第8話 ゴブリン討伐② 無力だとあきらめるのか
誰もが三日後にアイリーンが無傷でちょっと毒を吐きながら笑顔で村に戻ってくると思っていた。予定となる三日が経過しても村にはなんの音沙汰もない。
村長でアイリーンの父のトラウトは王子と一緒に首都に戻り、迷宮区攻略成功の宴でもやっているんだろうと言っていた。だが、ヴェンとエミリーはそうは思っていなかった。アイリーンはそもそも、迷宮区攻略の宴にでようとはしなかった。まだ成人ではないためお酒を飲むことができず、同じテンションに合わせることができないのででたがらない。
そして、二人は旅立つ前に渡された感知魔法をほどこされた羊皮紙を持っている。そこには迷宮区の奥の小さな空間で動かいない黒い点があった。アイリーンになにかあったことは明白だった。だが、この羊皮紙に黒い点があるということはアイリーンが生きているということでもあった。
トラウトは首都クレアからも捜索するためのパーティが作られ、迷宮区に派遣されるはずだと、まず首都にある統治ギルドから連絡が来るのを待つんだと言い続けていた。
一週間経過したが、黒い点は健在だった。しかし、動いている気配はない。統治ギルドからも連絡は一切なかった。この現状に我慢できなくなった。ヴェンとエミリーは羊皮紙をもって、トラウトの部屋を訪れていた。
「村長! 一向に連絡がないなんておかしいです。僕たちで助けにいきましょう!」
「お父様、私はお姉ちゃんが心配です。お父様も元騎士団長なのですから力十分なはずでしょ!」
二人は必至だった。あの完全無欠で一度も失敗なんて見たことがなかったアイリーンが今ピンチかもしれない。いままで助けられた分、今度は自分たちがアイリーンの助けになるんだと考えていた。
「ダメだ。俺らでは捜索には向かわない。統治ギルドからの指示を待つ」
低い声で、一切の感情を持ち合わせず、トラウトは答える。
「お父様これをみてください。この羊皮紙はゴラス迷宮の地図です。そしてこの黒い点はお姉ちゃんの居場所です。お姉ちゃんが新しく作った魔術で迷宮区にいても魔力を感知して居場所を知らせてくれるんです。これには迷宮の奥の小さな空間でずっと動かないお姉ちゃんがいるんです。これをたどれば居場所もわかります」
トラウトはその羊皮紙を凝視する。そしてすぐに目を離し、椅子から立ち上がり二人に背を向けるように窓のほうに向かう。
「迷宮区の外からは魔術干渉ができない。これは常識だ。たしかにその羊皮紙からはアイリーンの魔力がかすかに感じられる。そしてアイリーンは天才だ。新しく魔術を作ってしまうかもしれない」
「だったら、僕らで助けに・・・・・・」
ヴェンの言葉は強い言葉で遮られる。
「お前らは責任をとれるのか!」
「不確かな情報で、信憑性もない新たな魔術を手掛かりとして、パーティメンバーの命を、その家族を守ることができるのか!」
トラウトの表情は読めない。かすかに背中がふるえているように見える。
「まだ何かあったと確定したわけではない。なにもできない子供は大人に任せておけばいいんだ」
「・・・・・・僕らだってアイリーンとともに修練してきたんです。助けにいきましょう」
「同じ修練をしていたからといって実力が同じわけではない。二人ともでていきなさい」
ヴェンは涙をぐっとこらえていた。ここで涙を流してしまえば、自分にはなにもできないと認めてしまうことになりそうで、虚しさと無力さで押しつぶされそうになりながら部屋をでた。
エミリーからはすすり泣く声が聞こえてきたが、そちらを向くことはヴェンにはできなかった。
ヴェンとエミリーの二人はロクサス家をでてから、なんとなく湖に向かっていた。道中は終始無言であった。湖のほとりで座り込む二人。
「エミリー、その羊皮紙貸して」
ずっと握られていた羊皮紙はくしゃくしゃになっていたが、アイリーンの居場所を示し続けていた。ヴェンは広げた羊皮紙を凝視する。
「たしか、アイリーンは魔力を感知すると、黒い点が現れるって言ってたよね」
流れる涙をぬぐいながらエミリーは「そうだよ」と答える。
「これはやっぱりアイリーンが助けを求めているんだよ。もし、何事もなくてただ迷宮区にとどまっているだけなら魔力を発する必要はない。常にこの黒い点がでているってことはアイリーンが僕らにここにいるから助けてくれって言ってるんだよ」
「お父様には捜索にはいかないって言われたじゃない」
「僕らだけで行こう。アイリーンを助けるんだ」
「そんな私たちだけなんてお父様が許してくれるわけないよ。魔物を討伐したことはアイリーンと一緒にならあるけど、二人ではないし、迷宮区に入ったことだってない・・・・・・」
無謀であるとヴェンもわかっていた。ど素人の二人が迷宮区に入ったところで、最弱の部類のゴブリン相手とはいえ、命を捨てに行くようなものだ。さらには迷宮区内ではなにか不都合な出来事が起きているのは明白だった。エミリーは不安そうな顔でヴェンを見つめる。
「そうだとしても僕はアイリーンを助けにいく。エミリーはここに残るんだ。村長も気が気じゃないだろうし」
「いや、ヴェンが行くって決めたのなら私も行く。ヴェンはアイリーンのことが好きだもんね。助けたいよね。止めても聞かないだろうし、私たちは二人で一つでしょ。ヴェンは魔術は得意じゃないから回復もままならないだろうし。その分、ヴェンは剣術が得意だから攻撃は任せちゃえばいいし」
ヴェンの前に顔をだし、涙のあとが残る顔で屈託のない笑顔を見せてくる。
「い、いや、好きじゃないし! 一緒に来てくれるならエミリーも攻撃参加してよ」
しょうもない言葉しか返すことはできなかった。けれど、二人ならできる気がする。それにしても泣いた後が残る笑顔はなぜか胸が締め付けられる。
すごくそそられる可愛い。
翌日の朝、二人はゴラス迷宮に向かった
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