第11話 ゴブリン討伐⑤ 静けさは悪夢の前兆

 ゴラス迷宮に入ると、ぽつぽつと火は灯っているが中は薄暗く、一本の道が続いている。曲がりくねっているためか、奥がどうなっているか確認することはできない。


 ゴブリンたちはさきほどの騒ぎのせいで出払っているのか水滴が岩肌にぶつかる音が聞こえてくるほどの静寂だ。この静寂がまた不気味な雰囲気を醸し出している。二人は恐る恐る歩みを進める。ヴェンはアイリーンの居場所を示していると思われる羊皮紙を見る。


「ヴェン、ちょっと静かすぎない? ゴブリンも全然見当たらないし」

「増えてきているっていっても一度は攻略されている迷宮だし、さっき外にでていったのが大半だったのかも」

「そうかなぁ・・・・・・。お姉ちゃんの位置は変わってない? そろそろつく?」


 エミリーは不安でいっぱいであろう。天才で完全無欠な姉の身になにか起こり、初めての迷宮区だ。先ほど迷宮から出てきたゴブリンの数が襲ってくれば命はないかもしれないという恐怖。


「アイリーンの位置はかわってない。ここから先で道が分かれてる。左にいくと部屋みたいな空間があって、道が三つあるから右にある道を歩くとアイリーンがいると思われる空間にでる。アイリーンはその空間にいるっていうよりはその空間にあるちょっとした部屋みたいな場所にいるみたいだね」


 黒い点は同じ位置から動いていない。動けないくらいのけがを負っているか、それとも拘束されているのか。ゴブリンの特性を考えると拘束するということは考えにくい。

 けがを負っている可能性はあるが、ちょっとした空間にアイリーンがいるということは一つ考えられることがある。迷宮区内には不可侵領域という場所があるらしい。


 水晶石の中でも特に貴重とされている魔水晶、魔力の塊である水晶が一つの場所に密集している空間があり、発せられる魔力が人間にも魔物に対しても強く干渉し、死をもたらすという。その魔水晶が密集している空間を不可侵領域というらしい。もし仮に、アイリーンがこの不可侵領域になんらかに対応できる術を持っているのなら、このちょっとした空間から常に魔力がでていることはうなずける。魔力をもってこの不可侵領域に対応しているために、常にこの羊皮紙にアイリーンの位置が示され続けているということは考えられる。

 

 そして、動けないということはゴブリンが同じ空間にいることもあるかもしれない。迷宮区に入る前に実際にゴブリンが監視するということも目撃している。


「ヴェ・・・・・・ン、ねぇヴェンってば!」


 エミリーの声が届かないくらい思考にふけっていたようだ。声を殺しながらも、できうる範囲で大きな声で呼びかけたエミリーの声で我に返った。


「なにか奥から聞こえない?」


 耳を澄ますとなにやらうめき声のようなものが聞こえる。ゴブリンたちが騒いでいるのか。少しずつ歩みを進める。地図上ではもう少しでアイリーンがいる空間にたどり着く、近づいていくとうめき声が人間のものだとわかった。


「あっがぁ・・・・・・。もうやめてくれぇえぇぇ」


絞り出したような声。その直後に何かを石をぶつけるような音が聞こえる。


「うぎゃぁあぁぁあ・・・・・・」


 拷問されているのか? 

 

 ゴブリンに? 


 叫び声は男の声だとかろうじてわかる程度だった。二人は動揺していた。拷問かはまだわからないが、間違いなく人間が危害を加えられて泣き叫んでいることはわかる。この異常な状況にエミリーは震えていた。


 ヴェンはエミリーの先を歩き、音をたてないようにアイリーンがいるはずの空間の様子を覗き見る。


 そこには人ひとりが入れるようなくぼみにうずくまっている人間が一人、そしてうずくまっている人間がいるそのくぼみはなにやらもやがかかったように見える。くぼみの周りにはゴブリンが五体ほど取り囲んでいた。


 うめき声はさらにその奥から聞こえる。奥にいる人間は地面に手足を固定され動けなくなっている。手足の周りは赤黒く、黒い乾いた血に新たに赤い血が上塗りされているようだ。

 人間のすぐそばには台座に座る人物がいる。いや、一瞬人間に見えたが違った。ほかのゴブリンとは個体として大きさが違う。緑色の体に他のゴブリンを圧倒する大きさ、隆起した胸、牙のようなものが上下に二本ずつ生えている。

 

 あれはゴブリンなのか、ヴェンは絶句する。振り向けば小刻みに震えているエミリー。引き返すか。羊皮紙をみると黒い点はもやがかかった部分を示している。恐らくあのくぼみにいるのがアイリーンだ。

 アイリーンはなぜか頭を抱えてうずくまったまま震えている。

 

 アイリーンの力があればこのゴブリンは一掃できそうだが。


「僕はこのままアイリーンを助けにいく、まだエミリーは見えてないだろうけど僕だけで大丈夫そうだからここに留まるんだ。アイリーンをつれてくるから、君はそのまま来た道を帰るんだ」


 エミリーにはとてもみせられない光景が広がっている。正直、ヴェンは今にも吐きそうだった。手足を地面に固定されている人間の周りに人間が二人横たわっている。そしてその二人の頭はつぶれている。完全にみえてはいないが、体は視認することができるのに、頭だけは立体物を確認することができない。黒く塗りつぶされたように見える。おそらく棍棒で殴られ続けたのだろう。


 エミリーは震える手で僕の袖をキュッと握る。


「だ、大丈夫。私だってお姉ちゃんを助けるために、ヴェンをフォローするためにここまで来たんだから、どんな現実があっても目を逸らさないよ」


 思った以上に強い女の子かもしれない。ヴェンはエミリーのことを過小評価してしまっていたことを反省する。助けたい気持ちは同じだし、自分一人だけでは達成できない。迷宮区に入る時だってエミリーに助けられた(死にかけた)じゃないか。


「思っていた以上にひどい状況だ。でも、僕らはお互いを補い合っている。二人ならできるかもしれない。でも、やっぱりエミリーはここで待機していて。後方支援をお願いしたいのと増援がもしかしたらくるかもしれない。僕も死ぬかもしれない。僕が合図したら全力で迷宮をでるんだ。そして村長たちにこの状況を伝えて。二人とも死んじゃったら意味ないから」


「わかった。でも、ヴェンは死なないよ、私が守るから」


「なにそれなんかかっこいいセリフだね」


 相手を不安にさせないための全力の作り笑顔を目に焼き付け、ヴェンはアイリーンを取り囲むゴブリンの群れに飛び出していった。


 ヴェンは台座に座る大きいゴブリンは無視して、アイリーンの救出を最優先した。アイリーンが戦線に復帰することができればこの状況は圧倒的に有利になる。

 

 それにヴェンとエミリーの助ける優先順位は圧倒的にアイリーンが優先である。ゴブリンの群れに向かって走り出し、群れの一体を剣で真っ二つにたたき切る。異変を察知したゴブリンが騒ぎ出す。アイリーンを取り囲んでいたゴブリンが散り散りになろうとしていた。


「コニヌセ、ムルテ」


 そう聞こえたかどうかは定かではない。台座に座るゴブリンが何かを発したことだけはわかった。次のゴブリンに向かおうとしたときには別の部屋から大量のゴブリンが発生していた。


 大量のゴブリンがヴェンに向かって押し寄せる。


 まずい。アイリーンを囲む五体のゴブリンだけなら、なんとかなったかもしれないが数十体増えた状態で戦うのは無理だ。アイリーンはどうなっているんだ。ゴブリンの相手をしながらくぼみに目をやると、アイリーンはまだうずくまったままだった。


「アイリーン! アイリーン返事してくれ!」


 必死に叫び続ける。状況は最悪だった。


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