第7話 ゴブリン討伐① ただ帰りを待っていた 

「話し合い終わったから家に戻ってきなよ。グレッグさんのとこに行ってないのは父様にはばれてるから怒られるかもね」


 アイリーンはいたずらっぽく笑う。


「いや、ちゃんと修練してたから、あとでグレッグさんのところに行こうと思ってたんだよ。ねぇエミリー」


「そ、そうだよ休憩なんてしてないから!」


 いやすごく休憩してたみたいな言い方だなと思った。


「うそうそ、父様は村の出口までネル様を見送りにいってるから二人がここにいることは知らないよ」

「ちょっとお姉ちゃんやめてよ! 私、お父様に怒られるの苦手なんだから」

「ごめんごめん」


 姉妹のやり取りをほほえましく眺める。それにしても本当に絵になる姉妹だ。


「そういえばどんな話だったの?」


 ふとした疑問だった。僕らは同席することを許されなかったが、大方迷宮区攻略の話し合いだろうとは思っているが、実際にその場にいた人物に話を聞かなければわからない。アイリーンは少し、不満のあるような顔をし、右手でほほをつく。顔のパーツが中央にきゅっと寄っている。そんな顔も美人である。


「私、明日からゴラス迷宮区の攻略に出かける。なぜか今、攻略済みだったゴラス迷宮からゴブリンが大量発生しているらしく、その討伐に行くんですって。それで私もって」

「ゴブリンなんて討伐するのは難しくないじゃないか、アイリーンが行く必要ないんじゃないの?」


 ゴブリンは魔物の中でも最弱の部類に属する。それは単純だからだ。集団で襲ってくることはまずないし、持っている棍棒を振り下ろすということしかしない。

 まれに頭が使えるゴブリンがでると冒険者が落としていった武器をもってることがあるが、これもまた相手めがけて振り下ろしてくるだけ。攻撃パターンが同じで、集団でも動いてこない魔物の討伐はⅭランクもあれば一人で討伐も可能であろう。


 アイリーンに頼んでくるくらいだAランクはある冒険者のはず。そんな実力者が主にゴブリンしか発生していない、すでに一度攻略されている迷宮区にアイリーンが必要だろうか。


「うーんとね。聞いてたと思うけど、ドミンゴ王子がパーティのリーダーとして迷宮区にいくらしいんだけど、ネル様はドミンゴ王子の名声を高めたいらしく、名のある冒険者は同行させたくない考えらしいの」


「いやいや、お姉ちゃんはすごい有名だよ。最速でSランク認定された神童って言われてるんだよ」


 全く持ってそうだ。ここ数年でもっとも有名といっても過言ではない。まぁ村にしかいないから詳しくは知らないが、村に冒険者が訪ねてくることを考えてもアイリーンの名は知られているはずだ。少し、顔が熱くなる。


「ヴェン眉間にしわがよってるよ。そんな怖い顔しないで。正直、冒険者界隈では有名みたいだけど、王国内ではまだまだ国民は知らないみたいなの。今までもパーティに参加したりはしてたけど、すでに有名な冒険者ばかりだったからね。評価されるのはそのパーティのリーダー。現実を知ったわ」


「それはこれからどんどん迷宮区を攻略して、有名になればいいじゃないか。こんなドミンゴ王子の名声のための攻略なんてアイリーンのためにならない。断ればいいじゃないか」


「父様にも言われたわ。嫌なら断っていいんだぞって。でも、王室とのつながりを持てるならメリットはあるし、ゴブリンしかいないっていうなら攻略は簡単だと思うから行ってくる」


 エミリーとヴェンは顔を見合わせる。もっともらしい理由を並べるアイリーンだったが、その顔は引きつっておりなにか納得できないことがあるように垣間見えたからだ。


「ドミンゴ王子以外のパーティメンバーは大丈夫なの? お姉ちゃんについてこれる人たち?」


「それがね。ほかのメンバーはドミンゴ王子のメイドと執事が冒険者登録して同行するらしいんだけど、一度も迷宮区いったことないんですって、しかも実戦経験すらない。さらにはドミンゴ王子含めて、みんなEランクよ」


 ゴブリンしかいない迷宮区とはいえ、さすが甘く見すぎではないか。アイリーン単独ならまだしも、迷宮区にはいったこともない、メンバーを三人抱え、攻略は至難の業ではないだろうか。


「まだ私は十三歳で、国民への知名度も薄い。攻略に成功したところで多くの人はドミンゴ王子の功績として称えるだろうし、まだ若い私が、権力を誇示することもないだろうとそういう考えみたいよ」


「アイリーンはそれでいいの?」


 才能に頼らず、誰よりも修練を重ね、魔術も剣術も一級品である冒険者にまでなった。そんな血のにじむような努力を重ねてきたことが権力によってお守りのような攻略に付き合わされるなんて、納得できない。だが、アイリーン先ほどまでと打って変わって、不気味な笑みを浮かべていた。


「全然納得なんてできないけど、権力に振り回されるのってなんだかイセカイっぽいし、いいかなって。そしてこのつながりのできた王室で今度はこちらからとんでもない頼み事してやるんだから。っふふふ・・・・・・」


 アイリーンは不気味に笑っても美人である。そんなことよりイセカイとはなんだろうか。なにかの場所か。


ドンっ!


 アイリーンを見つめ続けていたら、お尻に衝撃が走る。エミリーが僕を蹴ったらしい。

「なにするのさエミリー・・・・・・」

「お姉ちゃんならゴラス迷宮の攻略なんて問題ないよ。いざとなればドミンゴ王子は迷宮区の入り口で置いてくればいいんだから」


 そういうとアイリーンが妹めがけて抱き着く。


「さすが我が妹! 連れて行って守りながら攻略が難しいなら、置いていけばいいって私も思ってたんだ。もう大きくなっちゃって、胸もね」

「お姉ちゃんやめてよ。私のこと褒めるとき一緒に胸もむのやめて・・・・・・」


 姉妹が楽しそうにじゃれあっている。絵にはならないし、今のアイリーンのだらしない顔は他人にはみせられそうにもない。


「そうだ二人に渡しておこうと思ったものがあって」


 一枚の羊皮紙をエミリーに渡す。ヴェンは横から覗き込んだ。そこには地図のようなものが描かれていた。


「それはゴラス迷宮区の地図、そして私がその迷宮区に入って魔力を使うと黒い点が映り込んで、場所を特定できるようになってるわ」


 何を言っているかわからなかった。迷宮区内で場所を特定できる? 

 迷宮区の外から? 

 嘘だろ?


「え、迷宮区内って外から魔術が干渉できないはずじゃ。だから感知魔法も使えず、迷宮区に入ってからでないと魔物の情報もつかむことができないって・・・・・・ねぇエミリー」


 エミリーはその羊皮紙を凝視している。


「そうなんだけど、迷宮区は外からの魔術の干渉ができない。それなら迷宮区内から干渉すればいいんだって理論で、その羊皮紙には私の魔力が転写されてるから私が魔力を使うと点として現れるって仕組み。で、まだ実際に使ったことなかったから今回の攻略で使えるかどうかを二人に確認してほしいの」


 二人は顔を見合わせやれやれという表情になる。どこまで規格外なのか。


「それにね。ゴラス迷宮区の攻略はなんだか嫌な感じがするんだよね。突然ゴブリンが大量発生して、それも水晶石の回収を妨害するなんて」

「ただ回収者をみて襲ってるだけなんじゃないの? あいつら頭で考えて動いたりしないよ」


「一応心配っていうのと、新しく開発した魔術を試したいっていう理由なんだけど」


 大部分が新しい魔術を試したい、ワクワクしてるのっていう顔をしている。目がキラキラ輝いているようだ。


「お姉ちゃんわかったよ。くれぐれも気を付けてね」

「ゴラス迷宮区の攻略は三日くらいの予定だから、すぐに戻ってくるよ。帰ってきたらちゃんと新魔術が稼働していたか教えてよね。じゃ、私は明日の準備があるから戻るね」


 翌日、アイリーンはゴラス迷宮区の攻略へ旅立ち、僕らは新しい魔術の起動を心待ちにし、いつもの通り修練を続けていた。


 

 そして、一週間経過してもアイリーンは戻ってこなかった。

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