第9話 ゴブリン討伐③ 思考を止めるな
一番の懸念はトラウトに迷宮区へ向かうことがばれてしまうことだったが、それは早々にクリアされた。ヴェンとエミリーが出発するよりも前にトラウトが首都クレスに向かって出発したらしい。ロクサス家はアイリーンが帰ってこない、トラウトが首都に向かったということでてんやわんやしている。
早朝、二人は裏口から家をでた。
ゴラス迷宮は村をでてから馬車で一日かからずくらいの距離にある。
「急に無理言ってごめん。いや少年の家が行商人で助かったよ」
「もうぉ少年って呼ぶのはやめてくださいよ。おれにもダニーっていう名前があるんですから」
「これは僕が許してないってことを示してるだけだから、あんまり調子に乗るなよ」
「ダニーありがとうねここまで運んでくれて。ヴェン、私も許してないけど、感謝は伝えなくちゃね」
「・・・・・・少年、ありがとうここまで運んでくれて」
少年は「いやいや、すいやせん」といって右手で頭の後ろをかいている。かつてヴェンやエミリーをいじめて、こらしめられた少年だった。
エミリーをヴェンが助けてから、エミリーを襲おうとした代償だといってヴェンがこき使うようになっていた。
歳は二人よりも一つ上らしい。来年には成人になる歳だ。
この村は成人になってから仕事を始めるといったものはなく、学校なんてものもないので基本的には小さい時から家の仕事の手伝いをしていることが多い。
ダニーもそのうちの一人で、行商人をやっていることから、商品を運ぶために馬車をひく必要がある。ダニーも時々、手伝っているらしく、それを知っていたヴェンが無理を言って、ゴラス迷宮まで馬車を走らせたのだ。
「ヴェンさん、大丈夫ですか? 迷宮区へ入ったことなんて一度もないのに。ここは大人に任せるのが無難なんじゃ」
「大人は頼りにならない。僕らでやるしかないんだ」
「・・・・・・おれはそこまで深く介入はしませんが、一つおせっかいでこれをどうぞ」
ダニーは石を三つほどヴェンに渡す。
「光水晶です。迷宮区内は暗いと言いますし、魔術で道を照らせるとは思いますが、わざわざ魔力を消費することはないでしょう。これだけあれば二日はもつと思いますので」
一度攻略されている迷宮区は道などは整備されているはずで、たぶん新たなルートがみつからない限りは火が灯っているはずだが、少年の気づかいに免じて、ぐっとこらえる。
「では、おれはこのまま村に戻りますので、ご武運を」
馬車は来た道を引き返していく、今は昼間を少し過ぎたあたりか。日は高く上り、爽やかな風が吹いている。
「ダニーは話したら悪い人じゃないよね。やられたことは絶対許さないけど」
「実際は気の小さい、好きな女の子をいじめちゃうようなただの男だったよ。やったことは許されないからこれからもこき使うけど」
馬車がみえなくなり、いよいよアイリーンを助けに迷宮区内に入ろうと入り口を探す。ゴラス迷宮の位置は地図からわかるが、一度も訪れたことがないこともあって、入り口がどこにあるかわからない。
迷宮は様々な形からなる。生い茂る密林の中にあれば、洞窟の中に迷宮が続いていることもある。遺跡のときもあれば、地下へと続いているときもある。ゴラス迷宮に関してはそう大きくない遺跡の中に迷宮が続いている。大きくないといっても外周を一周するのにどれほど時間がかかるかは想像もつかない。
ゴラス迷宮に続く道以外には道という道はなく、馬車が止まっていた場所からは遺跡の入り口をみることはできなかった。
「入り口は・・・・・・、どこかな。ゴブリンがうろついている気配もないが」
すると、突然首根っこをつかまれ、しげみに連れていかれる。
「な、なんだよエミリー。いりぐちをさ・・・・・・」
口を手で覆われ、話せなくなる。エミリーは緊張した表情でしげみに隠れながらゴラス迷宮に目を向けていた。
「ゴブリンが二体、ゲートの形をした石の周りをうろついているわ。なんだか監視しているみたい」
まさかとヴェンは思った。ゴブリンが監視のまねごとをするなんて考えられなかったからだ。ゴブリンは本能のままに動き、目の前のものを襲うだけ。統率された行動をとるなんて聞いたことがなかった。
ヴェンはエミリーの手を口からどけ、静かに石のゲートへ目を向ける。そこには二体のゴブリンが別々の方向をみながらなにやら会話している姿が見えていた。
話しているのはヴェンたちとは違う言語で全く持って理解することはできない。グレッグ家の図書庫で勉強していたこととはまるで違う現実が目の前に広がっていた。
ゴブリンは単純な行動しかとれず、獲物に先に攻撃したものが獲物を狩る権利を得ることができ、団体行動はまずとらない。オスとメスの個体が行動を共にすることはあるが、オス同士が行動をともにすることはまずないと記述があったはず。そして今監視のようなことをしている二体のゴブリンはいずれもオスの個体のようだ。背中の部分の骨がつきだしていて猫背のような立ち姿であるからだ。
「どうするヴェン。このまま正面突破する?」
エミリーは今にでも飛び出しそうだった。状況を把握するまでは冷静なのに、だいたい把握できるとなるとすぐこれだ。エミリーは物静かで冷静そうにみえるが少々早とちりなところがある。
それはいいとして、ヴェンは初めての迷宮区攻略前に、アイリーンとの会話を思い出していた。
*
「アイリーンどうだった初めての迷宮区攻略は?」
十歳のヴェンはアイリーンが帰ってくるのを心待ちにしていた。憧れの人が、歴史上最速で迷宮区に挑んだのだ。自分のなさけなさよりも、アイリーンのことが誇らしい気持ちでいっぱいだった。
「楽勝! だったわ」
「やっぱりアイリーンはすごいね! 僕ももっと修練しなきゃ」
「あっでもね、楽勝だったけどね、教本通りにはいかないなってこともわかった」
「それってどういうこと?」
「すごく簡単にいうと、魔物って結局生き物だってこと。教本に書いてある通りに動いてはくれないから、教本の知識はあくまで基礎知識として、自分がとれる最善の方法を考える必要があるなって」
「教本の知識は意味ないってこと?」
ヴェンは不安になっていた。アイリーンに追いつくために修練だけはなく、知識も必要だと思い、グレッグ家にある魔物についての本や、魔術や剣術の教本を読み漁っていたからだ。自分がやっていたことの意味がないと言われてしまうのはとてもつらい。アイリーンは右手の人差し指を顎にとんとんとたたきながら答える。
「そんなことない。積み上げた知識は力となるはず。けれど、そこに書かれているものを鵜呑みにしてはいけないのよ。知識と実際に自分の目でみたこと感じたことをすべて掛け合わせて最適な答えを見つけるの。実践は体を動かし続けながら常に考えなきゃいけないのよ」
*
そう、実践は常に思考し続けなければいけない。
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