第2話

 午後の授業も滞りなく、相変わらずだった。体育も移動教室もなかったから、4限から6限までの間ずっと、教室の中で全てが過ぎていった。放課後も、いつも通り変わらなかった。小学校から高校まで、チャイムで授業が始まってチャイムで授業が終わる光景は変わらない。


 自分は帰宅部だった。別に入りたい部活があったわけでもないからだ。いつも荷物をまとめてすぐ帰る。腐れ縁の将棋部の連中は部活動に行ってしまうから、帰るのはいつも自分ひとりになる。学校から駅までは少し距離があったら、そこまでは通学バスが出ていた。授業が終わってすぐの帰りのバスは受験を控えた高校三年生か、部活より塾が相棒になっているがり勉の生徒しかいない。ぼくは暇だったので、早めに家に帰っても適当にごろごろしているだけだ。


 ところが、今日に限ってぼくはそれができなかった。いつもは家で家事をしている母親が用事で出かけている。本来であれば家のカギを預かって帰るのだが、それを家のリビングのテーブルの上に置いたままで学校に行ってしまった。母親が返ってくるのは夜の7時ごろだから、学校が閉門になる午後6時ごろまで暇をつぶさなければならない。


 どうしようかと途方に暮れていると、次々とクラスメイトたちが部活に出発してしまった。どうするか考える残った数人の女子(おそらく今日は部活がないのだろう)が、自分がいることを気にもせずに女子会トークを繰り広げている。


「でさ、それで小林のキスがさ、全然下手なの」


「アハハ、それマジウケる」


「顔はいいのにさ、残念だよね~」


「それな?マジ顔が良ければキスも良くないとだめだよね~」


 小林は男の自分でも顔が良いと思う奴だったが、女という生き物は恐ろしい。そのまま荷物を持ってそそくさと教室を出た。


 どこかで暇を潰す時間をつくらなければならない。幸い、鞄の中には通学中に読むための漫画を持ってきていたから、どこか空き教室にいればよいだろう。適当に歩き、人気がない場所を探す。空き教室は部室として運用されていることが多いから入れない。化学室や家庭科室も科学部と家庭科部が使っているから入れない。


 うろうろと校舎を巡っていると、音楽室を見つけた。軽音楽部がないうちの学校は、放課後になると音楽室には人気がなくなるらしい。ただ音楽室は少し広いから、落ち着ける狭い準備室に入ることにした。


 準備室の中は薄暗く、西日がカーテンの隙間から差し込んでいた。あまり掃除はされていないらしく、全体的にほこりっぽい。音楽の教材であるトランペットやホルン、キーボードといった楽器がそこかしこに置かれていて雑然としている。


 その中で一番目立ったのがピアノだった。音楽室にはグランドピアノが置いてあるけれど、そうではないアップライト式のピアノが置かれている。ピアノは半分くらい窓を遮っていて、カーテン越しに西日で照らされて迫力あるシルエットを醸しだしている。


「ここならいいかな」


 そう呟いて、ぼくは適当に寄りかかれる場所を見つけてそこに座り、漫画を取り出した。人の喋り声が聞こえない状態の中で読む漫画は、集中できて良い。


 ページをめくると、紙の匂いが音楽室の匂いに入り混じって備考をくすぐった。読んでいる漫画は将棋部の連中から借りたもので、内容もそのまま将棋をテーマにしたものだった。最近アニメ化した有名作品らしい。読んでみると面白く、とんとん拍子にページをめくることができた。


 ふと、廊下で足音がした。音楽室がある4階は、放課後になると滅多に人の出入りがなくなる。意識のほとんどを漫画に向けていたぼくはその音にまったく気になることがなかったけれど、その音がだんだんと大きくこちらに近づいてくるようになり、さすがに気にせざるを得なくなった。


 誰かが来る。

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