第12話

 仙台で卒業式が行われるころ、桜前線はずっと南のほうでとどまったままになっていて、蕾一つ膨らんでいない。まだ冬の寒さと高い空、そして蔵王山が雪化粧をしている中で式は始まる。式の中身は全員がステージに登壇して卒業証書を貰い来賓の挨拶を聞いて校歌をうたって終わるという至極普通のものであった。式が終わって退場すると、卒業生にはしばらく時間が与えられる。


 将棋部の連中がわんわんと泣いていた。直人、鷺宮、そして秋月は結局、全員が別々の大学に進学するらしい。直人は本人の希望通りに東京の大学に進学した。鷺宮はやりたいことがあるから関西に行くという。秋月は、名古屋らしい。新しくできた大学に興味があって、行ってくるのだそうだ。


「盆暮れは帰ってくるから、また将棋やろうな」


 感情で頭の中がごちゃごちゃになっているのか、ぼくにまで将棋を指せと言ってくる。


「ばかやろう、できねえよ」


 そう言ってはみるも、言葉を交わせば交わすほど物悲しさというものはこみあげてくるものらしい。といっても、彼らのように涙はでなかった。淡々とした終わりが、そこにあるのだと思った。


 人通りクラスの連中に挨拶を交わした。卒業生を中心として来賓や教師、保護者で中庭がごった返している。このあと仙台の青葉通りで打ち上げがあるらしい。どちらかというとそちらが本番だと思っている人のほうが多いような気がしなくもないが。

 たくさんのクラスメイトと別れの挨拶を交わすが、その中でも頭のどこかで悠花のことが気になっていた。彼女に話しかけなければならないと思った。今日話すことができなければ、ひょっとしたら何をしてももう連絡が返ってこないかもしれない。


 悠花の姿を探す。小さくて、触ったらすぐに壊れてしまいそうな身体をした彼女。体温の高い、包まれていく彼女。悠花のクラスの人たちが集まっているあたりを数分探すと、友人と話している悠花の姿を見つけた。


「悠花」


「あ……高瀬くん」


 場所を変えたいのだろう。悠花に導かれるままに別の場所へとそのまま移動する。悠花の友人数名の視線が少しだけ気になった。


「ごめんね、何を話せばいいか分からなくて」


 悠花はまず、自分が連絡していないことをわびた。


「ううん。大丈夫だよ。それより、元気が戻ってきたみたいで良かった」


 すぐに返すことができた。様々な現実に押し寄せられていた合格発表の帰り道の彼女よりもずっと顔色が良い。それを見れて少しだけほっとしたような気がした。


「東京にはいつ出るの?」


「再来週。家も決まったし、家具もいろいろ注文したから何とか大丈夫そうだね」


「そう」


 でも少しだけ寂しそうな顔をする。


「高瀬くんは、このまま残るんだよね」


「うん。仙台にいるけど、遊びに行ったりもできるから」


「そうだね……。家、綺麗にしとかなくちゃ」


 そういって悠花はくすりと笑った。けれど、その目には少し濡れているように感じた。


「ピアノ、頑張ってね」


「うん……頑張る」


 悠花とぼくのやり取りは終始わずかな言葉でしかなかった。そしてその会話は、悠花のクラスの謝恩会が始まるため、もうすぐに出発しなければならないというアナウンスであっさりと終わりを告げることとなった。


「じゃあ、そろそろ行かなきゃ」


「うん」


 彼女はそうやって去っていった。ぼくは謝恩会もそのあとの打ち上げもそこそこにして、家に帰った。帰り道の道中で小雨が降ったことを覚えている。

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