第四章
第15話
一度決まると、残りの予定は案外簡単に決まった。仙台から東京までの切符代はバカにはならないが、バイトをしている大学生には出せない金額ではない。慣れない東京もスマホがあれば目的地まではたどり着ける。
周りが旅行に行ったりする中、ぼくはさっぱりなにもしていなかったから、東京に最後に行ったのは数年ぶりだった。咲耶なんかはノリとテンションだけで東京に旅行しに行っていたみたいだが、彼のようなフットワークはぼくにない。
体力のことを考えて、行きだけは東北新幹線で行くことにした。ただ料金のことが気になったから、帰りは東京から仙台までの格安夜行バスにした。仙台駅に出て、そのまま東北新幹線で上京する。
新幹線の中で、昨年の3月1日の卒業式の日のことを思い出した。
「いままでありがとうね」
そういった悠花は真っすぐこちらを見て、いまにも泣き出しそうにしていたけれどそれをどうにかこらえて、ぼくに別れの言葉を告げた。その日は寒く、中庭の桜の樹も芽の中に花びらを蓄えたままになっていて、まだあたりに緑は少なかった。
「よかったらさ、見送りにいくよ」
そう提案してみたが、悠花から告げられた日程は大学の入学前説明会がある日で、全生徒の入学が義務付けられているものだったから、行くことはかなわなかった。「今、仙台をたちました」というLINEを、新しく通う大学の講堂で見た。それになんて返事をしようか考えている間に入学ガイド講義が終わってしまい、ぼくは履修登録の方法や必修単位の目録を一から自分で調べる羽目になったことを覚えている。
仙台から東京は、ほかの町の人間が考えているよりもずっと近い。二時間ほどでぼくを乗せた東北新幹線は東京駅についた。ドアが真夏の暑さと人混みの蒸し暑さが入り混じっている。仙台駅とは比べ物にならないほどの多くの人が縦横無尽に歩き回っている。駅の出入り口もたくさんある。悠花は東京駅まで出てきてくれるらしい。最寄り駅まで行くよと言ったのだが断られた。
「いくから、気にしないで!」
電話口で元気な声で、しかしはっきりとそう答えた。凛とした印象を作る彼女のシルエットが、電話口ではっきりと感じられた。
八重洲側の南のマクドナルドにいると悠花に言われた。何人も人にぶつかりながら改札を二つ通り抜けるとマクドナルドのロゴが大きく見えた。
悠花にラインをすると、ぱたぱたと降りて来てくれた。
「ひさしぶりだね」
二年ぶりにあった悠花は、少しだけ大人びて見えた。高校時代と同じような快活さを全身にたたえつつも、少しだけ落ち着いている。
「ひさしぶり」
あの頃の思い出が頭をよぎる中、なんとか返事を返すことができた。
「えっとね、こっちこっち」
出会ってすぐに悠花の家に向かって移動することになった。彼女は東京駅にかなり慣れているらしい。正月と盆の帰省のときに利用するから、よく慣れているのだという。言われるがままにもう一度改札に入って山手線に乗った。びっくりするほど長い電車に乗ると、車窓の周囲は摩天楼に覆われているのが分かる。高層ビルの窓に太陽の光があたって乱反射している。その後ろには大きな入道雲が持ち上がっている。今は冷房の効いた車内にいるが、電車が止まればうだるような熱気が入り込んでくるのだろう。
30分ほど移動して、悠花が住む町の最寄り駅についた。
「とりあえず、荷物をうちに置こうか」
そう言って彼女はいつも通っているであろう道を案内して、ぼくを家まで連れて行った。ちょうど13時頃で一番熱い時期だったこともあり、太陽が容赦なく照り付ける。元気なのは街路樹の蝉ばかりのようで、道行く人は誰しもが木陰を追い求めているように速足だった。
悠花の家は、駅から5分ほど歩いた場所にある四階建てのアパートだった。入口がオートロックになっている。エレベーターで四階まで登ると、少しだけ遠くの景色が見えた。東のほうに新宿の摩天楼が広がっているのが少しわかる。
「はい、どうぞ」
「おじゃまします」
ドアを開けて悠花がぼくを中に入れてくれる。家の中はござっぱりとしていて、ものが少なかった。6畳ほどのワンルームの部屋の中にはベッドが一つと机が一つ、そしてピアノをちいさくしたような楽器が置いてある。
「これ、電子ピアノなんだ。本当なら本物のピアノで練習したいんだけど、さすがにアパートに持ってきたらダメだから、代わりなの」
悠花がそういった。電子ピアノというものは知識では知っていたが、本物をみるのは初めてかもしれない。
女の子らしく、悠花の部屋は片付いていた。ぼくの部屋は同級生と比べたら多少は片付いているものの、それでも彼女の部屋ほどではない。電子ピアノの隣には小さな本棚がおいてあって、そこに沢山の楽譜が収まっている。
「じゃ、荷物はここにおいて~」
言われるがままに荷物を置く。女の子一人がなんとか生活できるような部屋だ。そこに男が一人紛れ込んだだけで、部屋は一気にとても狭く感じるようになる。
「はい。一応お客様だから、これあげる」
荷物を置いて一息ついていると、悠花がお茶を持ってきてくれた。グラスに注がれたそれは、汗を垂らしてここまで来た自分にはひどく魅力的に見えた。
「ありがとう」
そう返事をすると、一気に飲み干した。
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