後ろをついてきてください」


 迷宮区の入り口ではゴブリンが二体うろついていた。どうも動きがおかしい。ある一定の範囲から動かない。様子をうかがっていると、後ろから走りだすもの一人。


「このドミンゴがお前らを一掃してやるわ。ふははははっ!」


 剣を振り回しながらゴブリンに向かっていくバカ王子。そしてそれに続く従者たち、これは先が思いやられる。

 ドミンゴ王子が振り回す、剣はいっこうにゴブリンに命中しない。ゴブリンからの棍棒による攻撃は執事のワーハスが防いでいる。本当にこの世界の武装は軽装備である。だが、身軽にすることにより回避能力が格段にあがっているのかもしれない。


 メイドのローマンが魔術を唱える。


「母なる大地よ、草花よ、わが力となりて、グラスバイン!」


 ゴブリンは地面から生えてきたつるに絡まって身動きがとれなくなる。


「ふははははぁあ!」


 ここでやっと王子の剣がゴブリンをとらえる。ゴブリンの胸部を切りつけるが致命傷になっていない。むしろ、つるを切り裂き、反撃体制にはいった。

 しかし、すかさずワーハスが追撃し、ゴブリンの首を一撃ではね、絶命した。


「どうだみたか、これがわが力よ! 小娘、これで私が迷宮区に挑むことになんの疑問もないだろう!」


 いや、疑問しかねぇよと突っ込みたかったが、黙って戦況を確認する。


 さ、ゴブリンが一体やられたことだから次のゴブリンが攻撃をしかけてくるだろうと思っているとすでにもう一体のゴブリンの姿がなかった。


 王子たちの戦いに気をとれらていた。動きがおかしい。アイリーンは右手の人差し指であごを数回たたく。その様子をみていたローマンがゴブリンについて話す。


「アイリーン様、もう一体のゴブリンですが、私たちが攻撃を始めたときに入り口前のゲートに走っていきなにかを押したかと思うと、そのまま光につつまれて消えました」

「なんで教えてくれなかったんですか」

「王子の護衛ですので、なによりもドミンゴ王子が優先です」

「はぁそうですか」


 アイリーンは知っていた。三十五年間生きてきた別世界の経験上、凝り固まった考えの人間に自分の考えを押し付けても永遠に同意は得られないし、平行線のままだ。人は考えを改めるくらいの鮮烈な経験しなければ考えは変わらない。


 ひとまず考えることはやめよう。


 さっさと進めて、終わらせて帰ろう。そしたら、エミリーの胸をもむんだ。最近はますます女の子らしくなってきて、合法セクハラ最高。そう考えてるとよだれがたれそうになる。おおっと思わず顔が緩んでしまったらしい。早く帰ろう。


 迷宮の中は異様な静けさだった。私がSランクの冒険者になる前にすでに攻略されていたゴラス迷宮。冒険者と認められたあとに何度か訪れたことはあった。その時も静けさは感じていたが、魔物が存在せず、水が石を打ち付ける音が響いてたからだった。今回は違う、あえて音を発しないようにしているというか、不気味な静けさだ。


「なんだよ全然魔物なんていないじゃないか。表の二体だけで終わりか」

「王子あまり先を急ぎすぎないように」


 なにかおかしい。逃げていったというもう一体のゴブリンの行方がわからない。そもそも転移魔術のようなものがこの世界に存在することを知らなかった。ゴブリンたちはただバカなわけではないのか。考えても答えは見つからない。嫌な予感がする。


「いったん戻りましょう。変です。ってドミンゴ王子!」


「これだけなにもないなら最後までみればよいではないか。何事もなかったと報告すればいい」


 ドミンゴ王子はアイリーンよりも先に歩を進める。一本道を抜けた空間にでた。


「ひぃぃいぃ」


 突然ドミンゴ王子が腰を抜かして倒れこむ。急いで残りの三人も追いつく。そこには台座に座る大きなゴブリンが見えた。


「あれは、なんですか、大きいぃ。おっ・・・・・・王子こちらに!」


 ローマンが王子を誘導する。ワーハスは剣を構える。その腕ははたから見てわかるくらいに震えている。それほど圧のあるゴブリン、いやあれはゴブリンなのだろうか。みたことがない。アイリーンは考える。

 たしか文献でみたことがある。ゴブリンの中にも進化する個体がまれにいると、他のゴブリンを圧倒する大きさ、力を持ち、同族のゴブリンも殺してしまうと。ただ知能レベルは上がるわけではないので攻撃パターンも変わらず、そのために同族を殺してしまうと書かれていたはずだ。


 じっくり観察する。台座に座るゴブリンはほほをつきながらこちらをじっとみる。



 ゴブリンがなにか言葉を発した。いや聞き覚えのある言語だ。



 王子を含めた三人は何を言っているか、魔物が言葉を発しているという恐怖で足が震えている。アイリーンは恐怖より別のことで頭がいっぱいであった。


 あのゴブリンはいま日本語を話した? 

 どういうことだ? 


 この世界にまだほかに転生者のいる可能性を考えたことはある。だが、村で過ごしている中で転生者と思われる人間に出会うことはなかった。まさか魔物として転生することがあるのか? アイリーンは立ち尽くしていた。



 すると二つの通路から大量のゴブリンが襲ってきた。単独でしか動かないはずのゴブリンがだ。アイリーンは驚愕の事実の前に動きが一歩遅れた。自身を守ることで精いっぱいだった。


「やめてくれぇ。フィアーー! 王子を王子をお守りするんだ!」


 悲痛な叫びがこだまする。一気に囲まれ一斉に攻撃がはじまる。すでにローマンの周りにはゴブリンに溢れ、姿を確認することはできなくなっていた。


「痛い! もう殴らないでくれぇ。がはっ」

「・・・・・・っ」

「ローマンさん! こんなゴブリンが一斉に攻撃してくるなんて・・・・・・」

「おい小娘助けろよ、助けろよぉ!」


 ローマンさんは棍棒で殴られ続け、すでに息絶えているだろう、全く声が聞こえない。先ほどまで聞こえていたワーハスさんの声もすでに聞こえなくなっている。

 アイリーンは近くにいるゴブリンを剣で一掃し、剣をもっていない左手を王子にむらがるゴブリンたちに向ける。魔力を込める周りの酸素が燃える。そしてそれがさらに燃える。原理を理解してイメージしろ。


 アイリーンから放たれた炎は王子の周りのゴブリンを焼き尽くす。


「王子こちらに!」


 じたばたしながら来るドミンゴ王子。その表情は恐怖そのものだった。


「はっはやく、ここからでるんだ。死にたくない死にたくない死にたくない!」


 ゴブリンたちは次から次へとやってくる。


「王子わかりましたから、離れてください」

「いやだぁ離れたくない、死にたくないぃぃい」


 ドミンゴ王子はアイリーンにしがみついたままだ。引きはがそうとしているとあっという間にゴブリンたちに囲まれている。


 ドミンゴ王子に捕まれ、まともに剣も震えず、魔術も使用できない。ゴブリンたちから棍棒の攻撃の応酬。アイリーンは攻撃が続く中、防衛魔術を発動させる。不可侵領域に侵入するための魔術だったが仕方がない。


「はぁあぃあぁ死にたくないぃぃ」


 防衛魔術で棍棒による痛みはなくなっているはずだが、王子は相変わらずしがみついたまま離れない。


「はぁはぁ・・・・・・」


 息が切れてきた。長くはもたない。状況判断しなければ。無我夢中だったところいったんリセットしなければと周りを見る。


 途端にアイリーンは胸の奥が締め付けられた。だらっと嫌な汗が流れる。かつての記憶、この世界に来る前の記憶がよみがえる。大人数で人一人を囲み、笑いながら蹴る殴る。どれだけ泣いても、どれだけ謝っても、その手がとまることはない。見て見ぬふりをする大人たち。こうはなるまいと心に決め大人になったときに勇気を振り絞り、リンチの現場から人を助けたと思えば、助けた人物は早々に逃げ、次のターゲットは自分にうつる。大人も、子供もやってることは一緒だ。


 怖い怖い怖い


フラッシュバックした記憶がアイリーンの戦意を奪い去る。


「おい! 血が出てきたぁ魔術はどうしたんだよぉぉ」


 その声で我に帰る。アイリーンも棍棒で殴られ続けていた。痛みが走る。

 展開していた魔術が切れてしまっていた。心の中が乱れ、魔力の出力が弱まってしまった。

 絶体絶命だ。展開していた防御魔術は消え、ゴブリンたちにかこまれまともに剣も触れない。しがみつく王子のよって魔術も使うことが出来ない。さらに恐怖で動くことができない。

 

 今一度防衛魔術だけでも発動しようとする。


 台座に座るゴブリンがなにか指示をだす。するとアイリーンは不可侵領域に放り投げられ、ドミンゴ王子は台座まで連れていかれる。

 王子はまだなにか叫んでいる。アイリーンは防衛魔術を発動したあとに不可侵領域に投げられそのまま意識を失った。


 目を覚ましたときには不可侵領域となっているくぼみにアイリーンはいた。そして、その周りをゴブリンたちが囲んでいる。

 またフラッシュバックする。頭を抱え震える。震えをとめられない。


 もう嫌だ。誰か助けて

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