第6話 かつての苦い記憶は甘く塗りつぶされている

「はぁ・・・・・・気持ちいい・・・・・・」


 エミリーが水浴びをしている。修練着は湖で洗って乾かしている。いまエミリーは下着姿のあられもない状態なのだ。目のやり場にすごくこまる。


「服が乾くまで少し待ってね。乾いてもまたすぐに汗で汚れるんだけど・・・・・・」

「それは・・・・・・申し訳ない。無理に修練に付き合わなくてもいいんだよ」

「いや、ヴェンが気のすむまで一緒にやる。この湖で助けられた恩はこんなんじゃ消しきれないからね~」

「ここくるといつもその話するよね」


 ヴェンをいじめていた、いじめっ子はアイリーンに成敗された。しかし、懲りてはいなかった。次のターゲットをエミリーに切り替えていたのだ。そして、今度はヴェンがそのいじめっ子を成敗した。


「あのときなんで私が襲われてるってわかったの?」


 にこーっと屈託のない笑顔で聞いてくる。これなんども答えてる気がするんだけどな。いつの日か「なんども答えてるじゃん」とヴェンがいうと「乙女心と付き合うのも紳士の務めなんだよ」と叱責された上に一日口をきいてくれないことがあったので、それ以降、特に文句も言わずに答えている。


「魔力感知されないようにして、裏口からでてるのは知ってた。魔力の動きは感じられなかったけど、裏口開けたら音するからね。家からでていったのはいつも知ってたんだよ。しかも、エミリーはでるときは魔力感知できないようにしてるけど、でるときだけなんだよ。そのあとは魔力駄々洩れだから、いつでも場所の把握はできるんだよね。家出た後は感知し放題」


「ひどーい。でもそれだけじゃ、助けにはこれないでしょ」


「あるときエミリーの顔に泣いてたあとがみえたんだよ。よくよく見たら服も汚れてるし。これはなにかあったなと思って、修練早く切り上げて、監視してたの遠くから。そしたらここでエミリーがね・・・・・・」


 いつも聞いてくるとはいえ、襲われたことの記憶は消えたわけではないだろう。ヴェンは助けたときの状況は濁しながら話す。ちゃんと答えないとなぜか怒られるし、傷つけないように話すのはけっこう気を使うんだよなそんなことを思っていた。


「もう大丈夫だよ。あの時は怖くてただ泣くことしかできなかったけど、今はきっと大丈夫。でもさ~あの時のヴェンはホントにかっこよかったよ! 死んでも助けられたあの瞬間は忘れない」

「大げさだな。僕はなにもしてないよ。アイリーンの真似しただけ」


 五歳の頃はなにもすることができなかったけれど、修練を積めば、できることが増える。確実に力になっているんだと自信をもつことができた。あの日の出来事は僕の中でも大きなものとなっていた。

 エミリーは再びにこーっと笑顔になった。


「よし! 服も乾いたし、修練再開しますか! ヴェンはさ、魔術より剣術の方が好きだよね」


 村長からも昔同じようなことを聞かれた気がする。そのときも剣術が好きだと答えたっけ。でも、今は好きな理由が変わっているかもしれない。

 

 魔術は知識も大事で、魔法術式や詠唱について知っているということが魔術を使う上で必要な要素であるが、もっとも根底にあるものとして、魔力総量の多さが魔術を使うということで非常に重要だ。結局は魔力総量が多いものがより強力で多彩な魔術を使うことが出来るのだ。そうなると僕は魔力総量は平凡で多くもなく少なくもなく、魔術は使えるが高め続けることができないという壁にぶつかっていた。


 アイリーンは才能にあふれるばかりか、この魔力総量が他の人に比べ倍以上内包していると言われている。たしかに、新たに魔術を開発し、使用しても魔力切れを起こしたところを見たことがない。

 おそらく無詠唱魔術だって一般的な魔術の発動よりも魔力を使うはずだ。そしてエミリーも魔力総量は多いと思われる。攻撃魔術を使いながらも回復魔術も併用して発動できる。彼女の中には二人いるんじゃないかと思うくらいの総量だ。


 そんなこんなで僕は剣術が好きである。剣術は己の肉体を鍛え、修練を積めば積むほど、実力として現れる。それは摸擬戦であったり、剣を振るうスピードだったり、自分自身でわかる。


 アイリーンとの摸擬戦もだいぶついていけるようになったと思っていたのだが・・・・・・トラウトに言われた言葉を思い出して憂鬱になる。いや、そんなこと考えてはいけない。僕はアイリーンにふさわしい男になるんだ。


「ね、聞いてる?」


 色々考えていたせいで返事がおざなりなっていた。いつの間にか目の前にエミリーがいて顔をひょこっと僕の前にだしてくる。ちょっとした上目使いでこちらを覗いてくる。あぁエミリーもすごく可愛いんだよな。なんで女の子っていい匂いがするのだろう。ふわっと香る汗と彼女の交じり合った匂いでドキッとする。冷静にならねば、修練しなければ。


「剣術が・・・・・・好きかな。エミリーは魔術が好きだよね。いつも魔術を使ってるときは楽しそうだし、勉強も魔術のときだけ僕に質問が多いし」

「そうかなぁあんまり考えたことなかったけど、でも、ヴェンを援護するには魔術を極めた方がいいかなとは思ってたかな」


 どういう意味だろうか。エミリーとはいつまでも一緒にいられるだろうか。今は自分の修練に集中しよう。剣を握り、エミリーと向き合おうとすると、こちらに向かってくる人影が見えた。構えた剣をおろした。アイリーンだった。


 あぁアイリーンの匂いが香ってこないかな。


 よくないことを考えてしまった。アイリーンは魅力的だが、そんな変態的な思考はよくない。紳士でいなければとヴェンは一人心の中で悶えていた。


「痛っ!?」


 ヴェンはエミリーに尻を蹴られた。なぜ蹴られたのか理解できずに彼は泣いた。

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