第10話 ゴブリン討伐④ 真っ白な世界
アイリーンとのやりとりを思い出し、ヴェンはゴブリンたちの動きをよく観察する。
なにか視線を感じ、振り返る。そこにはなにもなくただ草木が生い茂っている。視線をゴブリンに戻す。エミリーは目の前の状況に集中していて、ヴェンが感じた視線にも、ヴェンが振り返っていたことすら気が付いていない。
「あのゴブリンたちの動きはおかしい。誰かに指示を受けているかのような動き方だ。あのゲートを起点にして一定の範囲から動かないし、二体とも同じ方向をみることはほぼない」
「たしかに私たちが知識でもっているゴブリンとは違うかもね」
「二体のゴブリンが反対方向を向いたときに、僕らに近いゴブリンを僕が倒す。僕らが知っているゴブリンだったらもう一体こちらの戦闘が終わるまで動かないはずだから、異常がなければ続けて二体目も倒す」
「二人で一体ずつ倒した方が効率よくない?」
「いや、もしかしたら違う動きをする可能性もある。エミリーは僕らから遠いゴブリンの動きを見ていて、変な動きをしていたら攻撃お願い。なんなら僕が飛び出したら攻撃魔法の詠唱始めていいよ。どうかな」
アイリーンがいない状態での初めての実戦だ。ヴェンはエミリーの意見とすり合わせていこうという考えだった。
二人で生き残るために、一人だけでは生きていけないから。
「ヴェンの作戦でいいわ。最初からヴェンのフォローするために来たんだし」
「わかった。さっきから見ていると一定の間隔で監視する方向を変えているみたい。もう少ししたら二体が背を向けるタイミングがあるからそこで僕は飛び出すからよろしく」
エミリーはうなずいて、じっとゴブリンの動きをとらえる。
ゴブリンたちが顔を突き合わし、なにか話した後に互いに背を向ける。数歩歩いたところでヴェンは飛び出した。すると同時にエミリーが詠唱を始める。「空よ大地よ雷鳴がひびきわた・・・・・・」
ヴェンを視認したゴブリンは右手に持っている棍棒を振り上げ突進してくる。正面から対峙しているヴェンも剣を構える。棍棒の届く距離になれば単純に振り下ろしてくるだけのはず、一定の距離を詰めると右に避ける。そして、棍棒を持っている右手首めがけて剣を振り下ろす。
「ッゴアァアアァ」
ゴブリンの動きが止まる。痛みで悶えている。魔物を討伐するにあたっての最初の壁は魔物も生きているということだ。痛みを感じれば喚き叫ぶし、人間同様の反応を見せる。命を絶つという行為をどうしても恐れてしまうことが初心者の冒険者では多いらしい。
その点、ヴェンとエミリーの二人はアイリーンにたまに連れ出され、魔物討伐は経験してきたのでそこの壁は超えている。命を絶つときに感情は一切持ち出してはならない。ヴェンは動きが止まったゴブリンに対し、続けて首をはねた。
「もう一体いくか」
目の前の一体に集中しすぎていた。やられるまで動かないと思われていたゴブリンは動きを止めるどころか、すでに迷宮区への入り口と思われるゲートに向かって走り出していた。
教本にあるゴブリンの動きとは違う。
もしあのゲートが入り口で仲間に侵入者がいると伝えに行ってしまうかもしれない。まずい。ヴェンはもう一体のゴブリンを追おうと走り出そうしたとき後ろから声が聞こえる。
「下がってヴェン!」
エミリーの声が聞こえてきた。走り出したと同時に詠唱していた魔術の準備ができたらしい。ゴブリン一体を討伐するのに一分ぐらいだろうか。一分の詠唱となる長い部類になる。詠唱時間は発動する魔術の規模にも比例する。
さっき詠唱していた魔術はなにかと考えるヴェン。はっとして、ゴブリンの方向へ向かおうとしていた足を反対方向に向けて思いっきり力をいれる。
「エミリー! 僕も巻き込まれちゃうよぉ」
悲痛な叫びは届かず、エミリーは詠唱を終える。
「・・・・・・サンダーボルト!」
ゴォォォォンッ!
暗雲立ち込めていた空から雷が落ちる。大自然の怒りが地上にぶつけられたかのような轟音が胸の奥まで響いた。衝撃でヴェンはあっという間に空中に放り出されたエミリーの近くで顔から地面に着地する。そのとき、爆風でめくれたスカートの中が見える。真っ白な世界だった。体中に痛みが走るが、体に力は入る。動けるようだ。
「だ、大丈夫?」
「死ぬわ! ゴブリン一体にあんな大規模な魔術を使う必要ないでしょ!」
擦り傷のできた顔をエミリーに向け、悲痛な思いを訴える。
「まぁまぁ、見張りっぽいゴブリンは討伐できたから、いいじゃない。でも、ゲートは壊れちゃったね」
振り返ると石のゲートは粉々になっていた。おそらくゴブリンがいたであろう位置は黒焦げになっている。
「これじゃ迷宮区にはいれないんじゃ・・・・・・」
すると迷宮があると思われる遺跡の中からなにやら、こちらに走ってくるような音がする。二人はゴブリンの死体がある方向とは逆の茂みに隠れ、様子をうかがう。
ゲートの後ろにある遺跡が開く、そこから大量のゴブリンがでてきた。外の轟音に反応してでてきたのだろう。数十体はいる。中には棍棒ではなく、剣をもっている個体も見える。死体を見つけたゴブリンたちは二人が隠れている茂みとは反対方向、もともといた方向に走り出す。
ゴブリンたちは単純であった。息をひそめていた二人はほっと胸をなでおろす。
「ゴブリンたちが単純で助かった。それにしてもエミリー! 迷宮区に入る前に黒焦げになるところだったじゃないか!」
「いやーでも、ヴェンは無事だし結果的に入り口は見つけられて、いいんじゃないかな」
エミリーは反省した様子もなく、手を後ろに組んで石を蹴ったようなそぶりを見せる。迷宮区攻略にあたって髪は結ってある。女性は動きやすさを重視するため、膝上までのスカートをはくのが一般的だ。
そういえばアイリーンはこの正装をみて、「最高だ!」と叫んでいたことを思いだした。あれはたしか五歳の頃に、女性の冒険者がロクサス家を訪ねてきたときだ。
ほっとしたこともあってヴェンは余計なことも思い出していた。
「迷宮への入り口も見つけたことだし、行こうか」
二人は迷宮区へ足を踏み入れたのであった
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